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もっとおいしいものを食べようよ!⑦

ブヒャピギィコポォwww

     *


 その日、魔王城の食堂は、いつもとは違う空気に包まれていた。


「せっかくのニクを焼いてしまうなんて野蛮ブヒねえ~。まるで人間ブヒよ。参謀様だけならともかく、まさかプ、ププ、プギ、プギィィ! 純魔種であるリリン将軍までそんな穢れた食べ方を勧めるなんて。プギャ、ブヒヒヒヒヒッ!」


 オークのブタ野郎が三段に分かれることさえできない出っ張った腹肉を揺らしながら、リリンを嘲笑する。

 対するリリンはどこ吹く風で、まるでブタ野郎の声なんて聞こえていないかのように反応さえ示していないけれど。


「……」

「おやあ? ププ、無視ですかねェ、ブヒャピギィコポォ!」


 ブタ野郎は気味の悪い笑い方で腹肉を揺らしている。

 こいつらはなんでこんなにムカつくんだろう。勇者として乗り込んだときに、真っ先に始末しとけばよかったぜ、まったく。


「オ、オ、オイラも、ニクを焼くのは、なんか怖いモ~ゥ……? なんでだモゥ……?」


 そう呟いたミノタウロスのミノ吉から、みんなが一斉に視線を逸らした。不安そうにミノ吉が視線をまわしている。


「みんなぁ~、どうしたモゥ……? オイラぁ、ヘンなこと言ったモゥ……?」

「気にするな、ミノ吉」


 ミノ吉はわかっていなさそうだが、ナマニクは大体が野牛のニクだから罪悪感が半端ない。ミノタウロスは牛のバケモノだから。

 スライムのオッサンがテーブルに肘らしき部分を置いて、面倒くさそうに吐き捨てた。


「ハン! 焼くなどと時間の無駄だと思うがね。実にくだらんこだわりだな、参謀殿。忙しい我々は、さっさと食えればそれでいいというのに」


 こいつもいちいちムカつくやつだ。戦闘時はおろか日常ですらなんの役にも立っていないクセに、なぜこんなに偉そうにできるのか。

 ガーゴイル族のゴイルがため息混じりに石のハットのつばを少し下げ、視線を隠して言い捨てる。


「どのみち魔王様がまだでは始めるわけにもいくまいよ、スライムの」

「そ、それはわかっている」

「ならば他の者も少し黙っていろ。口数の多い漢はたかが知れるというものだ」


 一瞬、ぴりっと空気が引き締まった気がした。

 ゴイルの旦那が威嚇するように睨むと、スライムのオッサンが液体状にとろける。


「……ふん。まあよかろう」


 魔物の最底辺に位置する下位種族、ゴブリン族のゴブ蔵や、ウンディーネのディーネが安堵の息を吐くのがわかった。

 ゴイルがハットのつばを押し上げて、口元にわずかばかりの笑みを浮かべる。

 ありがとよ、旦那。


「ふんふん、なんかいいニヨイがするねー! やっふー、みんな!」


 遅れてやってきたアシュが、空気を読まずに片手を挙げた。


「ごっはん! ごっはん!」


 あいかわらずの裸足でペタペタ歩いて長テーブルのお誕生日席に着座した。

 散々待ちくたびれている幹部連からは、もはや苦笑かため息しか出ない。けれど、緊迫感に支配されていた空間がアシュの登場とともにいつもの状態へと変化した。

 こういう部分は素直に評価できる。


 先代魔王ヴィケルカールの死因が気になるけれど、さすがにこのようなのどかで平和な雰囲気のなかで問うことではないだろう。

 今はひとまず忘れておこう。

 おれは立ち上がり、食堂の隅に控えていた頭は魚類、身体はメイドの給仕に指示を出す。


「揃ったな。では、並べてくれ」

「ギョ!」


