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おとこのおんなのこ  作者: 平山ひろてる
第1巻 『センパイの愛した、おもいびと』
7/7

エピローグ 『おとこのおんなのこ』

 ――事件も片付き、翌朝のこと。

 

 家のリビングで、あたしは父さんと母さんに事の顛末を、言うべきじゃないところは隠し、でも言うべきところはしっかりと暴露していた。

「あっはっは! そりゃ、困ったわね!」

 すると、けらけらと笑う母さん。

「困ったじゃないよ、やばいんだよ」

「男になる前に、告白しておけば良かったのにね!」

「ホントだよ、もう……」

 何と言うか、あたしは紗希センパイは女の子好きじゃないと思っていた。

 でも、実際は違ったんだなあ。もっと押しておけば良かったなあ。

「まあ、ペースがあるんだよ。それぞれにね」

「父さん……」

 そうか、ペースがあるよね。

 あたしは、あたしのペースでいけばいいんだよね。

「朱音、お父さんは何も考えてないだけよ」

「酷いなあ、母さん」

「本当のことでしょう?」

「まあ、そうなんだけどね」

「父さん……」

 それでいいのか、父さん。

「でも、一度は好きになってもらえたんだ。きっと、希望はあるさ」

「そうかなあ。好きになってもらえたのは、女の子のあたしなんだけど」

 何を好きになったのかはわからない。

 何だろう、あたし(女の子)の何を好きになってくれたんだろう?

「その、なんだっけ。恋人ごっこ?」

「うん」

「そこで、挽回していくしかないわね」

「なんか、不思議な感じ」

「セルフ略奪愛ね」

「無茶苦茶だー」

 セルフ略奪愛。

 セルフサービスみたいな表現はやめてほしい。

「でも、一歩前進でしょ。頑張りなさい」

「うん……」

 あたし(女の子)を好きになっている人に、あたし(男の子)を好きになってもらうように仕組む。さて、どうしたらいいんだろうな。バラせば一瞬だけど、信頼とかそこらへんがあるし。ううん。

「でも、面白いわねえ」

「面白くなーい!」

 何だか、とても大変なように思う。

 というか、かなり難易度高いんじゃないか?

 大変だなあ。はあ。

 その時。

 ぴんぽーん、と家のインターホンが鳴らされる。

「行ってらっしゃい。汐里ちゃんね」

「行ってらっしゃい、朱音」

「行ってきます!」

 まあ、深く考えていても仕方ない。

 今は、今の生活を過ごしていくしかないのだから。

 あたしは、父さんと母さんに手を振り、学校鞄をさっと掴み、ぱっとリビングを飛び出してゆく。


 玄関のドアを開け、家の外に立つ。するとそこには、いつも通りに機嫌がよさそうでも悪そうでもない、しおりんの姿があった。あ、車がある。今日は珍しく車でここまで来たんだなあ。

「おはようございます」

「おはよ、しおりん」

 手を上げ、さっと挨拶を交わす。

「おはよう、朱音くん」

 と。

「へ?」

 ん?

 何か、おかしいような。

「紗希ねえ、ついてくると言って聞きませんでしたの」

「へ? そ、そうなんだ」

 きらりと輝く笑みを浮かべた紗希センパイを見つめ、あたしの心臓はバクバクとハイテンポにビートを刻み始める。てか、何でいるのこの人! いや、朝から会えて嬉しいんだけどさあ!

