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てめえらみんな働けよ!①

まじめなのは最初だけ。

 いったいおれは、こんなところで何をやっているのだろうか。


 石造りの城内に響きわたる怒号と剣戟。石畳を汚す赤い液体。反響するは、人ならざる者の咆吼のみ。

 むせかえるような熱気と、まとわりつく鉄錆のような臭気が煩わしい。

 敵味方に分かれての乱戦は、正直なところかなりマズい戦況だ。味方側の魔物は、もう数えるほどしか残っていない。


 いや、そもそもだ。

 おれには、どいつが味方でどいつが敵かもほとんど区別がつかない。要するに、かかってくる輩は全員斬るしかない。そして、斬り結ぶ頻度は徐々に上がってきている。

 おれは背中に庇った少女に声をかける。


「いいか、アシュ。絶対におれから離れるんじゃないぞ」

「う、うん! 大丈夫! アシュはアルカンから離れない!」

「フ、いい子だ」


 二足歩行のトカゲが奇声を発しながら、がに股の面白走りでこちらに迫ってくる。表情のない爬虫類にあるまじき形相で、石斧を高く持ち上げて。


「ケキャキャッ、キシャアアアァァァーーーーッ!」


 う~ん? たぶん敵……?

 振り下ろされた石斧を、安物の剣で受け止める。甲高い金属音とともに火花が散って、両腕にずしりとした重みがかかった。


「よっと」


 おれはトカゲ野郎の腹を蹴って離し、体勢を崩させたところで鱗に覆われた胸部に剣を突き立てる。この程度の魔物は敵ではない。

 しかし少女の無事を確かめようとして振り返ったおれの視界に、ものすごい速度で遠ざかってゆく当の本人が映った。しかも自らの足で。


「へ……?」


 必死扱いて庇ってやっていたはずの少女が、すっ転びそうになりながら戦場を走ってゆく。


「ぴゃあああぁぁぁ! ごわいよぉぉぉ!」

「ちょぉぉい――ッ!? 今離れないって自分で言ったばかりでしょうがぁ!」


 ガリでチビ。薄汚れた白のワンピースをひらめかせ、寝癖だらけの長い白髪と、首からヒモで提げた王冠を振り乱しながら。

 おれは大慌てで追いかける。

 こんな敵味方すら識別できないような戦場で勝手に動かれては、もはや目も当てられん。


「ぎゃあああぁぁぁん!」

「落ち着けバカ!」


 しかし少女は不健康な目の下の隈を伝う涙を両手でごしごし拭きながら、ペタペタと裸足で出鱈目に戦場を逃げてゆく。

 それも、なぜか危険なほうへ、危険なほうへとだ。


「ああぁぁぁもおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ! 勘弁してくれ……ッ――邪魔ァ!」


 鋭い爪を振り下ろした魔獣種キメラの側頭部を蹴って吹っ飛ばし、おれは汗を飛ばしながら少女の逃げる方角へと視線を戻し、再び追いかける。

 敵の魔物が、こぞって弱そうな少女に襲いかかってゆく。


「ぎゃあああん!? ひぃぃぃん!」


 少女は小さな身体で魔物の爪や牙をかいくぐり、泣きながら裸足でペタペタと石畳を走り回っている。無事でいるのが奇跡だ。


「なんって手間のかかるやつだ……!」


 おれは魔物どもを片っ端から薙ぎ払いながら、必死の形相で彼女を追いかけた。

 極めて不本意ながら、あのクソガキには傷一つつけられるわけにはいかない。

 そう。たとえ自らの身を犠牲にしてでも、そこには絶対に守らなければならない理由というものがあるのだ。


「どけ!」


 彼女を追っていた魔物の後頭部を引き倒して斬り捨て、汗を飛ばしながら周囲のやつらを力任せに斬り払う。


「んがぁ! 邪魔するんじゃねぇぇぇええええぇぇぇッ!」


 真っ赤な血液が大量に散って、三体の魔物がその場に崩れ落ちる。だが、そんなことはどうだっていい。

 おれは再び少女を追いかける。


「おいこら、待てって!」

「ぎゃあああ!? ごな、ごないでええッ!!」


 少女は呼びかけに対し振り返ることもせず、一心不乱に逃げ惑う。


「おれおれ、おれだよおれ! ほら、落ち着いてよく見ろ! アルカンだぞ、アルカン! 怖くないぞ~? 落ち着いてこっち見ろ、アシュ!」


 完全にパニック状態のアシュは、おれが伸ばした手をもかいくぐって逃げ回る。しかもたちの悪いことに、普段はグズでノロマなクセに逃げ足だけは異様に速い。

 ペタペタペタペタペタペタペタペタ。裸足の足音が剣戟の音に混じって聞こえている。


「うわぁぁぁん、ぎゃああぁぁぁん! だじゅげでぇぇぇ!」

「助けてやるから、無軌道に動かないでくれぇ! もう頼むよぉぉ!」


 泣きたくなってきた。

 アシュが石畳の血に足を滑らせ、頭から派手にこけた。


