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異世界の勇者とかほんと迷惑だから帰ってくんない!?①

なんか来たよー。

 世界に冬が訪れる――。

 魔王城は依然としてゆっくりと、だが無軌道に大陸を移動し続けている。暖かい場所に落ち着く気配がないところを見ると、やはり生物ではないのか。


 雪が降り積もるまで、野菜の収穫は一部を除いてほとんどが間に合わなかった。それでも、あらかじめ食料難であることを知っていたため手は打ちやすかったと言える。

 山の動物らが冬眠につく前に可能な限りのナマニクを用意し、およそ半分を天然の冷凍庫に収納して、残る半分を乾しニクや燻製に加工した。


 だが、それでも量は十分とは言えない。やつらを飢えさせてしまえば、略奪のためにセラトニア王国へと攻め入ってしまう恐れがある。それだけは避けなければならない。

 毎日のように有翼種らが周辺の山々から野生の野菜を採取し続けているものの、不足は完全には補えそうにない。魔王城が移動し続けてくれているから細々とではあるが、野菜を採り尽くさずにいられるのが救いか。

 それでも畑が機能し始めれば、かなりの部分を補えるようになると思うのだが。


 帳面にある一日あたりの食料消費量と収穫量、貯蔵量を記入して、おれは頭を抱えた。


「う~ん……越えられるかなぁ、冬……」


 ため息をついてから本来の任務を思い出し、白目を剥く。


「て、おれは魔王城くんだりまで来て何しとんじゃいッ!? なんでおれが魔王軍の心配なんざせにゃならんのだ! アホか!」


 帳面を叩き込むと、暖炉の炎が小さく爆ぜた。

 虚しい……。

 しかし本当に何をやっているのか。魔王シエルを殺しに潜入したはずが、魔王城で行ったことと言えば飢餓に苦しむ魔王軍の皆々様を助け、壊れた魔王城を修復し、城内の栄養バランスを整えてさしあげただけだ。


 だってあいつら、飢えそうになったら人類を襲って略奪するんだぜ……。これだって立派に人類を守るお仕事だー……そうだー……間違ってないー……。

 そうでも思い込まなきゃやってられねえ。


「へへ、涙が出てきたぜ」

「大丈夫?」


 新雪のような真っ白な髪を傾けて、アシュが心配そうにおれを見上げてきた。


「おう、ありがとよ、アシュ――ピキャアアァァァ!? い、い、いつからっ?」

「あはは、ヘンな悲鳴! アシュはねえ、昨日の夜アルカンが寝ついた頃からベッドの下にいたよー! すっごい暇だったから、ゾンビみたいな顔で起きるの待ってた!」


 ……え? 想像したら怖い……。


「そういうのやめて!? 油断して独り言とか言っちゃうから!」

「うーん、やめられたらやめるね」


 後ろ手を組んで嬉しそうに身体を左右に揺らし、少女が真っ白な歯を見せて笑った。


「そんなことしてるから目の下の隈が消えねえんだ。夜はしっかり寝ろよ」

「だって寝るのもったいないもん。アシュはもっと遊びたいからね」


 これが人類を絶滅危惧種に追い込んだ南の魔王シエル・アシュタロトだ。こう見えて殺すことはできない。刃で攻撃しても皮膚一枚を傷つけた時点で止められ、魔法や毒物はほとんど効かないし、罵詈雑言も謝罪も土下座も通用しない。

 おまけに、こいつを殺さなければ国に帰れないというのに、どういうわけかこうして懐かれてしまったという有様だ。


 ふと、金髪の美しい純魔に言われた言葉を思い出す。

 ――そのときには、アルカンにはあたしの隣にいてほしいの。

 目下のところ、おれは故郷であるセラトニア王国に帰るという目的よりも、リリンの新たな国造りに手を貸すほうに傾いている。

 けれど、それでもやはりこの南の魔王軍を放置というわけにはいかない。人類の敵である彼らを放置するということは、すなわち人類の滅亡を看過するということに他ならない。


 それにシエル・アシュタロトには実父であるヴィケルカール・アシュタロトを殺した疑惑があることも忘れてはならない。親を殺してその地位を奪うような行動が魔物の生き方であるというのなら、人類との共存など最初から到底不可能な話だ。

