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異世界の勇者とかほんと迷惑だから帰ってくんない!?④

彼女は良くも悪くも現代っ子ちゃんです。


     *


「――てなことが昨夜あったわけなのだよ。ねえねえ、これって貴様はどう思う?」


 冷たい地面に胡座をかいて、鉄格子越しに少女へと語る。


「ふ~ん。自分の世界に帰れもしないアタシに、鼻の穴膨らませながらそぉ~んなノロケ話をするわけだ。じゃあこたえてあげる。――知ったこっちゃないわ。おやりなさい好きなだけ好きなことを。きっと彼女も待ってるわ。ええ、せいぜい幸せを謳歌してればいいのよ」


 額に皺を寄せ、口を三角形にして下の歯を剥き、マリカがおれを睨め上げてきた。


「アタシがこうして冷たい牢獄で繋がれてる間にね! はっ、ぷち殺すぞクソ魔王」


 異世界の女ってすげえ表情するんだなー……。

 ちなみに冷たい牢獄とはいっても水道設備と厠、それに簡素なベッドには毛布まで備えてある。むろん暖炉のような危険な代物は牢の外にしか存在しないが、廊下の暖炉は今も煌々と燃えているのだから寒くはないはずだ。


「だから、おれ魔王じゃねえって。そもそも、なんだよ、そのぷち殺すってのは。なんかちょっと優しい響きだな」

「うっさいなっ、この浮かれポンチ! アタシじゃアンタに勝てないから、ちょっとだけでも殺してやりたいってことよ! 両腕を奪うとか下顎だけ切り取るとか毛根を死滅させるとかそういうのよ!」

「……前言撤回。毛根を死滅させるとか……。発想が狂戦士だな、おまえ」

「魔王なんかに言われたくないわ!」


 それにしても珍しい。

 黒い髪に黒い瞳など、この大陸では見たこともない。異世界人特有のものなのだろうか。神秘的で美しい。


「で、何しに来たのよ?」


 だが、この性格。寂しいと言うから来たのに、愛想がいいのは飯を運んできたときだけだ。


「この前の話の続きだがな、おまえ、自分の世界に戻る方法があるのなら、魔王を見逃してくれないか?」

「それならもう言ったでしょうが! アンタら魔物が人間を襲っている限り、アタシは見過ごすつもりはないって!」


 おれは両手を広げて外連味たっぷりに言い放つ。


「ハッ、呆れるくらいに勇者だな」

「そうよ。悪い?」


 またすげえ表情でマリカがおれを睨む。

 どう見ても正義の味方が見せる表情ではないけれど、おれにとってはむしろ微笑ましい。まだ魔王城に来る前、何も知らなかった頃の自分を見ているかのようだ。


「いや。悪くはない。だが、農業改革と保存食技術を採り入れた南の魔王軍には、今のところ人類を襲うだけの理由がない。どうやらこいつらは雪が降って食料難になるたびに戦争吹っかけて略奪をしてきたらしいからな」

「どうやら? こいつら? ずいぶん他人事じゃない」


 眉をひそめてマリカが訝しげに呟く。


「おれもここに来てそう長くはないんだ」

「魔王のクセに? ああ、期間なんて関係ないか。魔王は先代魔王をぶっ殺した魔物がなるものなんだから。ハッ、ボス猿じゃあるまいし、文化的にも最っ低の世代交代だわ」


 おれもそう思う。


「だから、おれは魔王じゃねえって」


 おれはそう言って立ち上がると、牢の鍵を錠前に差し込んで鉄格子の扉を開けた。


「な、なんの真似よ? ま、まさか拷問!? アタシをオークどもに差し出す気なのね!? こ、このヘンタイ! いくらアタシがアンタの守備範囲から外れてるからって、あんなやつらに――」