 魚人族だ。素直でいい種族なのだが、若干の生臭さと言葉を喋れないのが玉に瑕か。

 彼女はメイド服をひらめかせながら一度回廊に出て、大きなワゴンを押して戻ってきた。

 給仕の手によって、長テーブルにつく幹部連の前に次々と焼いたニクを載せた石皿が並べられてゆく。


「ギョ、ギョ、ギョ」


 冷めないように半球状の蓋をしてはいるが、香ばしく芳しい匂いは漏れ出し、あっという間に食堂内に充満した。

 それと同時に、幹部連の多くがごくりと喉を動かす。

 くく、目の色が変わったな。あまりの美味さに驚くがいい。野蛮な魔物どもめ。

 普段から飼い葉や砂、水しか食わない魔物らも、今日ばかりは興味津々に隣の席の石皿を見つめている。

 すべての幹部らの前に皿が並べられたのを確認して、おれは一つ、大きく手を打った。視線が一斉に注がれる。


「さてと、貴様ら――」

「あるかん、たべていーか!」

「待て、ポチ子。待てだぞ~、待て」

「う~……!」


 ポチ子が血走った目で石皿を覆ったドーム状の蓋を睨みつけている。おれは咳払いを一つして、幹部連を見回しながら口を開けた。


「さてと、貴様ら――」

「まだか! あるかん!」

「待て、待てだぞ、待て」


 椅子に座っているというのに、尻尾が勢いよくぶんぶん左右に揺れている。両手をテーブルについて身を乗り出し、蓋の隙間に鼻をねじ込もうとしている。


「さてと――」

「あるかん! もういいか!」

「ま、待て! つーか、ちょっとでいいからおれに喋らせてっ!?」


 ポチ子の口からはだらだらと涎が流れている。呼吸が驚くほどに荒くなっている。

 うーん、元が犬ではこのあたりが限界か。


「あぁ~……。もういいや。よし、食っていいぞ、ポチ子」

「がう~~~~っ!」


 野生のポチ子が両手で蓋を乱暴に取っ払って、ナイフもフォークも使わずに口を大きく開けて、石皿から直接焼いたニクをかっ攫った。


「うぐ、がう、ごふ、ふぁ~~~~~! ナンダコレ! あむ、がぐ!」


 両手で石皿にニクを押さえつけ、ポチ子が顔中を脂まみれにしながら巨大なニクを食い千切る。顔を上に向け、食い千切った部分をすべて口内に収めてから再び石皿のニクを食い千切る。


「ごひゅ、がぶ、むちゃ、ふぉ~~~~~! アオ~~~~ン!」


 食い方はヒドい。犬そのものだ。それも野良の。

 だが、それが功を奏した。うまそうなのだ。

 彼女が理性を完全に失い、野蛮で野性的な本能を剥き出しにして食らいつくその姿は、あまりにも他の者の食欲を掻き立てた。


「ア、アニキ、あ、あっしも食っていっスか!? なんかヤベェス! ヤベース!」

「しょうがねえなあ。ああ、いいぜ。じゃあみんな、食いながらでいいから聞いてくれ。簡単な話だ」


 全員が目の前にある石皿の蓋を開ける。食欲を掻き立てる匂いが一気に室内に充満した。

 ナイフとフォークを使って食べる者、手でつかんで食べる者、自らの体表面から溶かしながら採り込んでゆく者と様々だが、皆が皆、一斉に言葉を失う。

 あれだけ文句を垂れ流していたブタ野郎やスライムのオッサンでさえもだ。

 おれは得意気に胸を張って、最初から結果のわかっている問いかけをした。


「貴様ら、今日からこの焼いたニクを今後正式にメニューとして採り入れようと思うのだが、反対の者はいるか?」


 誰も手を挙げない。

 ゴブ蔵が立ち上がり、ギョロ目から涙を流しながら叫ぶ。


「あっしマジ賛成ッス! なんスかこれ! 人間てのぁ、こんなオニヤバなもん食ってたんスか! なんであっしらに教えてくんねッスか! マジひでえ! 人間て鬼畜じゃね!?」

