引退
ロジーナが起き上がれるようになると、クレメンスはロジーナを連れて、都から少し離れた静かな村に居を移した。
その村には温泉も湧き、静養するにはもってこいの環境だった。
クレメンスは第一線を退く旨を周囲に伝えた。
突然の引退宣言に、周囲は慌てて引き留めたが、クレメンスの意志は固かった。
ロジーナもクレメンスの引退に驚いた。
もしかしたら、自分のせいなのかもしれない。
ロジーナはふとそう思った。
もしそうなら、嬉しかった。
だが同時に嬉しくなかった。
クレメンスが自分のことを最優先にしてくれている。
ロジーナにとってこんなに幸せなことはない。
しかし、ロジーナはクレメンスのお荷物にはなりたくなかった。
クレメンスにはクレメンス自身のことを最優先にしてほしい。
クレメンスがクレメンスらしく居てくれるのが、ロジーナにとって一番の幸せなのだ。
「フランクは私の後を引き継ぐのに充分な技量を備えている。足りないのは経験だけだ。私がいつまでも居座っていては、あれの成長の妨げになる」
クレメンスは、庭の景色を眺めながら言った。
ロジーナは驚いてクレメンスの横顔をじっと見つめた。
今までロジーナはあえてクレメンスに引退の理由を尋ねなかった。
もちろん理由を知りたかった。
しかし理由を知るのがちょっぴり怖い気がしたのだ。
「正直なところ、少し疲れたのだ。忙しすぎたのでな」
クレメンスはふっと笑った。
「そろそろ好きなように生きてもいいと思わないか?」
クレメンスはそう言いながら、ロジーナの顔を覗き込むようにみる。
ロジーナはクレメンスの瞳に、ドキッとした。
「当分は引継ぎに追われることになりそうだがな」
クレメンスはポツリとつぶやいた。