「それほど外れてねーよ。おれはロリコンじゃねえからな。オークどもなんかにおまえを渡すようなこともしねえよ。来い」


 一向に動く気配のないマリカに、おれは扉をくぐって手を差し出した。マリカが牢の隅まで後退りをして、真っ赤な顔で途切れ途切れに呟く。


「そ、それって、まさか……、おまえを他の男には渡さねえぜってこと!? 勇者と魔王のゆるされざる禁断の関係を求めてるってことっ!?」

「極端から極端に突っ走るのやめてくれる!? 貴様、どれだけ図太いんだ!」


 口に出して言うつもりはないが、おれたちは勇者と勇者だしな。禁断もクソもない。まかり間違って子作りでもしようものなら、さぞかしご立派な大勇者が生まれることだろう。


「視察だ。南の魔王軍が今どのような暮らしをしているか、その目で見て確かめてもらう。その上でマリカが異世界に帰れるかもしれん可能性を模索する」

「か、帰れるの? 日本に?」

「約束はできんが可能性はある。この城の王に――つまり魔王に助けを求める。やつの知識にかけてみるんだ」


 シエルをおれのほうから覚醒させるなどと正直あまり気が進まない方法ではあるが、仮にも勇者と呼ばれる存在をこの魔王城に長期間留めておくわけにはいかない。

 マリカが自発的に何かをするとは思えないが、この牢は鉄格子越しに魔法を放つくらいのことはできる。今は可能な限りおれが食事を運んでいるが、給仕などは本来下位種族の仕事だ。やつらではマリカの魔法に耐えることはできない。


 また、その逆の心配もある。幹部連のなかにも一般兵のなかにも、勇者であるマリカの生存を快く思っていない者は少なくない。

 それもこれも鎧の勇者が残した傷痕、つまりはおれが原因なんですけどね! くぅ~! やっちまったなあ!


「アンタ、ほんとに魔王じゃないの?」

「何度も言わせるなよ」


 マリカが恐る恐るおれの手をつかんだ。おれはその手を引いて立ち上がらせ、先に扉をくぐって牢の外へと出た。そのあとをマリカがついてくる。


「ねえ、偽魔王」

「アルカンだ」

「アルカンさん。アタシの武器はどこ?」

「言うわけないだろうが。ついでにこれも預かっておくぞ」


 おれは言うや否や、マリカのチェック柄の外衣を素早く剥ぎ取った。


「きゃあ! ア、アタシのコート!」


 思っていた以上に軽くて薄っぺらい。本当に防御力など関係のない世界で編まれた衣服のようだ。それに、これではないよりマシ程度の防寒具といったところだ。

 マリカの体臭だろうか。仄かに淡い匂いが漂っている。


「ちょ、ちょっと、コート返してよ! あ、アンタまさか! アタシが可愛いからって、あとで袖を通したり匂い嗅いだりしゃぶったりして楽しむつもりじゃないでしょうね!?」

「アホか! 貴様はおれをどこまで変態扱いするというのだ! ニホンジンとやらの男はそのようなやつらばかりなのか!?」

「男なんて概ねそうよ! そんなことより返しなさいよ!」


 正気か……ニホンジンの男たちよ……。……未来に生きてんな……。

 手を伸ばして取り返そうとするマリカを片手で往なして、おれは牢の扉を施錠した上で、鉄格子の隙間へとコートと呼ばれた外衣を投げ入れた。


「え、ちょっと」

「外は一面雪景色だ。軽装で逃走などと愚かなことは考えんことだ……と言おうとしてたのだが、あまりに変態扱いされすぎて、なんかもうどうでもよくなってきた」

「あ、そーなんだ。疑ってごっめ~ん」


 何を馴れ馴れしく肩など叩いてくるのか、こいつは。

 歩き出そうとして思い直す。


「寒くはないな?」

「へえ、意外。魔物のクセにアンタって結構優しいんだ。平気だよ。制服のなかに発熱繊維でできた下着を着込んでるから」

「発熱繊維? 危険なものなのか?」


 突然発火などされたりしたら大惨事だ。


「ぜ~んぜん。人体から出る汗なんかのわずかな水分を吸収して、熱に変換してくれる布のことよ」


 ニホンとやらには、そのような魔法の布が存在するのか。術式の進んだ恐ろしい世界だな。


「それは素晴らしい。是非とも我が軍にもほしい技術だ」

「残念でした。アタシは着ているだけで、作ったのは別の人だからわかんない。帰れるときが来たら、アンタにならあげてもいいよ、アルカン。あ、もちろん研究用だよ? 被ったり嗅いだりしゃぶったりしないでね」