「こういうの、憧れてたんです」

「そ、そうですか」

「ね、ねえ、しおりん。家の場所バレたじゃん」

「何か問題でも?」

 こっそりとしおりんに耳打ちすると、平然とした顔で言われてしまった。

「大丈夫なのかな? あの、女の子と同一人物だって知られたら……」

「大丈夫でしょう」

「そうかな……」

 きっぱりと、言われてしまった。

 うーん。それなら大丈夫なのかな。うん、多分大丈夫なんだろう。

 こっそりと、二人で話をしていると、

「何の話をしてるんですか?」

 紗希センパイが、割り込んできた。

 やばい。

「いえ、何でもないです!」

 必死にごまかすが、

「? そうなんですか?」

 何だか、納得がいってない感じだった。

「そうですわ。紗希ねえ」

「うーん、何か隠されてるような……」

「行きましょう。紗希ねえ。今日の生徒総会は朝会議ですわ」

「うん。わかった」

 紗希センパイは、副生徒総長として、生徒総会の一員になった。

 責任ある立場になったことで、これから辣腕をふるうことが期待できる。本当にあたしは彼女の働きを楽しみにしている。だって、紗希センパイは凄いんだもん。

「車で行くんだね、今日は」

「そうですわね。今日だけですわ。紗希ねえの、初参加日ですし」

「そうなんだ」

 家の前に停めてある黒塗り高級車を見つめながら、あたしはこくりと頷く。

「何をすればいいのか、よくわからないんですけどね」

「紗希センパイなら、大丈夫ですよ」

「そう言ってくれると、嬉しいです」

「ああ……紗希センパイ可愛いなあ……」

 思わず、呟いてしまった。

「声に出てますわ」

「はっ!」

 呆れたように、しおりんの声が紡がれ。

「? どうしました?」

「何でもないです!」

 きょとん、と目を丸くして尋ねる紗希センパイ。

 ついつい失言してしまった。思わず、想いを吐露してしまった。

「……はあ。さて、行きましょう」

 ため息をつかれちゃった。

 しおりん、あたしを見捨てないで、お願い。


 移動の車内。

 一番左はしおりん、真ん中はあたし。右は紗希センパイ。黒崎姉妹にサンドイッチにされる感じだ。黒崎姉妹分を補給。これで朝から頑張っていける。

「でも、良かったですわね。丸く収まって」

「そうだねえ」

「まさか、わたしに彼氏さんが出来るとは思いませんでした」

「そ、そうですか」

「そうですわね……初めてですわ」

 まあ、ニセ彼氏ですけどね。

 これから、本物になりたいなあとは思うんだけど。

「汐里、羨ましい?」

「ええ。とっても」

「そっかー」 

「俺を巡って争わないで二人とも」

「争ってません。ヘラヘラしないでくださいまし」

「いたっ! 太ももつねらないでくれよ!」

 冗談なのにい。

 本気にしないでほしいなあ。


 と、まあ。

 

 時間は過ぎ去ってゆき。

 放課後。英語研究会の部室。

「今度、デート行きませんか、紗希センパイ」

「でーと?」

 いつも通りの雑談だ。他愛のない会話だ。

「はい。何か今度の日曜日は、恋人同士だと映画が安いんですよ」

 別に、本当のカップルじゃなくともおっけーだ。

 カップルに見えれば、カップル料金が適応される。便利なのだ。

「でも、いいんですか?」

「見たい映画がないなら、いいんですけど」

 でも、紗希センパイと映画行きたいなあ。

 首を横に振るかと思ったが、違った。

「ぜひ行きたいです」

「じゃあ、行きましょう」

 良かったー。

 誘って良かったー。まさか、紗希センパイと二人で映画に行ける日が来るなんて。二人で行動してたのなんて、本当にたまにゲーセンで遊んでたくらいだし。

 ほわほわと、感動に浸っていると、彼女は何だか頬を赤らめて俯いていた。

 何がそこまで恥ずかしいんだろう、と尋ねようとした。

 その時。


「でもその……カップルの証明って、どうすればいいんですか?」


 顔を上げ、あたしを見据えたその瞳。

 冗談で言ってるつもりじゃない。本気だ。紗希センパイは本気でわかっていないようだった。でも無理もないか。恋人同士で映画なんて、見たことないだろうし。ないよね。うん。

