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異世界の勇者とかほんと迷惑だから帰ってくんない!?②

きれいなあのこの晴れ姿、勇者の名産地~♪(日本)

 正統血統の勇者ではなく、異界書のなかの伝説の勇者が現れたというのか。

 異界書によれば、彼ら伝説の勇者ニホンジンは、これまで様々な世界の様々な魔王はおろか、神すらをも打ち破ってきた恐るべき戦闘民族だ。この世界から神や天使がいなくなったのは、こやつらニホンジンの勇者どもが討ち滅ぼしたからだと言われている。


 こいつにはまだそこまでの力はなさそうではあるが。

 女は次々と斬撃を繰り返しながら叫ぶ。


「目が覚めたら知らないセラトニア城とかいうとこの地下にいて、この世界にいる魔王を殺してこなければアタシは日本に帰れないとか、ヘンなお爺ちゃんと若い魔術師に言われたんだから~っ! 一介の女子高生に何言ってんのよ、あいつらぁ!」


 なんか涙目になっている。

 罪悪感が半端ない。おそらく、そいつらはおれの身内だ。だが。


「……おまえ、それ信じたの?」

「へ? え、だってアタシ、もう十ヶ月近く旅をしてるのよ? 今さらそんなこと……え?」


 勇者の動きがぴたりと止まった。


「嘘……なの……?」


 おそらく、ヘンな爺はセラトニア王国の大賢者カルドで、若い魔術師は第二王子ルクアンだ。つまり国王メディルは勇者としておれを世に送り出しながらもその力を信用せず、ほぼ同時期に異世界からも新たな勇者を召喚し、騙くらかして戦わせていたということだ。

 確かに手駒は多いに越したことはない。


 だが父よ。あなたはわりと最低だな。我が子のみならず、こんな年端もいかん小娘を勇者として旅立たせるとは。凱旋帰国した暁には、説教をくれてやらねばなるまい。


「哀れなやつだ」


 おれは戦意がないことを示すために、あえて先に剣を鞘へと収めた。むろん、斬りかかられても躱す自信があるからだ。

 黒髪を揺らして、女が視線を揺らした。


「だ、だって、ほら、ゲームとかライトノベルの異世界召喚モノって、だ、大体魔王倒せば戻れるじゃん……?」

「ちょっと何言ってるかわからないんだが。もとの世界に戻る方法があるのだとしたら、魔王の生命をどうこうするのではなく、その爺の使った魔法術式だけだと思わんか?」


 めっちゃ目が泳いでいる。もはや可哀想なくらいだ。


「ちょっと考えればわかることだと思うが、貴様の頭は飾りなのか?」

「だ、だって……え? アタ、アタシ、帰れないの?」

「そもそも、なんだ。考えてもみろ。魔王とはいえ、この世界の生物一匹殺せば異世界に戻れるって、どういう理屈だよ。わけわかんねーよ」

「そういうシステムなんじゃないの……?」


 しすてむってなんだ?


「まあ、つまるところだ。おまえは別に戻れさえすれば魔王の生命なんてものは、奪おうが奪うまいがどっちでもいいってことだな?」

「そ、そんなわけないじゃない! この世界の魔王は人間の国に侵攻してるんでしょ!? 殺戮や略奪はゆるせないもん!」


 それを必死でやめさせているのが、今さっきおまえが殺そうとしていたおれなんだが。だが、それをこの場で口に出せれば苦労はない。


 視線を散らす。

 戦士とブタ野郎、ミノ吉の戦いはあいかわらずの互角。僧侶、魔法使いとディーネ、ゴイル、ポチ子はかなり盛り返している。

 この女を説得するにあたって問題となるのは魔獣種の耳の良さだ。つまりはポチ子とブタ野郎、ミノ吉だ。

 絶対に聞かれるわけにはいかない。言葉に出せないのがもどかしい。


「言っておくが、南の魔王軍は今はどこにも侵攻などしていない。聞いて驚け。――我らは現在まじめに耕作中だッ!!」

「嘘つけっ!! 魔物が農作業なんてするわけないでしょ! バカにしてェーーっ!」


 ですよね~。

 突然大地を蹴っておれの足へとツーハンドソードを薙ぎ払う勇者。おれは大きく背後に跳んでそれを避け、雪の大地に着地した――はずだった。


「ぶぎゃんっ!?」


 足の裏からヘンな声が漏れた。


「うおっ!? ア、アシュ!?」

「いびゃあああん! アルギャンひどいいぃぃぃぃ!」


 アシュだ。魔王シエル・アシュタロトがなぜか雪の大地に這いつくばっていた。

 髪も服も肌まで白いから気づかず、おもいっきり踏みつけてしまった。


「お、おまえこんなところで何してんのっ!?」


 まずい! 説得が終わるまで、勇者とアシュは遭わせられないのに! 勇者が中途半端な攻撃でアシュを傷つけたら、シエルが人間を敵性生物と認定してしまうかもしれない!