 こいつ、いったいどこまで自分の魅力に自信を持っているのだ。

 だが、残念ながら貴様程度、リリンには遠く及ばん色気だ。おれは毎日のようにリリンの色香に耐えているのだから、マリカ程度ではどうということもない。

 おれは軽く聞き流すことにした。


「まだ帰れると決まったわけではないから、その約束は少々気が早い」

「帰れると嬉しいな」

「来られたということは門が開いたということだ。一度開いた門だ。二度と開かんということはなかろう。知っているといないとにかかわらず、方法はあるはずだ」


 マリカがまたしても馴れ馴れしくおれの肩をバシバシと叩いてきた。


「あははっ、それって慰めてるつもり? 魔物のクセにやっさしー! アンタ結構モテるでしょ!」

「や、やかましいわ」


 魔王軍でセラトニアに攻め入り、大賢者カルドを締め上げれば帰れるかもしれないが、そのやり方では、おれはもちろん勇者であるマリカも納得しないだろう。マリカただ一人をセラトニアに帰すという手もあるが、それではカルドの口を割らせることはできない。


 となると、やはりシエルに尋ねてみるより他ない。

 あの蔵書の量だ。一冊や二冊くらいは異世界召喚について記された書物もあるだろう。素直に教えてくれるかどうかはわからないが。

 だが、まずはマリカに南の魔王軍が人類にとっての脅威ではなくなりつつあるということを納得させてからの話だ。


「では、行くか。おれから離れるんじゃないぞ、マリカ。魔物のなかには、おまえを快く思っていないやつも多いからな」

「アルカンが守ってくれるんでしょ」


 マリカがおれの腕に両腕を絡め、邪気のない笑みを浮かべた。

 アシュもそうだが、こういうところは可愛らしい。


「貴様が守られねばならんようなタマか」

「ひっどいな~。タマなんてついてないよ。ああ、ちなみに今のはボケただけだからね?」

「なんだ貴様、若年のくせにもうボケているのか?」

「そーじゃなくてー……、ん~……ボケにはちゃんとツッコんでくれると嬉しいんだけど」

「突っ込む? 下品な女だな」

「やー、そーじゃなくてー……、どう説明すればいいんだろ……」


 十七歳と聞いたが、それよりは少し幼く見える。嘘をついているようには思えないから、ニホンジン種の特徴なのだろう。

 こめかみに指先を当ててうんうん唸っているマリカに、おれは真顔で呟く。


「冗談だ。ふざけてこたえたことくらいわかってるぞ」

「ほんとにー?」


 マリカが無邪気に笑った。

 リリンはどこかシエルに似ているが、マリカはどことなくアシュのようなニオイがする。

 そんなことを考えながら、おれたちは地下から続く石の階段を上り、回廊へと出た。


     *


「わあ、綺麗!」


 マリカが雪に足跡を残して走り出す。

 今はやんでいるけれど、昨晩から今朝まで降り続いたせいで昨日よりもさらに積もっている。昨日まではチラホラ見えていた地面の色が、今朝はもうまったく見えない。

 陽光が畑や木々の緑に積もった雪面に反射して、景色が宝石のように輝いて見える。


 おれは少し瞳を細め、白く凍った息を吐いた。

 雪景色はこれまでにもセラトニア城から何度も見てきたけれど、ここから見る光景ほどは感動をおぼえなかった。

 ここは、とても綺麗だ。


「あ、おい」


 魔王城正門前。

 といっても、あくまでも城門前なだけであって、まだまだ魔王城の敷地内だ。なにせこの南の魔王城は、セラトニア王国が城下町ごとすっぽり入るほどの敷地面積を有している。そんな城がゆっくりと移動しているのだから驚きだ。


