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序章

アリアンローズ(異世界×働く女の子)に応募しようと思ったけど仕事の繁忙期と重なりまったく執筆できず、結局締め切りにぜんぜん間に合わなかったものです…笑。

せっかくなので、のんびりと完成させたく思います。

 ――ある日気がつくと、一国の宰相になっていた。

 紆余曲折を経て、苦難を乗り越えて、計画通りに、などの過程を表す言葉を知らないわけではない。しかし、今置かれている状況とそこに至るまでの経緯を表すならば『気がつくと』としか言いようがない。

 否、よく分からないうちに、であれば換言可能かもしれない。シーノは心のうちの疑問符を全て押し殺し能面のように張り付いた笑顔を浮かべながらぐるりを見渡した。一際高く設けられたバルコニーのように迫り出した舞台にシーノは立っている。眼下に広がるのはパノラマ景色――ではなく、無数の人、人、人であった。

 陽光を受けて鈍く輝く甲冑を身に纏った数多の男が膝を折っている。そしてそれを囲むように数多の老若男女がひしめき合いながら頭を垂れている。きらりと刀身を光らせた槍を持った男が等間隔に立っている以外の全ての人が叩頭している様は、古代中国を舞台にした映画さながらの光景だとシーノは思う。皇帝や将軍が演説したり狼煙を上げるシーンだ。ただし今目前に広がる風景は洋風だったけれど。跪く男が着けている甲冑はヨーロッパの古城に見つけられそうな風体である。

 一言でいえば圧巻であった。シーノはごくりと喉を鳴らした。この世に生を受けて十六年、他人に平伏されたことなど一度もない。むしろ世の中には自分より年齢、立場、あるいは両方が上である者のほうが多い。頭は下げられるよりも下げる側に属する。しかし今見下ろした先で叩頭する夥しい人の中には、立場は分からずともシーノよりはるかに年長の人間が多数混じっている。

 彼らが一斉に向ける意識やちらりと走らせる視線にはいくつかの種類があるようだった。シーノに向かうは数多の好奇心。そして、彼女をわずかに逸れて迸るのは尊敬や畏怖、敬意、そして祝賀の気配。無数の人が生み出す熱気は膨れ上がり、厳粛なムードの皮を被りながらもそれは今にも弾けそうであった。

 シーノは笑顔を固めたまま、誰にも分からないようにそうっと溜息を吐いた。そして人々の意識が集中する先、シーノの右隣をちらりと盗み見る。悠然とした笑みを浮かべた若い男がそこには立っていた。

 光を浴びてきらきらと艶めく亜麻色の髪。身に纏っているのはシンプルながらも素材の良さがしっかりと分かるマントで、引き締まった体躯を包むのは滑らかに白い胴衣。腰に下げているのはおそらく飾り剣だろうが、その鞘は凝った紋様の銀細工だ。男の横顔はこの高等な服飾に見劣りすることもなく、また眼下の光景に萎縮することもなく、浩然と微笑みながらもどこか凛々しい。

 カシ・ダティータ。

 この男の名前を知ったのは、つい数時間前のことだった。しかしそれは今この場にいる者の中でシーノただ一人であっただろう。この国の人間であれば誰もがカシの名を知っている。否――この国の人間のほぼ全てが今ここに集結し叩頭している理由こそが、カシ・ダティータに他ならない。

 彼らがカシの名を知らないはずはなかった。なぜならカシ・ダティータはフィルヴィと呼ばれるこの国を統べるダティータ王族の、正統なる後継者であった。そして今行われているこの催事こそが、カシの王位継承式典なのである。

 しかしシーノがそんなことを知るはずがないのもまた、事実であった。彼女はこの国の人間ではなく、もっと言えばこの世界の人間ですらないのだから。


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