「アシュはみんだのごど、だじゅげにぎだだけなのにぃぃぃ!」


 余計なお世話だ畜生め。

 あわてて視線を戻すと、勇者の目つきがあきらかに変わっていた。

 まずい。魔王を見られた。

 殺るしかないのか……?


「くそ、もう少しで説得できたのに……!」


 舌打ちをして、もう一度剣を抜く。

 死に物狂いでアシュを守らなければならなくなってしまった。

 勇者が膝を曲げ、憤怒の形相でアシュではなくおれを睨む。


「ア、アンタ、人間の女の子を攫ったのねッ!?」

「は? え、え、えええぇぇぇぇ!?」


 勇者が一気におれとの距離を詰めた。


「そんな小さな女の子を人質に取るなんてーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」


 放たれたツーハンドソードの一撃を剣で受け止めると同時に片手でアシュの襟首をつかんで立ち上がらせ、追撃の短剣を屈んで躱して後退する。

 こいつ、魔王シエル・アシュタロトの姿を知らない!?


「ちょっと待て誤解――」

「――問・答・無・用!」


 勇者が斬撃を入れるたびに、おれはアシュを片手で振り回しながら剣でそれを防ぎ、回避する。思わず左手のアシュを盾にして斬撃を防ぎたくなるが、そこはぐっと我慢だ。


「ふぎゃ! ぐるじ……!」


 短剣の追撃からアシュを遠ざけながら、おれは身をひねって回避する。


「ぬあうっ!?」

「このロリコン魔人が! それはアタシたちの世界では未成年者略取っていう至上最っ低の犯罪なんだからッ!! ……あ……っ、さては、アンタが南の魔王かぁぁ~~~~ッ!!」


 なんでそうなる!? 立場敵にはむしろ正反対だッ!!


「ちっが~~~~~~~~~うっ!」

「嘘! さっきまでアンタ、自分のこと魔物じゃないって言ってたじゃない! それは魔王ってことだったんじゃないの!? このロリコン魔王ッ!」

「く――!」


 襟首をつかんだままアシュをぶん回してどうにか斬撃を捌いてはいるが、これはかなりまずい。アシュという重りを持ったまま相手にできる強さではない。

 次々と繰り出される斬撃を、アシュを振り回しながらおれは捌いてゆく。


「アルッ……ギャン……首ッ、フギュ……しまってる……あひ……きもちー……」


 アシュの顔色もだんだんどす黒くなってきてるし、酸欠で気持ち悪いこと言い出したし、まずいぞ! どうする!

