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てめえらみんな働けよ!②

彼は大まじめです。

     *


 南の魔王城。

 人間など、ただの一人も存在するはずもない魔物の城の総参謀室で、おれはベッドに腰を下ろしたまま自らの頭を抱え込んでいた。


「あぁぁぁぁ~……何やってんだ、おれぇ……」


 ぽろりと、つけ角が地面に落ちて転がった。つけ羽根に至っては、もう取り外してベッドに投げ出されている。

 つまり今のおれは誰がどう見ても人間だ。いや、そもそもが人間なんだよ。

 この世は不条理の塊だ。勇者が魔王を守ってしまうくらいには。


 そりゃあね?

 おれだって殺せるもんなら殺してしまいたいよ。なぜならあいつは人類最後の砦と言われるセラトニア王国すら脅かしつつある南の魔王アシュタロトで、おれはその南の魔王を討つべくセラトニア王国から旅立った勇者アルカンなのだから。


 事の始まりは一年前だ。

 このシヴァールヴァーニ大陸には五つの勢力が存在している。東西南北、それぞれの魔王が率いる四つの魔王軍と、南の魔王軍に圧されて近年急速に領土を奪われつつある人類だ。


 過去数百年を遡れば、魔王軍による人類侵攻は幾度となくあったことだ。しかしそのたびに人類は、ある一族より輩出される勇者という存在により魔王軍を退けてきた。その一族の性が、王国名にもなっているセラトニア家である。

 人々は、セラトニア家の剣士を王に祭り上げた。言葉にすれば単純な話ではあるが、現代における人類最後の砦となってしまったセラトニア王国が誕生した経緯である。

 だが、その他の人類国家は、その大半が魔王軍により壊滅に追い込まれてしまった。今まさにおれが在籍している、魔王アシュタロト率いる南の魔王軍によってだ。


 セラトニア王国の現王メディルは由緒正しき勇者の血筋として、第三王子であるおれ、つまりアルカン・セラトニアに魔王アシュタロトの討伐を命じた。

 それがちょうど一年前の話だ。

 王国を旅立ったおれはパーティー運に恵まれず、遊び人、遊び人、全裸というクソの役にも立たない仲間を三名引き連れて、およそ十ヶ月もの間、旅をした。

 最初こそスライムにすら辛勝という有様だったが、勇者の血に目覚めたのか、十ヶ月も経てば魔王種以外の魔物であるならば負ける気がしないところまで力をつけた。

 そしてついに、おれたちは南の魔王城へと乗り込んだのだ。


 ……作戦は完璧なはずだった。

 遊び人二名を部屋の隅で遊ばせている間に全裸には無意味にポージングをさせ、おれは魔王軍を薙ぎ払って魔王アシュタロトを追い詰めることに成功したのだ。

 仲間の役割については触れるな。最初に言っただろう、クソの役にも立たないと。


 しかし魔王アシュタロトは、そいつらに輪をかけてヘタレなガリチビ女だった。だが、だからといって殺さずに帰るわけにはいかない。アシュタロトは人類に対してやりすぎたんだ。

 おれは勇者として、やつを殺す。どんな姿をしていようとも、あれは所詮魔物だ。


 おれは自らの剣を魔王アシュタロトの首へと振るった。刃が皮膚を裂く。だが、確実に殺ったと思った瞬間だった。

 刃がアシュタロトの頸部、皮膚を貫いて肉にほんのわずかばかり侵入し、赤い血が見えた瞬間だ。アシュタロトの表情が豹変したのは。


 やつは、今まさに首を断ち切ろうとしていた刃を二本の指であっさりとつかんだ。それはまさに電光石火の超反応だった。

 たとえば深夜、炎を灯した瞬間に広がる赤い光のような、人間の瞬発力では到底及びもつかないレベルで。

 小便を漏らして逃げ回っていただけの少女は、紛う事なき魔王種だった。


 ……そこから先の記憶は、断片的にしか覚えていない……。

 魔法の力を帯びた聖剣魔剣はもちろん、隕石をも利用した特大魔法や、ダイヤモンドの鈍器、さらにはバカアホチ~ビといった罵詈雑言や、ごめんなさい許して下さいもう二度としませんといった泣き言、額が割れるまで地にぶつけた跳躍(ジャンピング)土下座ですらも通用しなかった。


 ……血も涙もないとはこのことだ……。

 気づけばおれは、高笑いをする魔王アシュタロトに全身の関節を曲がらない方向に曲げられ、指先で目潰しをされ、鼻の穴を一つに繋げられ、ケツの穴を二つにされ、あまつさえサービスに横に割れ目まで作られるといった有様で、セラトニア王国に運び込まれていた。

 クソの役にも立たないと思われていた仲間によって。あいつらは命の恩人だ。


 のちほど聞いた話では、南の魔王城のあった場所には城はすでに見あたらず、山岳というか地形そのものが吹っ飛んで、ぺんぺん草一本生えない焦土と化していたそうだ。

 わかるか?