 その場合、おれはなんとしてでもシエル・アシュタロトを殺さなければならない。どちらにせよ、殺害方法が見つかるまでは、せいぜいこうして油断させておくさ。


「アルカン、朝ご飯食べに行こ!」

「ん? ああ……」


 アシュに腕を引っ張られ、自室の椅子から立ち上がった瞬間だった。容赦なく激しいノックに扉が揺れたんだ。


「総参謀様、総参謀様!」

「誰だ?」


 勢いよく開かれた扉から、ゴブリン族の兵卒が転がり込んできた。ゴブ蔵ではない。見たことのあるツラだが、名前まではおぼえていない。


「た、た、たたたた大変ッス! ゆ、ゆうううゆ、ゆゆう――」

「ちょっと落ち着け」


 ゴブリン族は友好的な種族だ。本来なら一発どついて正気に戻してやるところだが、おれは水瓶から水を一杯汲んできて、ゴブリン族の若者にゆっくりと飲ませた。


「ぷっは~~ぁ! いや~、マジこの一杯のために生きてるッスねー! マックスうめー!」

「落ち着きすぎだ。どうした?」

「そ、そーっした! ゆ、ゆ、勇者! 勇者がまた攻めてきたッスゥゥッ!!」


 おれとアシュが同時に眉をひそめた。

 ゴブリン族の若者は頭を抱え込み、ガタガタと震えている。


「はあ?」


 妙な話だ。この世界にいる勇者の正統な血筋を持っているのは、このおれ、アルカン・セラトニアと兄二人、そして年老いた父王メディルだけだ。

 むろん、レイン・アシュタロトがかつて仕えていたような、別の国の別の伝説を持った勇者もいたにはいたが、人類はすでにセラトニア一国を残して滅ぼされている。つまり、セラトニア家を除く勇者の正統後継者はすでに存在していない。

 父王メディルは戦えないし、第一王子であるアリオス兄さんは、おそらく危険な冒険には出させてもらえない。となると第二王子のルクアン兄さんか。しかしルクアン兄さんは武闘に疎く、本や文化を好んで研究するようなタイプだ。


「……誰?」

「勇者一行ッスよ! 勇者! あああぁぁぁ、もうダメッス! また去年みたいに、マジ半分くらい仲間が殺されるッスゥゥゥ……! あいつらマジ血も涙もねえッス……」


 あ、すまん。それやったのおれだ。

 とはいえ、今はここがおれの住み処。リリンにゴイルにゴブ蔵、ポチ子という死んでほしくない魔物の友人だってできた。

 ブタ野郎やスライムのオッサンあたりはどうでもいいが。


 その偽物の勇者とやらがアシュを殺せるとは到底思えねえし、中途半端にアシュを傷つけられてシエルの怒りを買うのも面倒だ。万に一つ、シエルに人間に明確なる敵意を持たれでもしたら、おそらくもう人類滅亡は防ぎようがない。

 それに偽勇者がどんなやつであれ、シエルに人間を殺させるのもできれば避けたい。

 しょうがねえ……。


「現状はどうなってる?」


 おれはベッド横に立てかけておいた安物の剣を腰に差し、勇者としての群青色のマントではなく、魔王軍総参謀として鮮血色のマントをまとった。


「は、はいッス! 勇者一行は魔王城敷地内に侵入、前回の勇者戦であっしら下っ端はなんの役にも立てなかったスから、今回はいきなり幹部連が迎え撃つ準備してるッス!」

「なぬ!? もうそんなとこまで来てんのかよ! おい、アシュ! おまえはどこかに隠れて……ろ……?」


 いねえ。さっきまで隣にいたはずが、気配も感じさせずに消えちまった。

 あのびびりのことだ。言われるまでもなく隠れたのだろう。それならそれでいい。

 おれが絶対に回避すべき事柄は、謎の勇者と魔王シエル・アシュタロトの接触だ。


「よし、おれも出るぞ」

「おなしゃッス! おなしゃーーッス!」


 慌ただしく魔物どもが走り回っている回廊を駆け抜け、魔王城のエントランスから畑のある中庭へと飛び出した。

 うっすらと積もった雪のなか、いつもの幹部連と四人の人間たちがすでに戦っていた。

 見たとこ、奇妙な格好をした肩までの黒髪の女が一名。残る三名は普通の戦士、僧侶、魔法使いの格好をしている。


「うーん、バランスの取れたいいパーティだな、くそう」


 真剣にうらやましい。おれが勇者だったときのパーティは、遊び人、遊び人、全裸だったんだぞ。なんだ、この差は。人望か、人望なのか。


 それにしても、なんだあの格好?