 ふと、太陽の光を遮って羽音すらなく、何かが勇者の背後に舞い降りた。


「リリン!?」

「な――っ!?」

「ごめんなさい。野菜の採取に行ってて出遅れちゃったわ」


 リリンは背後から勇者の首と胴体に腕を回すと、焦って振り返った勇者に合わせるように突然唇を重ねた。

 勇者の瞳が大きく見開かれる。


「む~~!? んーーーっ! ちょっと、やめ――ん!」


 リリンの胸を両手で押して逃げようとする勇者を、リリンはさらに両腕で引き寄せる。


「……」

「……ん……あっ…………」


 数秒後、勇者の身体から力が抜けて、膝からゆっくり崩れ落ちた。

 雪に落ちた勇者からは、静かな寝息が聞こえている。

 リリンは長い金色の髪を一掻きして、事も無げに呟いた。


「精気を奪って眠ってもらったわ。あなたも眠れない夜は言ってね、アルカン?」

「あ、はい」


 あまりに刺激的な光景に、おれはそう応えることしかできなかった。

 是非ともお願いしたいです。


     *


 勇者一行が魔王城を急襲した日から、三日が経過していた。

 勇者の名はマリカ・オガサワラというらしく、正直ファミリーネームはすごく言いづらい。自称十七の少女だ。


 概ね何を言っているのかわからないのだが、学校とやらから帰っている最中に突然地面がなくなったと思ったら、セラトニア城地下で目を覚ましたらしい。

 つまりマリカの珍妙な服装は、その学校とやらで指定された装備だったというわけだ。

 異世界召喚。聞いたこともない魔法だ。だが、マリカは言った。


「へー、この世界じゃ珍しいんだ。アタシのいた日本だったら、今はもう猫も杓子も異世界召喚モノばっかりになってるよ」


 猫まで魔法術式を使えるとは、さすがは勇者の名産地ニホンだと言わざるを得ない。

 それにしても。おれが突然マリカの故郷であるニホンとやらに召喚されたら、今の彼女のように襲いに来た他人の家で逆に倒された挙げ句、これほど落ち着いて図々しく浅ましく遠慮も恥もなく飯を食いながら堂々と大口を叩いていられただろうか。無理だ。


「あ、このお肉おいしい。いい焼き加減じゃん」

「何度も試してかなり研究した焼き方だからな。そのようなことより、いったい貴様らニホンジンとやらのメンタリティはどうなっているのだ」

「平和ぼけ平和ぼけ。――ライスやパンはないの? あと野菜もほしいんだけど」

「すまんが、こちらも冬を越せるかわからん程度の微妙な備蓄しかない。考慮には入れてやるが期待はするな。ライスやパンなどは、むしろおれがほしいくらいだ」


 舌打ちしやがったよ。


「ないのかよ。太るじゃん」


 なんにせよマリカは自力で異世界には戻れないようだ。

 セラトニアの賢者には、魔王を殺すことができれば役目を終えてニホンとやらに戻ることができると言われたようだが、それはないだろう。

 だが、まんまと騙されたマリカは酒場で冒険者を集った挙げ句、のこのこと魔王城くんだりまでやってきてしまったというわけだ。


「だからちょっと死んでよ。そこのロリコン魔王。あんな小さな女の子に手を出したんだから自害して果てなさいよ」

「いや、だからおれが死んでも帰れねえって。つーかおれ魔王じゃねえし。そもそもアシュに手を出してもいな――」


 おれは言葉を止めて、鉄格子越しにため息をつく。

 ああ……一緒に風呂入ったっけ……。どちらかと言えば、放り込まれたほうだが……。

 自分が殺されないとわかったらしく、マリカは武装こそ解除されたものの、大層な態度で牢のなかからおれを睥睨している。


「あと、お風呂入りたい。身体を拭くだけじゃ臭いそうでヤダ」

「それも考慮には入れるが期待はするな。川でよければ監視付きを条件に――」

「――雪降ってんのよ!? 死ぬでしょ!? ……それと、アタシの仲間はどうなったの?」

「装備を剥いで放り出させてもらった。野良の魔物に襲われても、魔法使いがいれば武器は必要あるまい。運がよければセラトニアまで辿り着ける程度の食料は持たせたから安心しろ」

「…………とか言って、殺したんじゃないでしょうね?」


 マリカが殺気立つ。鉄格子越しとはいえ、勇者である彼女がその気になれば魔法でおれを撃つくらいのことは容易い。もっとも、そんな攻撃効きはしないが。

 実際問題、彼らを解放すると言ったとき、幹部連の大半が反対した。


「生きてるよ」

「証拠は?」

「ない。だが、貴様の仲間には貴様を殺したと伝えた。そしてやつらにはそれをセラトニアの大賢者カルドと第二王子ルクアンに伝えさせるために生かして帰したのだ。愚王メディルが魔王城に勇者を差し向けるなどと、二度と愚かなことを考えたりせんようにな」