「大丈夫大丈夫! 逃げないって!」

「そうではなくて……」


 寒くないのだろうか。コートとかいう外衣を取り上げてしまうべきではなかったかもしれない。

 だが、マリカは楽しそうに畑と畑の間を走り回っている。


「こんなふかふかの雪、東京じゃまず見られないよ」

「トーキョー?」

「そうそ。アタシのいた街の名前ね。地面がアスファルトで固められちゃってて、人とか車とかいっぱい通ってるから、雪が積もったとしてもいっつもベチャ雪だったんだよね」


 あすふぁると、が何かはわからないが、トーキョーは異世界の土地名のようだ。

 おれは鮮血色のマントを外してゆっくりと歩き、マリカの側に立った。


「ニホンではなかったのか?」


 言いながらマントをマリカの肩にかけてやると、マリカが少し驚いたように声を上擦らせる。


「に、日本って国の東京って街なのよ。……ありがと。ほんとに優しいね」

「まったく。外に出てよいなどと言ったおぼえはないぞ。貴様はまがりなりにも捕虜なのだから、おとなしくしてもらわねば困る」


 悪びれた様子もなく、マリカが苦笑いで後頭部を掻いた。


「へへ~。ごめん、つい」

「たく、ポチ子じゃあるまいし」


 正門横に設置されている犬小屋に視線をやるが、どうやらポチ子は散歩中のようだ。周囲に魔物の影はない。

 ちょうどいい。


「それより周囲を見ろ、マリカ。これがおまえに見せたかった光景だ」


 見渡す限りの広大さを持つ畑には、様々な野菜がなっている。遠くでチラホラ見えている小さな黒い影はゴブリン族だ。チョコマカと動いて何やら懸命に作業をしている。

 ほんとに勤労だ。やつらの功績は、戦闘に秀でた魔物などよりもよほど大きい。


 ジャガイモは雪で全滅した。植え付け時期を間違ったおれの勉強不足だ。けど、ホウレンソウやルッコラ、ダイコンにカブ、キャベツ、その他諸々は無事に成長している。コマツナは少々寒さにやられてはいるが、収穫時期を早めれば問題ないだろう。


 だが、正直これでもまだ冬を越すには不足している。

 だから有翼種らは今日も山へと野菜の採取に行っているし、水霊の乙女であるウンディーネらは海に海産物を獲りに行ってくれている。

 みんな嫌がるかと思いきや、新たな仕事が楽しくて仕方がないといった具合だから、こちらとしても命じ甲斐がある。いつまでも武器で土を耕していないで、そろそろ鍬などを作ったほうがよさそうだ。


 ……あいつら喜んでくれるかな。

 ふと気づくと、マリカがじっとおれを見つめていた。


「なんだ?」

「ううん、別に」

「なら、おれなど見ていないで畑を見てやってくれ。動物が冬眠から覚める季節になれば狩りに裂く人員を増やす。おれがこの城にいる限り、もう略奪は必要ねえんだ」


 オークやスライムと並んでこれまで反抗的だった草食系ミノタウロス族も、ついに野菜のうまさに味を占めたのか、畑を広げるための石運びや樹木の移動に協力的になった。

 今も畑の拡張のため、遠くでミノタウロス族がのそのそと歩いているのが見える。ゴブリン族との体躯の差で、遠近感が狂ってしまいそうだ。


「今はまだ足りていないが、そう遠くない未来だ。南の魔王軍は人類から略奪をせずとも国を維持できる程度の生産力を持つ、強い独立国家となる」


 魔王軍の強化が人類にとって正しいことかはわからない。嬉しい反面、おれはほんっとに何をやっているんだろう、という気になってくる。


「農業頑張ってるって、ほんとだったんだ」

「ああ。だからここにいる魔物たちを、無差別に人間を襲っているような野良の魔物と一緒にしないでやってくれ。おれも意外だったんだが、こいつらは話せばわかるやつらなんだ」