 濃紺色のスカートに革製と思しき短靴、スカートと同じ色の上衣は白のブラウスを包み込み、ブラウスの胸元には赤のリボンがかかっている。兜はもちろん、勇者の身分証明と言われている群青色のマントもつけていない。一応、チェック柄の外衣を羽織ってはいるものの、見るからに防御力は無さそうだ。

 特筆すべきは黒の髪に黒の瞳。肌はやや黄色気味か。あのような珍妙なる色を持つ人種が、このシヴァールヴァーニ大陸にいただろうか。

 異国人か? セラトニア以外にも、世界のどこかにまだ人間の国が残っているのだろうか?


 若い。しかしその動きたるや、とんでもないものだ。

 肩までの長さの黒髪を激しく揺らして両手で持った巨大なツーハンドソードを軽々と振り回し、素早いポチ子の牙を屈んで躱してゴイルの石爪を受けると同時に、石像の肉体をものともせずに強引に吹っ飛ばす。

 技量も力もある。


「ありゃ強えな」


 ヒトの身で重量のある石像ガーゴイルを軽々と吹っ飛ばすということは、魔力の扱いにも長けているということだ。

 勇者として最低限の力は持っている。ポチ子とゴイルだけでは少々荷が重いか。


 視線をまわす。男戦士のほうは至って凡庸。ブタ野郎とミノ吉と同じく力任せに大型武器を振るタイプだ。大型同士、斧や棍棒で打ち合っているが、この程度であれば心配はいらないだろう。ブタ野郎はむしろどさくさで殺してくれてもいいのだが。

 女僧侶と年老いた魔法使いは、少し離れた位置でディーネと魔法戦を繰り広げているが、こちらは数の不利もあってディーネがかなり押されている。早急に援護が必要だ――が。


「おまえら、下がれ!」


 おれは迷うことなく異国の勇者と思しきやつへと躍りかかった。

 ポチ子へと振り下ろされたツーハンドソードを自らの剣で防ぎ、魔力を剣に宿して力任せに勇者を押し返して吹っ飛ばす。


「ハァ!」

「きゃっ」


 火花と同時に甲高い音が響き、異国の勇者が驚愕に見開いた瞳で雪のなかを大きく後方へと滑った。おれは鮮血色のマントを翻して素早く指示を下す。


「ポチ子とゴイルの旦那はディーネの援護に回れ。こいつはおれがやる」

「承知した。気をつけろよ、参謀殿。かなり手強い」


 ゴイルの旦那の身体のトゲがいくつか折れてなくなっている。だが砂を食えば治るらしいから、心配には及ばないだろう。


「あるかん、おわったらさんぽだー! ゆきだ! ゆきふってるぞー!」


 おまえは空気読め。尻尾をぶん回してる場合か。


「わかった、わかったから。ああ、言い忘れてたけど、こいつら殺さねえようにな。他のやつらにもそう伝えといてくれ」


 一瞬、ゴイルの旦那が怪訝な表情を見せる。

 おれは念押しにもう一度同じことを呟いた。


「どこの国のやつらかを訊き出したい。貴重な情報源だ」

「承知した」


 石像の翼を広げて飛び上がったゴイルの旦那の足にポチ子がつかまり、二体の魔物が上空へと退避してゆく。


「逃がすわけないでしょ!」


 勇者が彼らに手を翳して呪文を唱え始めたのを見て、おれは大地を蹴った。


「やめろって」


 おれの振り下ろした剣をツーハンドソードで受けた瞬間、勇者の掌に集約しつつあった魔力が周囲に散った。

 武器伝いに己の魔力を相手の体内に流し込む、少々強引な詠唱阻止法だ。


「くっ、この! 邪魔しないでよ! 魔物の分際でお友だちごっこ!?」


 うははは、勇者だったはずが魔物扱いか~……。おれも堕ちたもんだ……。

 鋭いツーハンドソードの一撃を魔力をまとった剣で受け止めて、鍔迫り合いの間におれは勇者の女に顔を近づけて囁く。


「すまんが、おとなしく投降してくれないか? 色々事情があって今は言えんが、絶対に悪いようにはせん。仲間の生命も保証しよう」

「ふざっっけるなーーーーーーッ!!」


 ぬおっ!?