 すまん、父よ。だが、あんたもう愚王だよ。やることなすことムチャクチャだもん。


「くっ、アンタやっぱり最低ね!」

「はは、最高の賞賛だ」


 これらは本当の話だ。

 おかげで生存反対派の幹部らも黙らざるを得ない状況を作り出すことができた。カルドもルクアン兄さんも、これが原因であきらめてくれればいいのだが。

 へへ……なんかもう、やってること完全に悪の大幹部だなあ、おれぇ……。でも誰も死なせないようにマルっと収めるには、これしかねえんだぁぁ……。


「何悶えてんのよ、気持ち悪い」

「気持ち悪い言うな! 男が女に言われて一番傷つく言葉だ!」


 おれとマリカが同時にため息をついてうつむいた。


「……食べた?」

「うん。ごちそうさま。今日もおいしかったよ」

「じゃあ食器下げるわ」


 おれが手を出すと、マリカが鉄格子の右下にある食器用の小さな入口からトレイを押し出してきた。


「アンタ、セラトニアではあんなに恐れられてる魔王なのに、そんなことまでしてんの?」

「こんなことさえできない魔王だってこの世にはいるんですぅぅッ!」


 悔し紛れに吐き捨てて、おれはトレイを受け取った。


「あはははっ、どんな無能生物よ、それ」


 いつも裸足で全身白くてガリチビで目の下に隈があるやつだ。だが、その無能生物が一部のみ超有能でさえなければ、おれだって魔王城なんかに長居はしてねえってんだ。

 涙出そうだ。


「……また来る」

「うん。また来て。寂しいのは嫌い。アンタが魔王でも我慢するから」


 意外な返事に、おれは一瞬戸惑って小さくうなずいた。

 寂しい……か。

 地下牢から出て階段を上がり、回廊を歩きながら考える。

 たとえばおれはセラトニアに帰ったとしても、軽口を言う友だちも、惚れている女も、手間のかかる子分も、誰かのためになる作業も、何一つなくなってしまう。

 暖かい寝所と豊かな食事があっても、それは寂しいことなのかもしれない。リリンとともに新たな国造りをする未来なら、寂しさも紛れるだろうけれど。


「……おれ……帰りたくねーのかな……」


 頭を振る。

 おれの未来と人類の滅亡は別問題だ。今はとにかく、南の魔王軍を略奪なしで

自立させるまで育て上げなければならない。必要であればシエルの暗殺も視野に入れて。


「よし、頑張ろう!」

「あら、何を頑張るの?」


 突然耳元で聞こえた囁き声に、おれは驚くことなく振り返った。


「驚かないんだ」

「まあな。普段からもう散々アシュに驚かされてるから耐性がついたのかもな」


 リリンだ。布を重ねた花びらのようないつものスカートの上に、ゴシック調のオーバースカートを装着している。


「なんだ、どこかに出かけるのか?」

「ちょっと、アルカンと歩こうと思って。今夜は冷えるから」


 ん? え?


「特に用はないのだけれど。だめ?」

「…………そ、それって……デート……ってやつか?」

「うん、デートよ」


 リリンは少しだけ口角を上げて、長い金色の髪を縦に揺らした。


「デートッ!」


 そのような男女のイベントは、セラトニアにいた頃に読んだ小説のなかでしか見たことがない。王宮暮らしでは誘うことも誘われることもないのだから。物語のなかの男女は、海辺で砂浜を歩きながら楽しそうにしていた。

 砂浜……。

 あれ? つい最近……。いや、アシュはノーカンだ。あれは肥料集めに過ぎん。


「アルカン? どうしたの?」

「なんでもないぞ。それよりその服、おまえに似合っているな」


 細やかな意匠の施されたオーバースカートを指さして言うと、リリンが訝しげな顔で呟いた。


「……アルカンって意外と口が上手なのね」

「そ、そうか? ……すまない。ほんとにこういうのには慣れていないんだ。どこかおかしかったら言ってくれ」

「誰にでもそういうことを言っているの?」

「誰にでも? まあ、そうだな。だが、本当にそう思ったときだけだ」


 あまり大きく表情を崩さないリリンが、珍しく噴き出した。


「ぷ、あはは、天然なんだっ。ありがと」


 その表情が魅力的で、おれは思わず見惚れてしまう。

 ほんとに美しい純魔だ。おれは運命を恨む。どうしてリリンを人間として生まれさせてはくれなかったのかと。

 咳払いをして思考を払い、おれは誤魔化すように呟く。


「じゃ、じゃあ行くか」

「それ持って?」


 リリンの視線を追って、おれは自分がまだマリカ・オガサワラのトレイを運んでいる最中だったことを思い出した。

 顔を見合わせて、同時に相好を崩す。


「すまない。置いてくるよ」

「うん、待ってるわ」


男性が女性に言われて傷つく言葉、第一位は~。気持ち悪い!!



明日25日から数日にわたり、4話だけ『京都多種族安全機構』を更新します。

気が向いたら覗いてやってください。

http://ncode.syosetu.com/n5261cj/

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