「……え?」


 マリカがものすごい勢いで首を回し、おれを凝視した。

 失言じゃない。正体がばれるとわかった上で口に出した言葉だ。ちゃんと周囲に魔物がいないことを確かめたのは、このためだ。


「おれたちと同じように言葉を交わし、ものを考えて生きてる。ただ、やつらはまだ未成熟だ。短絡的でバカな子供みてえなもんなんだよ。だからおれは、ガキみてえな南の魔王軍を大人にするためにここにいるんだ。任務に失敗した今でもな」


 魔物をガキと言いながら、今のおれも人類から見れば相当ガキみたいな妄言を語っている。


「できれば戦いたくねえ。魔王軍とも、もちろんセラトニアともだ」

「……ア、アンタまさか……! た、旅の最中にきたルクアン王子の使者からは……ま、魔王暗殺に失敗して殺されたって聞いたけど……」


 一度目の遠征で目を潰されて、関節を曲がらない方向に曲げられて、ケツの穴を増やされて、ケツの割れ目を横にまで作られて、命からがらセラトニアに運び込まれたことを思い出すと、潜入から数ヶ月経過して音沙汰ナシでは兄貴にそう思われても仕方がない。


「口に出すなよ。誰が聞いているとも限らん」

「ご、ごめん!」


 これだけ風が強ければ、その心配もなさそうだが。

 嫌な予感がして、おれは念のために振り返る。アシュはいつも気配を感じさせずに背後にいるから心臓に悪い。

 いねえ……。よかった……。

 おれの背後には留守の犬小屋と、雪のなかで魔王城が聳え立っているだけだ。


「ほ、ほんとに魔物じゃなかったんだ……」

「今のところ嘘はついてねえぞ。だから悪いようにはせん。おれはおまえをもとの世界に戻してやるつもりだ。大賢者カルドは魔王を殺したら戻れると言ったのだろう」

「うん、そうだよ――じゃなくて! そ、そうです!」


 咳払いを一つして、マリカが口調をあらためた。

 おれが王族だからだろう。どうでもいいことにばかり律儀なやつだ。


「なら、マリカが真実を知ったとしても戻す気はないってことだ」

「ど、どうして? カルド様はアタシが戻れるように、その方法を教えてくれたのに?」

「魔王を殺して戻ってくれば、そのときは本当に戻してやるつもりなのだろう。おまえが魔王を殺さずに一人でここからセラトニアに帰って泣こうが喚こうが、それはおそらく無意味だ。おれと同じように強制的にまた放り出されるだけさ。人間の王ってのはそういうもんだ」


 魔物の王のほうがまともかもしれない。いや、あれも相当まともではなかったか。

 マリカが頭を抱えて、髪の毛をくしゃくしゃに掻き毟る。


「あぁ~~~、なんなんですか、それぇぇぇ……っ。アタシ、じゃあなんのために十ヶ月間も旅してきたんですかぁぁぁ……っ」


 わかる、わかるぞ、その気持ち。うんうん。

 少し前の自分を見ているようで微笑ましい。


「それに、マリカに魔王は殺せん」


 マリカが不安げに顔を上げた。


「アルカン様が邪魔をするからですか?」

「様をつけるな、怪しまれる。話し方も今まで通りでいいよ。――それもあるが絶対的な力不足だ。そもそもおれ程度に勝てないようでは話にもならん。おれだって魔王に挑んで散々な目に遭わされたからな」

「ぷっ、くふ、アナルを二つに増設されたと聞いたよ。ぷく、ぷぷ、ばふぅンっ!!」


 マリカがおれから視線を逸らせ、肩を震わせながら言った。

 笑いが堪え切れてねーんだよ。な~んかこいつ、助ける気失せるなあ。


「く、それもそうだし、それ以前の問題もあるんだっつーの!」


 まさかこの前の戦いのとき、おれが踏んづけてしまったガキンチョが魔王だとは思ってもみないだろう。マリカは人間であるおれを魔物と勘違いしやがったクセに、魔物であるアシュを人間と思い込んでいた。