「……いや、泣くなよ。あと、人間を恨んでやるな。なんかそれおかしいでしょうよ」


 いち早く食べ終えたポチ子が、両手で石皿を頭の上まで掲げておれを見上げてきた。


「おかわり、あるかん!」

「もうねえよ。――あ、ちょ、それおれの……まあいいか……。塩加減の調整のために、味見で散々食ったしな」


 ポチ子は欲望にあらがえないらしく、おれのニクをぱくっと口に入れていた。


「とまらん! とまらん! あるかん! ごめん!」


 うまそうに咀嚼し、嚥下してからその場に転がって、おれに腹を見せる。


「あるかん、しゃざいとばいしょーだ! ぽちこをモフれ! さあ、ぽちこをモフれ!」

「……いや、いいよ……」


 こいつ、姿は半分以上人間だし、そんなじゃれ合いをしたらヘンな気分になりそうだ。おれには気になる女性もいることだしな。

 リリンと目配せを交わす。

 リリンは丁寧にナイフとフォークを使ってニクを口に運んでからナプキンで唇を拭い、片手を挙げた。

 おれの手とリリンの手が、高く鳴り響く。


「やったわね、アルカン」

「おう。ほとんどリリンのおかげだけどな。おれとアシュだけじゃあ、まともに焼けもしなかったと思うぜ」

「ふふ、あたしはあなたの話に乗っただけよ」


 もはやスライムのオッサンやブタ野郎でさえ、反対の挙手をする気配はない。悔しげにうつむいてはいるものの、込み上げてくる食欲には敵わないのか食べ続けている。

 魔王軍の食料改革はうまくいった。だが、問題はここからだ。


「貴様ら、ちょっといいか?」


 魔物の注目をもう一度集めて、おれは言葉を選ぶ。


「焼いたニクを正式メニューとするには、まだ一つ解決しなければならない問題がある。現在、調理をしているのが厨房のレイン殿だけしかいない」


 レインの名前を出した瞬間、幹部連のうち数体がビクっと身体を震わせた。おそらく大鉈で襲われた経験があるのだろう。気の毒に。


「南の魔王軍所属の魔物でニクを食う輩はおよそ二百体だ。ナマニクを切るだけでも、かなりの労働であることに加え、焼くという工程まで押しつけることはできない。そこでだ、貴様らのなかに一族揃って焼きの工程を引き受けてくれる者はいないだろうか」

「アニキ! あっしらが――」


 挙手と同時に椅子から立ち上がったゴブ蔵を、おれは片手で制する。


「だめだ、ゴブ蔵。申し出はありがたいが、ゴブリン族には農作業に加えて城の修繕から増築まで頼んでいる。これ以上の労働は、貴様らの体力を奪うことに他ならない」

「……ッス。あっしらの身体の心配まで……へへ、アニキマジエンジェルッス……」


 気持ち悪いこと言い出した。

 穏やかな表情で椅子に腰を戻したゴブ蔵の隣で、ゴイルが石の葉巻を咥える。


「すまんな、参謀殿。ガーゴイル族は魔王城の門番。それに八体しかいないため、力にはなれん。指の数も三本では作業に支障を来すだろう。味覚というものがないのも致命的だ」

「わかった。ありがとよ、ゴイルの旦那」


 倫理的にミノタウロス族にはさせられない仕事だ。アヌビス族はポチ子一体しかいないし、そもそも食欲には勝てそうにない。スライム族やウンディーネ族は手の固定が難しそうだ。オーク族もおそらくつまみ食いがヒドいことになるだろうから、食料難の現状では絶対に任せたくない。ミミック族も一体しかいないし、不可能だ。

 やはりこれが問題になるか……。


 とん、とん、と指でテーブルを叩く音がして、おれたちは無意識にそちらに視線を向けた。テーブルに肘をついたアシュが、瞳を閉じて指先を動かしている。


「方法はないでもないぞ、アルカン」


 アシュの瞳がゆっくりと開かれた瞬間、背筋に悪寒が走った。

 目つきが完全に変わってしまっている。

 お……え……ええぇ?

 長テーブルでだらけていた他の魔物たちが、一斉に姿勢を正す。床で腹を見せて転がっていたポチ子でさえもだ。

 セラトニアの騎士団のように、規律正しく全員が態度を一新させた。

 ゴイルとオッサンが睨み合ったときとは比較にならないほどの緊迫感と静寂が、食堂内を支配する。

 こ、こいつ、やけに静かだと思っていたら魔王化してやがったのか!


「シ、シエルか?」

「食べている最中に舌を噛んでしまったようでな。痛くてかなわん」


 シエルがナプキンで口元を拭うと、確かに白のナプキンが赤色に染まっていた。

 そ、そ、そんな覚醒、防ぎようがないだろ!?

 あ~ぁもお~~~~ぅ、アシュゥゥゥゥ、頼むからもっと自分を大事にしてくれぇぇ!

 心の底からそう叫びたい。アシュではなく、おれ自身の安寧のために。


「そのようなことより見事な味であったぞ、アルカン。褒めてやる。これで南の魔王軍は貴様の目論見通り、さらなる肉体強化がはかれるであろう。今後もその調子で励めよ」

「お、おおう」


 困るんですけど! それすっごい困るんですけど! なんかおれ、敵をどんどん強化しちゃってるんですけどぉ!?