「へ? えと、まあ」

「そ、その、チケット売り場の人の前で、き、キスとかですか?」

 思わず、吹き出してしまいそうになった。

 どこをどう解釈すれば、見ず知らずの他人の前でキスをすることになるのか。そんなことになったら、見物料を取ってやる。逆に。

「ち、違いますって! 言えばいいだけですよ!」

「そ、そうですか。安心しました」

「そうですよ、そうですよ」

 でも本当に紗希センパイは可愛いなあ。

 微かに赤らめた頬はさくらんぼのように、朱く染まっていた。

「……でも、何だか楽しいです」

 ぽつり、と紡がれるその言葉。

 軽い言葉のようで、含まれた意味は相当に重い。

「そうですか?」

「はい。今までは、学校が苦痛でした。でも、今は色んな人が話しかけてくれますし、楽しくやれてます」

「それは良かったです」

 思惑通り。

 今の時代、肌の色なんて誰も気にしない。いじめっこだって、肌の色でいじめてたというよりも、紗希センパイの容姿に嫉妬していたのだろうし。

 でも、そうなると今度は、紗希センパイに悪い虫が寄ってくるなあ。

 まあ、何とかするか。

「生徒総会も、うまく行ってますし」

「らしいですね。このままいけば、次の当主になれるんじゃないですか?」

 ぽつりと小耳に挟んだところによると、紗希センパイは早速、学校の問題点を指摘し、改善に乗り出しているのだという。

 今まで、心の中に溜めてきた思いを、一気に副生徒総長として発露したのだろう。

 だから、このままいけば、紗希センパイは優秀な副生徒総長として、卒業してゆくことになる。その先の道は、黒崎家当主の座。

「いえ、わたしはいいんです。まだお爺様たちには嫌われていますし」

 でも、悲しく微笑んだ紗希センパイは、その道が閉ざされていることをあたしに、暗に示唆していた。

「仕事が出来ても、やっぱりダメなんですか」

「みたいです。あの人たちから見たら、やっぱり出来損ないなんでしょうね」

「……」

 どうしようもないのか。

 まだ、足りないのか。

 悔しさで、胸の中にもやもやが起こる。

 しかし。

「でも、わたしは満足してます。あの人たちが、わたしを出来損ないだって言っても、何とも思いません」

 透き通った声で、あたしをなだめるように、紗希センパイは言葉を紡ぎだした。

 満足、本当に心から満たされているような声色だった。

「そう、なんですか?」

「はい。あなたや、汐里が認めてくれるから。それだけでいいです。それ以上は望みません」

「……」

 きゅん、としてしまった。

「朱音くんのお蔭です。本当に、ありがとう」

「……いえいえ。俺だけのもんじゃないですよ」

「あなたはわたしに、本当に大切なものを、教えてくれました。本当に感謝してます」

 そう言うと、彼女はゆっくりと口角を上げて、慈愛に満ちた天使のように。

 いや、包容力に満ち溢れた女神のように。

 真っ白な肌を、僅かな朱色に染めて。

 やんわりと、微笑んだ。


「だから、これからもよろしくです。朱音くん」


 だめだ。

 この笑みに、あたしはやられたんだ。

 メガネ越しに移る、きらりと輝くレッドワインの瞳。微かにゴールドがかった白髪。絹のように柔らかな肌が奏でる笑みは、世界一の光を放っている。


 やっぱり、あたしは紗希センパイが好きだ。


 好きで好きで、どうしようもなく、好きなんだ。

 高まる胸の鼓動を感じながら、あたしは彼女の目を見つめていた――。


 ――そして、日々は流れてゆく。

 あたしはたまに、約束通りヤンキーのボスとして喧嘩に参加していた。まあ、武器を使う卑怯な男もいたが、基本的には圧勝だった。

 危険っぽい時は、しおりんに頼んで、裏で調整してもらっているので、危ないことはない。こういう時、黒崎家って、本当に凄いんだなあと思う。

 結局は、子供の遊びなのだ。子供の遊びを、大人が裏で監督する。その程度のもので、それで紗希センパイを守ってもらえるなら、悪い取引じゃない。

 ただ、時間を問わずに呼び出されるのが、面倒だけどね。


 で、日曜日。北宮駅改札。

 待ちに待った、紗希センパイとのデートの日。

 以前は、あまり出かけることもなかったし、こんなことをするのは実は初めてだったりする。紗希センパイが案外乗り気で良かった。

「ふう……緊張するなあ……」

 約束の時刻は、朝九時。

 現在の時刻は、朝七時半。

 集合場所に指定した、この北宮駅改札にはまだ人が少ない。

 まだまだ紗希センパイは来ないだろうが、ついつい先に来てしまった。

かなり先に来てしまった。

「あれ? 朱音くん?」

 と思っていたのだが。

「え?」

 約束の一時間半前に。

「もう、来てたんですね」

 紗希センパイも、やってきた。

「早いですね、紗希センパイ」

「えへへ。嬉しくて、つい」

「……!」

 いまどきの服装に身をやつした紗希センパイは、いつも以上に輝いて見えた。

 なんだこの生き物。あたしの嫁にしたい。

「可愛いですね、その服」

「朱音くんも、格好いいですよ」

「そうですか?」

「はい」

 いいなあ、こんなやり取り。ふわふわするなあ。

 これからのデート、楽しい時間になりそうだ。

 なりそうなのだけれども。

 邪魔が。

 邪魔が入った!

