思いきる
母フィオナに先導され、ロジーナは一室に入った。
部屋の中は、少し霧がかかったように薄暗く、石のようなものでできた寝台がいくつか並んでいた。
ロジーナは寝台のひとつに駆け寄った。
そこには師であるクレメンスが横たわっていた。
クレメンスは身体に大きな火傷を負っているようだったが、胸は規則正しく上下していた。
生きている。
ロジーナはホッと息をつくと、膝をついた。
そして眠っているクレメンスの顔をじっと見つめた。
今までの出来事が走馬灯のように浮かんでは消え、消えては浮かんだ。
ロジーナはけっして良い弟子ではなかった。
それどころか、ひどい問題児だった。
ロジーナは、いつまで経っても力の制御が上手くできず、癇癪を起しては、よく魔力を暴走させた。
不貞腐れて、クレメンスの元を飛び出したことも何度かあった。
それだけではなかった。
ロジーナは周囲ともうまく打ち解けられず、トラブルをよく起こしていた。
ロジーナがなにか問題を起こすたびに、クレメンスはその後始末に奔走していたように思う。
それでも、ロジーナが何度となく問題を起こしても、クレメンスは根気よくロジーナを指導し続けてくれた。
クレメンスの粘り強い指導で、ロジーナは一人前の魔術師となることができたのだ。
クレメンスがいなかったら、ロジーナは人間の世界で生きていくことはできなかっただろう。
「師匠」
ロジーナはそうつぶやくと、クレメンスに触れようとして手を差し出した。
が、触れる寸前でそれを止めた。
もうロジーナは人間ではないのだ。
人間であるクレメンスにとって、ロジーナは異質の存在なのだ。
ロジーナは差し出した手を握りしめ、そのままゆっくりと立ち上がった。
もう一度、クレメンスの顔をじっと見てから、思い切るように背を向けた。
そして、そのまま歩き出すと、部屋を後にした。