「へむっ!? ――いだぁぁぁいよぉぉぉ……」


 一瞬ヒヤリとした。鼻血でも出されたら完全にアウトだ。だけどどうやら運良く無事で、出血などはないようだ。

 ぺたりとその場にヘタリ込んだアシュのワンピースの下腹部が黄色く染まってゆく。じわりと足元に液体が広がった。


「うわぁぁぁん、おしっこもれたぁぁ~」


 汚い。


「ぐふふ、止まりやがったぜ! 今だぁ! 殺れぇぇぇ!」

「うおおおぉぉぉ!」


 我先にと、魔物どもがアシュに押し寄せる。

 彼女は慌てて立ち上がり、尿に足を滑らせて転びそうになりながらも再び逃げ出した。


「ぎゃああぁぁぁん、来ないでぇ、来たらおしっこつけちゃうよぉぉぉ!」


 このままじゃまずい。やつらの目的はアシュの生命だ。


「ぎゃはははっ、殺せェ! 小娘の首を挙げろォォ、ヒャッハー!」

「やめ、やめろっ! アシュに手を出すなっ!」


 そう。手を出してはいけない。中途半端には。

 ……わかるか? これは最も根源的な、そもそも論の話だ。

 その程度の攻撃でアシュが殺せるのであれば、おれがもうとっくの昔に殺っている。

 できないのだ。誰にも。そして一言付け加えるとするなら、中途半端が一番いけない。


「ンがあ!」


 おれは身を低くして、アシュを追う魔物どもを必死の形相で追いかける。しかし。


「おっと、てめえの相手は俺様だ」


 おれの背中にある漆黒の羽根を、銀色の豪腕がつかんだ。中位の魔獣種、狼男(ワーウルフ)だ。すでにおれの頸部を引き裂くべく、鋭い爪を高く持ち上げている。


「くく、覚えておくが良い。矮小なるものよ。我が名は銀狼フェ――」


 だが、その寝言が吐き出されるよりも早く、魔力を込めたおれの裏拳が狼の側頭部にめり込んでいた。


「邪魔ぁッ!!」

「――おぎゃンッ!?」


 フェ何とかいう卑猥そうな名前のワーウルフが凄まじい勢いで肉体を回転させ、石造りの床を割って頭から突き刺さった。

 しかしそれを見届けている暇などない。おれは急いでアシュの姿を視線で追う。


「くそ、どこ行った!? 見つけ――!」


 ペタペタ走り回るアシュを発見した瞬間、目の前で火炎が渦巻く。

 今度は炎色の火蜥蜴、中位の精霊種サラマンダーだ。


「邪魔はさせぬ。小娘さえ殺せばこの戦は我らの勝ちよ。さあ、煉獄の業火に灼か――」

「うるせえあとにしろっ!」


 おれは煉獄の業火とやらを秒殺で強引に突破し、火蜥蜴の眉間へと容赦なく剣を突き刺す。


「――れるがいるれれれ? はひンっ!?」


 白目を剥いて倒れ込むサラマンダーの頭部を踏み越えて、高く跳ね上がり。

 よし、追いついた!

 着地と同時に、アシュへと襲いかかっていた全方位の魔物を回転しながら斬って払い、涙と鼻水と小便で汚れた彼女へと手を伸ばす。


「来い、アシュ!」

「だじゅげで、アルギャァ~ン!」


 しかしアシュの指先がおれの手に触れかけた瞬間、おれと彼女の間に、十倍の体躯はあろうかという巨大な魔物が雷鳴のような轟音とともに顕現した。


「どわっ!?」

「ぎゃあぁぁぁん!」


 大風に煽らたおれとアシュの身体があっさりと宙を舞い、またしても大きく距離が開く。


「――っ! 次から次へと……ッ」


 恰幅の良い青色の出っ腹に、三つ叉の槍。

 熱変換された体内エネルギーで無数の返り血を蒸発させ、異様な臭気を放っている。張り裂けんばかりの筋肉で膨張した腕には、人体では到底扱えそうもない大きさの、岩石でできた粗雑な棍棒が握られていた。


「アークデーモンッ!? こんなやつまでアシュの首を獲りに来ていたのか!」


 純魔種。超のつく上位の魔物だ。ワーウルフやサラマンダーなどとは比較にならない危険生物の突然の出現に、威圧された戦場が一瞬にして静まり返った。

 たった一体のアークデーモンが一国を死滅させたという伝説など、腐るほどある。

 それほどまでに苛烈。強靱な肉体はあらゆる刃を跳ね返し、豪腕の一振りは雷を伴う。性質は獰猛で血を好み、知性は高く、暴力的快楽のためなら同族ですらも屠ることもある。

 魔王種を除けば、他に類を見ない危険で凶悪な魔物だ。

 アークデーモンが不気味な笑みを浮かべ、おれへと向けて口をわずかに開いた。


「邪魔をするな、小童。この小娘は儂の獲物――」


 屁のような言葉が吐ききられるよりも早く、おれは地面を蹴って最速で最短距離を駆け、アークデーモンの腹部を目がけて剣を全力で振った。


「――やかましいッ!!」

「ぬっ!?」


 両腕に響く、ずっしりとした超重量の手応え。肉のたわむ鈍い音が重く響く。一体で国を屠るアークデーモンの皮膚は、刃など絶対に通さない。


 だが、それがどうした?