「じゃ、じゃあ行きましょうか……って、何だろ、電話です。すみません」

 何だ、もう。

 ポケットの中へと乱暴に手を突っ込み、携帯電話を取り出す。通話を開始する前に、紗希センパイを一瞥すると、

「どうぞ、出てください」

 くすり、と笑みを浮かべたので、あたしはこくりと頷いて通話を開始した。

 電話主は、あいつだ。ヤンキー野郎。

「もしもし?」

『青木か?』

「ごめん、切る」

 こんな時にかけてくるなよなあ。

 正直、悪態をつきたい気分だったのだけれども、必死に堪えた。

『おいおい待ってくれ、話がある』

「俺、今デート中なんだけど」

『少しだけ身体貸してくれ、面倒なことになった。一発ぶん殴ってくれ』

 面倒なことになった。

 つまり、あたしの出番というわけだ。

 こいつらには、紗希センパイを学校外で守ってもらう、という約束をしているので、それ相応の仕事を、あたしもしなきゃならない。そこは筋を通さないと。

「……すぐ終わるか?」

『ああ、終わる』

「じゃあ、行く」

 すぐに終わらせて、すぐに紗希センパイの所に戻る。

 それでいこう。あたしはすかさずシミュレートを終え、返事をした。

『頼んだ。場所は西北宮高校だ』

「ああ」

 通話を終え、携帯をポケットに突っ込む。

 まあ、場所はそこまで遠いわけでもない。

 全行程合わせて、一時間くらいでケリがつくんじゃないだろうか。

「すみません、紗希センパイ」

「はい?」

「少し、呼ばれてしまいました」

「……ケンカ、行くんですか?」

 紗希センパイは、あたしがヤンキーのボスをやっていることを知っている。

 でも、あたしは彼女を心配させたり、余計な思いをさせないために、『紗希センパイを守るためにヤンキーのボスをやっている』とは、一度も言っていない。

 まあ、紗希センパイから見れば嫌かもしれないなあ。

 ヤンキーが同じ部活にいるなんて、拒絶反応を示すかもしれない。

「すみません……すぐ終わりますから」

「じゃあ、わたしも一緒に行きます」

「え? だめですよ、危ないです」

 あんなケンカの場所に、紗希センパイを連れていくことはできない。

 何があるかもわからないし、何かされるかもしれない。

 でも。

「朱音くんがいるなら、大丈夫です。それに、邪魔もしません。男の子ですから、喧嘩くらいしますよ。いじめは、ダメですけどね」

「……えーっと」

 そんなことを言われたら、拒絶できないじゃないか。

「それに、黒崎の監視もついてますから。大丈夫です」

 ああ、安心だ。

 副生徒総長に就任して以降、紗希センパイは黒崎家の庇護を受けているみたいだ。

 出来損ないと言っていながら、割と黒崎家は彼女に期待してるんだなあ。

「それよりも、この初デートを楽しみたいんです。一緒に歩きたいんです。初めての、経験ですから」

 もう、拒絶することはできない。

 そんなことを言われたら、あたしは乗り気になるしかない。

 だって、初デートを楽しみたいとか言われたら、もう彼女の言うとおりにするしかないじゃないか。うん。そうだ。その通りだ。

「そう、ですね!」

「いつか、本当の恋人が出来たときのために、予習です」

「……うう」

 少し気分が盛り下がった。

 でも、まあ。

「行きましょう、朱音くん!」

「は、はい!」

 そんな日々も、悪くない。

 手を引かれながら、あたしは二人で紗希センパイと一緒に、道を歩き始める。

 

 ――さて。

 とりあえず、あたしの物語はここで終わり。あたしが見せる物語は、とりあえずここで終わりだ。あたしが女の子に戻れるのかどうかは、あたししかわからない。

 もしかすると、あなたも男の子か、女の子になってしまうかもしれない。

 その時に備えて、色々と考えていると便利だよ! センパイからの忠告だ!

 でも、『おんなのおとこのこ』の生活も、案外悪くないよ?

(終わり)


 以上でいったん、終わります。

 よろしければ、感想異論批判などお寄せください。

 楽しめていただけたのなら、幸いであります。

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