 チェック柄の外衣を激しく揺らして強引に振り切られたツーハンドソードに押しきられ、おれは雪原を滑って後退する。

 両腕が痺れた。思ったより強い。


「待て待て待て待てって!」

「待つかァ!」


 受け止めることをあきらめて追撃を受け流し、再び顔を近づける。


「事情があるっつってんだろうがッ! ちゃんと順を追って話すから!」

「うっさい、事情ならこっちにもあんのよ! それに、魔物の言うことになんて誰が耳を貸すもんですか!」


 ごぉっと音がして、ツーハンドソードがおれの頭髪を数本斬り飛ばして振り抜かれた。かいくぐると同時に、がら空きの胴体へと当て身を喰らわせるも、勇者はそれをとっさに肩で受け止める。

 ごつんと骨同士のぶつかる音が鈍く響いた。


「……このッ」

「甘いのよッ!」


 この女、体捌きも並のものじゃない。こんなに細えのに。

 勇者が荒い息を吐きながら雪原を数歩後退した。おれはここぞとばかりに両腕を広げる。


「わかった! わかったから、そっちの事情から先に聞くから剣を収めてくれ!」

「どの口がほざく!」


 勇者が大地を蹴った。

 もー! なんて融通の利かんやつだ!


「ふん、ならばやむを得んな。くく、少々痛い目に遭ってもらうぞ」

「格好つけんな、魔物のクセに! やああっ!」


 袈裟懸けに振るわれたツーハンドソードの斬撃を躱し、マントをなびかせて身体を回転させながらおれは剣を横薙ぎに振るう。

 ばぎん、と音がして、やつの胴体部を打つはずだった剣の腹が短剣に受け止められていた。

 二刀流……!? ヤバ……!


「ひぇ――!?」


 気づいた直後、片手で振り抜かれたツーハンドソードが、無様な格好で身体をねじったおれのマントを斜めに斬り裂く。

 気づくのが一瞬でも遅ければ背中をばっさりいかれていた。


「あ、危ねえ! お、お、おれが痛い目見るところだった!」


 ツーハンドソードを両手でしか扱えないと勘違いさせることが、彼女の作戦だったようだ。だが、これでこいつの底は見えた。


「今のを避けるの!? 魔物のクセに生意気!」

「だから違うと言っておろうが」


 しかし、これはまいった。どうしたものか。

 正直、おれは人類のなかでは頂点に位置するくらいに強い。いくら勇者といえど、この女を斬り捨てることは難しくない。

 しかしそれをしてしまったら、おれはホンモノの魔物になってしまう。かといって、この女を殺さずに無力化するのはなかなかに至難の業だ。


 おれが人間であること、勇者であること、そして今は潜入中であることを話し、こいつを退かせるのが一番だが、今ここで事情を説明することはできない。魔物のなかには異様に聴覚の発達しているやつもいる。他のやつらと距離を取っているとはいえ、万に一つのこともある。

 できることなら、もっと落ち着いた場所で二人きりで話をしたい。

 女がツーハンドソードを片手で持ち上げて大地を蹴った。


「帰る帰る帰る! 魔王を殺してアタシは絶対に元の世界に帰ってやるんだからーっ!」


 ハハハ、なんかこいつ、おれと似たようなこと言ってるよ。

 ツーハンドソードの振り下ろしを身をひねって回避し、短剣の斬撃を剣で打ち下ろす。


「元の世界に帰って、学校行って、帰りにカラオケ寄って、お母さんの手料理食べて、友だちと電話して、週末の約束するんだからーっ!!」


 前言撤回。何を言っているのかさっぱりわからん。

 それにしても。

 勇者は濃紺色のスカートとチェック柄の外衣を舞い上げながら、アクロバティックな体勢から両手に持った剣の斬撃を次々と繰り出す。


 おれは回避に徹して考えていた。やけに色気のない下着を穿いていると。

 色がどうこうじゃない。リリンが穿いているような最小限を覆い隠す三角の布ではなく、腰骨から太ももまでをぴっちりとした黒の布が覆ってしまっているのだ。


「……う~む?」

「ギャアアアァァァ! ちょ、ちょっとアンタ! 魔物のクセにどこ見てんのよ!?」


 罵声とともに飛んできた斬撃を防ぎ、おれは眉をひそめた。

 ちなみに、やましい気持ちからマジマジと見つめていたわけではない。海の向こう側である異国も合わせて、この世界にそのような下着は存在しない。少なくとも二番目の兄がベッドの下に隠し持っていた“世界のおパンティー”という書物(エロ本)には載っていなかったものだ。

 だがおれは確かにこれを書物で見たことがある。


「ああ!」


 思い出した。異界書だ。異国ではなく異世界の書物。そこに載っていたものだ。

 うむ。あれは刺激的な読み物であった。

 となると、この女は――。


「おまえ、異世界人――伝説のニホンジン勇者か?」

「そうよ!」


どうやら日本人らしいです。

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