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魔女の気まぐれ  作者: 岸野果絵
神殿にて
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ロジーナの骸

部屋の奥にはロジーナの骸が安置されていた。

ロジーナの人であった頃の肉体。

ロジーナの遺体の損傷ははげしかった。

身体だけでなく、顔も焼けただれ、髪も熱によってチリチリになっていた。

真実を知っている母親のフィオナでさえ、正視に耐えかねる無残な姿だった。


できれば見せたくなかった。

娘のこのような無残な姿を人目にさらすことは、フィオナにはとても耐えがたいことだった。

それでも、フィオナにはこれ以外の方法は思いつかなかった。

このような醜い無残な姿をみれば、たいていの人間は嫌気がさすはずだ。

これで諦めてくれるはずなのだ。

フィオナは自分いそう言い聞かせていた。


フィオナに促され、クレメンスはふらふらとロジーナの遺体に近づいた。

そして、その姿を確かめるように、じっと眺めた。

「ロジーナ……」

そうつぶやくと、遺体の枕元にひざまずいた。

「ロジーナ。なんという姿に……」

クレメンスは優しく愛おしげに、ロジーナのチリチリになった頭部を撫でる。

「さぞや熱かったであろう。苦しかったな……」


フィオナは口をぎゅっとおさえ、顔をそむけた。

これ以上みていられなかった。

心が痛かった。

自分はなんとひどい仕打ちをしたのだろうか。

母親である自分が注いでやれなかった愛情を、この男がずっと娘に注ぎ続けていてくれたのだ。

それなのに。


「すぐに私も逝く」

クレメンスの言葉にフィオナは視線を戻した。

今まさにクレメンスが短剣を身体に突き立てるところだった。


フィオナは動転した。

間に合わない。


が、次の瞬間、クレメンスの持った短剣が粉々に砕け散った。

フィオナがはっと振り向いた先にロジーナが立っていた。


ロジーナが短剣を破壊したのだ。


ロジーナは淡く輝く銀色の光を纏っていた。

その姿は神々しく、彼女が既に人ではない、神の娘であるということを物語っていた。



「師匠」

ロジーナはクレメンスに駆け寄った。

「無事だったのか」

クレメンスは確認するかのように視線を動かし、ロジーナの頭から足の先までをながめた。


クレメンスは、初めてロジーナを見た時から、薄々気がついていた。

ロジーナの魔力には、質も量もただ桁外れだ、というだけでは説明のつかない何かがあった。

他の者にはない異質な気配のようなものがあった。

大きなものを無理矢理小さな器に詰め込んでいるような不安定さがあった。

今、自分の目の前にいるロジーナは、そういう不安定さが全くない。

これが本来の姿なのだろう。


「ごめんなさい。私……」

クレメンスはふっと嗤った。

「やはり人間ひとではなかったか」

「……はい」

ロジーナはこくりと頷く。

「そうか」

クレメンスは視線を落とした。


やはりロジーナは人間ひとではなかった。

おそらく、この神殿の主――ウィドゥセイト神に連なる者なのだろう。

もはや人間ひとである自分が、どう足掻いても決して手の届かない存在なのだ。

そう、もうどうすることもできないほど遠い存在なのだ。


クレメンスは大きく頷くと顔をあげた。

「師匠?」

「私はもうお前の師ではない」

きょとんとするロジーナに、クレメンスはさらに続けた。

「お前はもう師など必要としない存在だ。そうだろ?」

クレメンスは何か言おうとするロジーナの頭をポンポンとおさえた。

「さらばだ、ロジーナ」

クレメンスはくるりと向きを変え、生者の世界--光り輝く扉に向かって歩き出した。


「そんな……」

ロジーナは呆然とクレメンスの後姿をながめていた。

「……言ったじゃない」

見開かれたロジーナの目から、涙がポロリとこぼれた。

辺りの景色が揺れる。


「見捨てないって言ったじゃない!!」

ロジーナは叫んだ。

空間に亀裂が走った。


次の瞬間、辺りは闇に包まれた。

「この未熟者め。出直してまいれ!」

地底から響いてきたような声が辺りにこだまする。



闇はゆっくりと凝縮し、銀色の光を纏った男性の姿となった。

辺りは、まるで何事もなかったように、元に戻っていた。

ロジーナとクレメンスの姿がないことを除いては。


「案ずることはない。人間の寿命など、長くてもせいぜい百年だ」

ウィドゥセイトはフィオナにそう言った。


百年。

確かに、悠久の時を過ごした神にとっては、瞬きするほどの短い時間であろう。

しかし、ついこの間まで人であったフィオナにとって、百年はとても長い時間に思えた。

また、しばらくの間ロジーナに会えない。

少しさみしい。

でも、フィオナは何の心配も感じていなかった。

娘の傍にクレメンスがいるかぎり、何も案ずることはない。

娘が幸せならば、フィオナはそれで満足だった。

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