 斬れるのか、人間の子供と同じ姿をした魔王を。

 しかもそのガキンチョが世界を滅ぼしちゃうんじゃねえのこいつって思えるくらいの力を持っていて、多重人格な上に王の資質満点のカリスマ持ちときたもんだ。


「じゃあどうしてよ」

「説明するより、これから会って自分の目で確かめろ」

「へ? え、やだ、武器も取り上げられた状態なのに怖いじゃん」

「武器など持ったところで意味はない。魔力を通そうが聖剣魔剣であろうが、ぽっきり折られてそれまでだ。嫌ならやめてもいいんだぜ。カルドの他におまえをニホンに戻せるやつがいるとしたら、ここの魔王だけだとは思うが」


 マリカが渋い表情をして、胸の前で両腕を組んだ。


「う~……でもアタシ、この城を襲撃した主犯なんだよ? アルカンは昔は全身鎧被ってて、今は正体を隠してるから平気なんでしょ?」

「それに関しては心配ない。おまえはこの城の魔物をまだ一体たりとも殺していないからな。あいつは仲間を殺されねえ限りは大して怒りゃしねえよ」


 おれは三百体ほど斬っちゃったが。

 正体がばれて殺される恐れがあるのは、マリカではなくむしろおれのほうだ。


 やっぱ覚醒させんのやめよかな……。アシュと知識量は変わらずとも、シエルになると知能が異常に高くなるからなぁ~……。気づかれる恐れもやっぱあるよね……。


「じゃあ、万が一のときはアルカンが守ってよね。二人がかりならなんとかなるかもだし」


 おれは少しばかり意地悪に呟きつつ、先に立って城門へと歩き出した。


「そりゃ無理だ。シエルは、おれ程度では歯牙にもかけられんくらいに強い」

「ええ、嘘ぉ~……だってアルカンもアタシから見ればめちゃくちゃ強かったよ~? 全然本気出してなかったっしょ?」

「まあな」


 マリカが小走りでついてくる。

 マリカは長時間、この城に留まらないほうがいい。彼女の気が変わって魔王を殺そうなどとバカな考えを起こさないとも限らないし、そうなった場合、シエルが人類全体を敵認定してしまう恐れがある。そうなれば人類滅亡まで待ったなしだ。


 それに、もう一つ心配事がある。

 回廊に戻ったおれとマリカからは少し離れた位置で、柱の陰からオーク族の若者が数体こちらを伺っている。


「ぷご、ブヒ。ギャンワイイ人間ブヒね。ブヒャヒャヒャ!」

「でも今は参謀様がいるからだめブヒよ」

「ほんとあいつ邪魔ブヒ。マリカたん一人のときを狙うブヒよ」


 あいつら、また。


「おい、聞こえてるぞ。繁殖行為は同族でやれ」

「ぷぎっ!?」


 おれが一睨みすると、オークどもはすっと柱の陰へと消えた。

 今のオークはマリカたんラブだったようだが、やつらとは正反対に魔王城には勇者であるマリカの存在を快く思っていない魔物が多い。バカな魔物がバカなことをしでかす前に、マリカには帰ってもらったほうが都合がいいのだ。


「何、今の?」

「気にするな」


 ちなみにマリカの心配ではない。

 幹部ども以外の魔物なら素手でも魔力の使えるマリカのほうが圧倒的に強い。怖いのは、マリカが反撃して魔物を殺めてしまうことだ。そうなればおそらくもうシエルの怒りを止める術はない。これまた人類滅亡待ったなしだ。


「くう……、胃が痛い……」

「大丈夫? お腹弱いの? あ、マント返すね、ありがと」


 マリカがおれを労るように、おれに鮮血色のマントを掛けてくれた。

 まったく。誰のせいだと思ってやがる。このお気楽勇者め。

 おれとしてもシエルをわざわざ覚醒させるようなことしたくはないが、彼女を帰す方法が他にないのでは仕方がないだろう。


 なのにだ。

 なのにどうしておれは、シエルに会うことを少し楽しみに感じているのだろう。


おや? オークたちの様子が……?



『京都多種族安全機構』の番外短編「愁いの魔人は想いを託す」を更新中です。

もしよろしければそちらのほうも覗いてやってください。

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