 いや、しかしこの食料改革なくして潜入を続行することは健康的に不可能だ。

 おれは咳払いをして話を進めることにした。


「だが、調理できる種族がもういないんだ」

「そうだな。母の仕事量も限界であろう」


 シエルの視線がおれから外れて、静かに着座している石像へと向けられた。魔法生物、ガーゴイル族のゴイルだ。


「――ゴイル」

「ハッ」


 テーブルを叩いていたシエルの指が止まった。

 おれはここへ来て初めて、王と従者の関係らしきものを目にしている。


「ゴーレムの封印を解け」


 ゴーレム!? 古代兵器じゃねえか! そんなものまでいるのかよ!


「それはかまいませんが、しかしながらヴィケルカール様やシエル様以外の魔力量では、たった一体でもあれらを常時動かしたままにしておくことは不可能かと。アシュ様では操ることさえ不安定になるのではありませんか?」


 ゴイルの旦那が物怖じすることなく、はっきりと言ってのけた。

 気づいてはいたが、ゴイルの旦那はほんとに格好いい。なんか見ていて痺れる。


「もう一体、なかなかの魔力を誇る者がいる」


 ゴイルの旦那を含めて魔物たちが、互いに目を見合わせた。そのうちの何体かがおれに視線を向けてきたけれど冗談じゃない。

 魔力が足りたとしても、古代兵器の扱い方なんて知らねえぞ。


「失礼ながら、シエル様はどなたのことを仰っておられるので?」


 シエルの視線が再び移動する。

 ただ一体。シエルに視線すら向けていなかった美しい純魔へと。

 金色の髪を揺らして、リリンがシエルにようやく視線を向けた。


「リリン。貴様、どれだけのゴーレムなら操れる?」


 シエルが肘をついたままの姿勢で、意地の悪い笑みを浮かべた。リリンは無表情を装ってはいるが、緊張だけは伝わってくる。


「あたしには過ぎた代物――」

(たばか)るなよ、リリン? 同じことを何度も言わされるのは好きではない」


 リリンの言葉を遮るように、シエルが片頬に笑みを浮かべて呟いた。

 数秒の沈黙を置いて、リリンがあきらめたようにため息をつく。


「……五十体が限界といったところです」


 できるの!? しかもそれって、かなりの数なんじゃ……。

 疑問を裏づけるかのように、幹部連にどよめきが広がる。


「ならば五体くれてやる。やつらは疲れを知らぬ石人形だ。魔物二百体程度の料理など、それだけの数で十分だろう。明日より貴様の魔力を注げ」

「はい」


 おれは隣の席のリリンに尋ねた。


「大丈夫なのか、リリン? 負担にならないか?」

「え、ええ。……まあ、これくらいなら戦闘には支障も出ないわね。むしろ頑丈な盾にできる配下がつけられたと思ってもらったほうが、しっくりくるくらいよ。大サービスね」

「そうか。なら、いいんだ」


 気のせいか、シエルを見るリリンの瞳が鋭くなっている。それに気づいているのかいないのか、シエルはおれに視線を戻して赤色の瞳を細めた。


「これで問題はないな、アルカン?」

「ああ。今後はメニューに野菜なども取り入れてゆくつもりだが、いいか?」

「私は好きにしろと言ったぞ、アルカン。何度も同じことを言わせるんじゃあない」

「わかった。ありがとう、シエル」


 シエルが少し面食らったような表情をして、おれから視線を逸らした。


「我が軍のためだ。貴様に礼など言われる筋合いはない」


 照れているようだ。あまり感謝を述べられるのも“好きではない”のかもしれない。

 だが、おれは警戒する。これまでもよりもずっとだ。

 シエルには血を分けた父親であるヴィケルカールを殺した疑いがある。もしも親殺しが真実であれば、おれはシエルを殺すことに躊躇いはない。

 そのような輩は種族性別を問わず、ともに生きられる生物ではないからだ。

 いつかシエルと二人きりになったときにでも尋ねなければならないだろう。アシュではだめだ。シエルでなければ。


 ああ、嫌だな……。

 バカげた話だが、おれはシエルが自ら語った、父を愛していたし愛されてもいた、という言葉を信じたいと思うようになっていた。

 シエルがテーブルに立てていた肘を除けると同時に、給仕があわてて次のメニューを運んできて彼女の前に置いた。もちろんナマニクだ。


「では、食事を続けよう」


 こうして南の魔王軍の食料改革が始まった。


アニキマジエンジェルっす。


次回新章。

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