 アシュを傷つけられることに比べれば些事、まったくもって大した問題ではない。

 おれは、歯を食い縛って剣を両手で握りしめ、全力で強引に振り切った。


「ぐ、ぎぃぃぃ――ンガラッシャアァァァ!」


 直後、剣の勢いに押され、おれの体躯の四倍はあろうかというアークデーモンの巨体が持ち上がる。


「ぬごあぁぁひぃぃあぁぁぁぁ~~……――ぬひン!?」


 青の巨体はくの字に折れ曲がり、涎と胃液を撒き散らしながら錐揉み状態で吹っ飛んで、石造りの柱にぶつかってベシャリと拉げた。

 柱にめり込んだアークデーモンに中指を押っ立て、おれは怒鳴りつける。


「こンのウンコ魔族がッ!! 空気読め! 今はそれどころじゃねえんだよッ!」


 白目を剥いたアークデーモンが、崩れた石柱とともに大地に転がり落ちた。

 おれは剣を振って付着した血液を飛ばし、周囲を威圧するように吐き捨てる。


「あぁ、もう聞こえてねえか」


 斬撃が通らないのであれば打撃で潰す。それだけの話だ。たぶん、人間の中では、できるやつも相当限られているだろうが。

 そう。魔物しかいないこの場において、このおれ、アルカン・セラトニアは間違いなく人間なのである。


 背中に広がる漆黒の羽根は、夜のお楽しみコスチュームプレイ用の付け羽根だからどう頑張っても空など飛べないし、角や牙も夜店で買った子供だましの玩具だ。

 つまり仮装なんだ、これ。それも、大人の玩具屋さん(エッチなお店)で売ってる結構チャチな。

 おれは両手で剣を持ち上げ、フロアを震わすほどの大声を上げた。


「聞けぇ、クソボケども! まだやる気のあるやつぁ、片っ端からかかってこいッ!! 南の魔王軍所属、鬼族種アルカンが相手になってやるぞッ!」


 むろんハッタリである。敵味方問わず、人間であることがバレたら一大事だ。

 残念ながらおれは人間であって鬼族ではない。というより、鬼族なんてこれまでの人生で一度たりとも見たことがない。なんでも東国の魔物らしいのだが。


 おそらく今回の首魁であったと思われるアークデーモンを撃破したことで、場の空気が一変した。アシュにばかり視線を向けていた魔物らが、おれに脅えた視線を向けたのだ。

 やがて、一体、また一体と、石壁の隙間から城外へと退却してゆく。

 し、凌ぎきった……。

 最後の魔物が去る頃、おれは肩で息をしながらようやく脱力し、アシュに手を伸ばした。


「アシュ、無事か!? 怪我してないか!?」


 この期に及んで、あたふたと四つん這いで逃げ出すクソガキ。


「ぎゃあああん!? たたべたべたべられれるぅぅぅ!?」


 も~~~~~~~~う、いい加減にしてくれぇ~~~~~~~~~~!

 敵もいなくなったというのに逃げだそうとするアシュの首根っこを、おれは強引につかむ。


「ひぃぃぃぃん!? ぎゃあああん!」


 こんなやつのお守りだなんて、泣きたいのはこっちだ。

 おれは心底疲れた表情で嘆く。


「頼むから少し落ち着いてくれよぉぉ。おまえは、まがりなりにも魔王でしょうがぁぁ。もうちょっとシャキっとしろよぉぉ」

「まおー……?」


 ようやく、アシュがおれに視線を向けた。

 魔王アシュタロトが、嗚咽を洩らしながら両手でごしごしと涙を擦る。目の下の隈がさらに濃くなった気がした。


「……ひん、ひん……」


 そう。信じられないことに、この情けない小便タレのクソガキこそが、現在進行形で人類を駆逐し続けている恐ろしい四大魔王の一柱、南の魔王アシュタロトなのである。

 ああ、そうそう。

 ちなみにおれは、やつらを駆逐すべく旅立った人類最強の勇者アルカンだ。

 なぜ人類の勇者であるアルカン・セラトニアが、憎き魔王であるアシュタロトを守っているのか、そこには筆舌に尽くしがたい、海より深い事情があったのである。



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