戸惑い
クレメンスはとっさにシールドを張り、ロジーナの後を追っていた。
本来であれば、時間稼ぎをするのはクレメンスのはずだった。
それをロジーナが代わってくれたようなものだ。
冷静に判断すれば、避難するべきであった。
ロジーナもそれを望んでいたはずだ。
クレメンスはわかっていた。
自分が追いかけたところで状況が好転することはない。
無駄な行為になるのは確実だった。
なんら利益を生まない。
それどころか不利益のが大きいだろう。
自分は避難しなければならないのだ。
頭では理解していた。
だが、感情がそれを否定した。
彼女一人を逝かせるわけにはいかない。
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ロジーナはすぐそばに魔力を感じた。
よく知っている魔力の気配だった。
紛れもない、ロジーナの師匠クレメンスの魔力だ。
「なんで……」
ロジーナは戸惑っていた。
救いたかった。
救える可能性があるのなら、自らの命と引き換えにしてもいいと思った。
だから噴火口へ飛び込んだのだ。
「お前ひとりで逝かせはしない」
クレメンスは、ロジーナの脳内に直接語りかけてきた。
「どうして?これじゃ私が犠牲になった意味がないじゃないですか」
ロジーナは叫んだ。
「お前を見捨てないと約束しただろ?」
「そうじゃなくて。国は?協会はどうするんですか?」
クレメンスは魔術師協会の会長であり、国の重鎮でもあった。
クレメンスを失うことは、協会にとっても、国家にとっても大きな痛手となる。
協会や国のためにも生きていてもらわなければならない。
「私に何かあっても問題ないように、後進を指導してきたつもりだ」
ロジーナにはクレメンスの言っていることが分からなかった。
わかりたくなかった。
なぜ、こんなことになってしまったのだろうか。
ロジーナが救いたかったのはクレメンスただ一人。
国も協会も関係ない。
ロジーナにはそんなものはどうでもよかった。
他の誰でもないクレメンスだから、無事に生き延びてほしかった。
クレメンスがいたからこそ、ロジーナは何のためらいもなく噴火口に飛び込んだのだ。
「お前のいない世界になど未練はない。お前と死ねるなら本望だ」
「師匠……」
ロジーナの視界が歪んだ。
マグマの熱のせいなのか、そうではないモノのせいかは、ロジーナには判断できなかった。