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魔女の気まぐれ  作者: 岸野果絵
神殿にて
5/15

クレメンス目醒める

 クレメンスは目を醒ますと即座に起き上った。

「くっ……」

 火傷が痛むのか、うめき声をもらす。


 フィオナはその様子をじっと眺めていた。

「ここは、夜の支配者・冥界の王ウィドゥセイトの神殿。昼と夜・生と死の狭間の世界」

 何かを探すように辺りをみまわすクレメンスに向かって、フィオナは静かに言った。


「ロジーナは……。私と共にいた女性を知りませんか?」

 クレメンスはフィオナを見上げて言った。

「ロジーナは、すでに冥界へと旅立ちました」

 フィオナは嘘をついた。

 娘であるロジーナはこの神殿にいる。しかし、本当のことを言うわけにはいかなかった。彼女の使命は、クレメンスを生者の世界――現世に送り還すことなのだ。そして、それはロジーナの望みでもあった。


「そうですか。ならば、私もすぐに行かねばなりません。冥界への入り口は……」

 フィオナはゆっくりと首を左右に振った。

「そなたは生きています。そなたの行くべきはあちら」

 フィオナの指し示した先には、光り輝く扉がある。

「そなたは生者の世界に戻るのです」

 

 クレメンスはフィオナの指し示す方向をみようとすらしなかった。

「戻りません。私の行くべきは冥界。私はロジーナの傍に行かねばなりません」

 クレメンスはフィオナの顔をじっと見据えて言った。

 フィオナは思わずクレメンスから視線をそらした。

 娘のことをこんなにも気にかけていてくれる。それなのに……。いや、それだからこそ、真実を伝えることはできない。なんとしても現世に戻ってもらわなければならない。

 フィオナは意を決し、クレメンスに視線を戻した。

「冥界に入れるのは死んだ者のみ。生者は冥界に入ることはできません」

 フィオナは意図的に無機質に言い放ち、取り付く島もない風を装って視線を落とす。クレメンスの顔をまともに見ることができなかった。


 沈黙が続いた。


 フィオナは違和感に視線を上げた。

 そこには短剣を手にするクレメンスがいた。


「お待ちなさい。何をするのです」

 フィオナは慌ててクレメンスの手を押さえる。

「死者になれば、冥界に入れる」

 クレメンスは短剣を見つめたまま言った。


 フィオナは動転していた。

 まさか、クレメンスがこのような手段にでるとは思ってもみなかった。クレメンスを死なせてしまっては意味がない。クレメンスには現世に戻ってもらわなければならないのだ。

 フィオナは必死で説得しようと言葉を探した。


「冥界は限りなく広い。たとえ冥界に行くことができたとしても、彼女を探すことは、砂漠で一粒の砂を探すようなものです」

「それでも、見つけ出せる可能性はゼロではない」

 クレメンスは静かに言った。

 フィオナはじっとクレメンスの顔を見た。

 瞳の奥に強い意志が見える。ただの脅しではないようだった。

 クレメンスは本気なのだ。このままでは、完全にチェックメイトだ。どうしても諦めてもらわなければならい。どんな手段を使っても……。


 フィオナは大きく息をつくと口を開いた。

「わかりました。ロジーナに会わせましょう。あのの遺体に……」

 居たたまれなくなったフィオナはうつむいた。


 ロジーナの遺体――人間ひとであった頃の肉体を見れば、納得するはずだ。あの損傷の激しい、醜く無残な姿をみれば嫌気がさすに違いない。諦めてくれる……。


 フィオナは顔をあげると、クレメンスを別室へと誘った。

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