 たった一体の魔王アシュタロトの、ほんの一瞬の覚醒によってだ。


 正直に言おう。あいつ、めっちゃ怖い。頑張っても勝てる気がしない。

 負った傷はどうにか回復魔法で塞がったが、おれにはもう正攻法で魔王アシュタロトに挑む勇気などなくなってしまっていた。

 肉体の傷は癒えようとも、心の傷は回復魔法では塞がらないのだ。我ながら名言だ。

 しかし父王メディルは無情にも再びおれに命じたのだ。


「おまえ、南の魔王を討つまでもう帰ってきちゃダメ。レベル上げたらイケルって。な?」


 涙と鼻水が噴出した。

 軽い。軽すぎる言葉だ。父よ、あなたは何もわかっていない。強いとか弱いとかじゃない。あれに手を出せばシヴァールヴァーニ大陸、いや、世界そのものすら滅ぶ危険性がある。


 特に剣や魔法などで中途半端に傷つけるのは最悪だ。おそらくは流血が引き金となって、あの小娘は魔王化するのだろう。

 だが、だからといって世継ぎにもなれない肩身の狭い第三王子では、国王である父に逆らえるはずもない。


 おれには魔王の殺害方法を考えるしかなかった。

 魔法はほとんど効かない。剣ならば剣速を倍にすれば、首の動脈を断つこともできるかもしれないが、そんなことは一朝一夕には不可能だ。

 となると、毒殺か。


 おれは仲間だった遊び人から、夜のコスチュームプレイ用の魔物の羽根や角や牙を借り受け、南の魔王軍を再び捜索した。

 今度は一人でだ。

 絶望の淵へと歩むこの旅に、足手まといも変態も必要ない。犠牲は存在価値のない第三王子ただ一人でいい。おまえらのような役立たずは、良き伴侶でも見つけてせいぜい幸せになるがいいさ。へへ。


 魔王城は見つかった。驚くべきことに、以前と同じ姿で、まるっきり違う場所で。

 どうやらおれたちが城と思っていたこの建築物は、超巨大な魔物か何かだったらしい。間違いなく移動してやがる。

 人間の勇者であることを隠しながらおれは魔王軍の門戸を叩き、一魔物として軍に入団した。


 それから一ヶ月。

 献上品に混ぜ、毒草、毒キノコ、ふぐ毒、蛇毒、とにかくありとあらゆる毒をアシュタロトに喰わせることができたのだが、まるっきり効いた試しはなかった。

 唯一効果があったものはワライダケだ。魔王はとても楽しそうに笑っていた……。


 ほらな、もう絶望の淵に着いちまったよ。ここが終点だ。

 そんな日々に疲れ、与えられた自室でふて寝する毎日を送っていたときだった。南の魔王城が西の魔王軍に攻められるという事件が起こったのだ。

 どうやら魔物の世界は、人間が思っていたほど単純な関係性ではないらしい。敵対していたのだ、四つの魔王軍は。


 圧倒的戦力で人類を駆逐しつつあった南の魔王軍が、目の前であっさりと半壊してゆくなか、おれはアシュタロトに半端な傷だけはつけさせないようにと、図らずも粉骨砕身、獅子奮迅の活躍で彼女を守り通した。


 結果、その功績が称えられ、南の魔王軍総参謀に任命されてしまったというわけだ。

 魔王アシュタロトを殺さなければ人間の国に帰ることもできないというのに、二階級特進どころか三下足軽から魔王軍総参謀にまで特進するという体たらく。


 そして、現在に至る。

 ……こんなところで出世してどうするよ、おれ……。

 頭を掻き毟る。

 いや、しかし待て。前向きに考えるんだ。

 参謀ともなれば、魔王に次ぐ地位だ。やつを暗殺するチャンスも自然と増えるだろう。魔王の殺害方法が見つかりさえすれば、この地位も決して無駄にはなるまい。


「今に見ていろ、あのチンクシャ魔王め――」

「わかった。アシュはいつでもアルカンのこと見てるよー」

「ひっ!?」


 突如、耳元で聞こえた声に反応して、おれは上体で毛布を跳ね上げた。

 心臓が爆音を立てて跳ね上がっている。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。


「ゆ、夢か……」


 恐る恐る視線をめぐらせると、薄闇のなかで件の魔王が枕元に正座をしていた。


「ギャアアアァァァ!」

「きゃあぁぁぁぁん! …………びび、びびっくりした!」


 おれの悲鳴に驚いて、アシュが悲鳴をあげた。

 顔こそ端正に整っているガキではあるが、低身長で痩身。肌の色から髪の色まで不健康な真っ白。目元には常に濃い隈があるものだから、枕元にいられたら不気味に思えて仕方ない。

 まるで東の魔王軍に所属すると言われる、幽霊とかいう不気味なやつらのようだ。


「な、何してんだ?」


 上擦った声の質問にはこたえず、アシュはベッドに投げ出されていたおれの漆黒の羽根――大人の玩具だが――を貧相な胸に抱え、心配そうに首を少し傾けた。


「アルカンの羽根、昨日の戦いで取れちゃったの? 角も牙もないよ? だいじょぶ?」


 ひいぃぃぃぃ――ッ!?

 目ン玉飛び出そうなほどに驚いた直後、ぶわっと全身に汗が浮いた。心臓がバカみたいに内側から胸を叩く。


 迂闊だった。

 眠いから外していたのだ。角も牙も外しているし、今のおれはどう見ても人間にしか見えない。まさかこの頭の足りない魔王アシュタロトが、おれが眠っている間に正体を探りに来るなどと思ってもなかった。

 ……ど、どうする!? このままでは殺される……!


「アルカン、顔色悪いよ。どっか痛い?」


 心配そうなその表情ですら悪意の塊に見えちまう。

 おれは唾液を呑み込み、口から出任せを言った。


「くく、魔王ともあろう者が見てもわからんとはな。取れたわけではない。おれは人間共を油断させるため、やつらの姿に変身する秘術を身につけたのだ。これならばセラトニア王国に人間として潜入することなど造作もなかろう。国王メディルの首を獲るのも容易い」


 すまん、父よ。

 言い訳としてはこれ以上ないほど苦しい上に、魔物に仮装して内部から崩壊させるために魔王軍に潜入している自分にとっては、かなり自爆気味の嘘だ。

 呆気に取られた表情でおれを眺める魔王アシュ。冷や汗ダラダラで見つめ返す勇者おれ。

 ヤバい、ヤバいぞ……。怪しんでやがる……。


 こいつは魔王化させなければ問題ないが、こんなところで衛兵の魔物を呼ばれてしまっては、おれは魔王城から逃げ出すより他なくなってしまう。むろんセラトニア王国には帰れないし、路頭に迷うのは御免だ。

 数秒後、アシュの表情が変化した。少々、意外な方向に。


「お、おおおおおっ! すっご~い、さすがはアシュの参謀だね!」


 よっしゃ、通ったぁぁ! こんな嘘でも通るのか。ちょろいな、魔物め。

 無邪気で幼い笑顔を浮かべ、両方の掌をパンと合わせから尊敬の眼差しを向けてきたのだ。先ほどまでとは別の意味で、開いた毛穴から汗がドバっと出てきた。

 仮装しただけのおれを疑いもせず受け入れたことといい、薄々は気づいていたが、魔物ってのは総じて頭が悪いのではないだろうか。


「ふ、そうだろう? 今よりおれは、この姿で生きてゆくことに決めたのだ。このようなものは――」


 おれは着脱可能な漆黒の羽根を手に取って、勢いよくゴミ箱へと叩き込む。


「こうだっ! クソ喰らえだ! こんな使用済みかもしれん大人の玩具、二度とつけるかバァカ! 夜に装着させる相手もいねえっつーのバァ~カ!」

「おおおおおおお……っ、かっこいい!」


 可哀想なくらい頭悪いな。

 しかし、こんな魔王に今まで負け続けてきた人類ってのもどうなの?


「で、おまえは何しに来たんだ?」

「うん。幹部連が会議するから参謀呼んでこいって」


 幹部連が? それにしても、あいつらまた魔王をいいようにパシらせてやがるな。

 潜入してわかったことだが、人間であるならば国王の下に側近や将軍がつき、その下に騎士団、一般兵、国民というように、指令系統は常に上から下へと流れる形になっている。だが、どうやらこの魔王軍の中では、そうとも限らないようだ。

 アシュの暗殺は現状頓挫しているが、これら貴重な情報は是非とも記録せねばなるまい。


「わかった。すぐに行くと伝えてくれ」

「あ~い」


 元気よくこたえ、ワンピースの裾を翻して廊下へと走り出かけたアシュを呼び止める。


「待て、アシュ。おれが変身の秘術を身につけたことも合わせて幹部連に通達しといてくれ。人間のような下等生物と誤解されては適わんからな」

「……つーたつ?」


 アシュがクイっと首を傾げて、唇に人差し指をあてた。


「教えてやれってこと」

「わあっ。それはアルカンの変身を知ってるアシュにしかできないことだね」


 アシュがなぜか得意気な笑みを浮かべた。


「まあ、そうだな」

「むはははー、ならば、このまおーたるアシュにまかせるがいいっ!」


 ビシッと敬礼をして、アシュは廊下に飛び出して行った。

 やけに楽しそうだ。誰かの役に立つことが嬉しいのだろうか。可愛げのあるやつめ。だが、いつか殺す。あいつを殺して、おれは人間の世界に帰るんだ。


 おれは軽装に着替えて安物の剣を腰に吊るし、磨き上げられた鏡面石の前で顔を洗う。ヒドく疲れた表情をしている。アシュのように目の下に隈ができ、頬は少しやつれたか。

 泣ける……。

 ため息混じりに一人呟く。


「早く魔王を殺して人間に戻ろ……」


 勇者をやっていた頃の群青色のマントではなく、魔王軍総参謀として鮮血色のマントを羽織り、おれは自室をあとにした。


彼女も大まじめです。

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