「お前を愛する事はない」と私は婚約者に言いました。片想いは性に合わないんです。
これは親の決めた政略結婚だった。
私、アルシェナ・ベルティス伯爵令嬢に婚約者が出来た。
侯爵家の次男、ラウレンツ・ヴェルグラントだ。
お互いに第一印象は悪くなかった。
それは好きという感情じゃなかったけど、お互いがこの人となら上手くやれそうだと思った。
悪くないと思う。
でも、それから一ヶ月後に、私はラウレンツに宣言していた。
「お前……いえ、あなたを愛する事はない!」
と——。
◇
政略結婚が決まる前、私は学園を卒業したばかりの十八歳でした。
父のベルティス伯爵は、今年の領地の作物の不作のせいで屋敷の外を飛び回っていた。
普通の学園を卒業したばかりの十八歳の令嬢なら結婚相手を見つけるように両親に急かされるのに、おかげで私はのんびり趣味の合間に夜会に出席するだけで良かった。
私にも結婚相手を見つける気はあったけど、素敵だと思う男性は他の女性が狙っていて、私と踊ったすぐ後に違う女性と楽しそうに話をしていた。
だから私は、すぐにその場を離れる。
「では、私はこれで失礼します」
「ま、待って……!」
踊ったばかりの男性に呼び止められても、私は止まる気がなかった。
私には、他の女性と男性を争う気なんてないから。
——そんなわけで、私は婚約者候補になりそうな男性すら一人も見つけられずにいた。
それでものんびり構えていたのだけれど……父が婚約の話を持って帰って来た。
それが一つ年上のヴェルグラント侯爵家の次男のラウレンツだった——。
◇
私の婚約者は、蜂蜜色の髪に琥珀の瞳をしていた。
顔立ちは整っているけど、隣にいる彼のお父様の方が目を惹く華やかさがあった。
彼のお兄様も同じ顔で、彼よりもっと華やかな雰囲気があるのだと言う。
華やかな人に囲まれた環境のせいなのか、私の婚約者のラウレンツは決して地味ではないけど、どこか控えめな印象があった。
それを好ましく思った時に、ラウレンツも私のことを同じように私を好ましく思ってくれたようだった。
「アルシェナ、あなたとなら楽しく過ごせると思います。また、お茶や外に誘ってもいいですか?」
「はい、ラウレンツ様」
私とラウレンツは少し照れながら、笑って次に会う約束をしていた。
きっと彼なら、私だけを好きでいてくれると思う——。
◇
私には、幼なじみがいた。
私と同じく伯爵の爵位を持つ家に生まれ嫡男だったノエル・ディルクランだ。
同じ年の彼とは小さな頃からよく一緒に遊んで、学園に一緒に入学してからもずっと仲が良かった。
私はノエルの特別で、私にとってもノエルは特別だと思っていた。
それが恋愛感情なのかは分からなかったけど、なんとなく大人になったら結婚するような気がしていた。
でも、ノエルに好きな人ができた——。
別の学園に通う令嬢だというけど、どうやって知り合ったのか。
「シエナと、どうやって知り合ったか? アルシェナがどうしても聞きたいっていうなら教えるか……俺が街に行った時に、困っている彼女を見つけて……」
全く、聞きたくない。
私は耳を塞ぐが、気にせず彼女のことを話すノエルに、イラッとした。
「ノエル、私と知り合った時のことは覚えてる?」
「第三王女の五歳の誕生日パーティーに行った時にアルシェナとは会ったんだよな。シエナも第三王女の誕生日パーティーには行ってみたいと思ってたらしいんだよ! 運命だよな」
「行ってみたかっただけで、すれ違ってすらいないでしょう。何が運命なんですか」
「子どもの頃から彼女が憧れていた場所に俺がいたんだ! ずっと両思いだったも同じ!」
「私もいたので、シエルさんと両思いですか?」
「残念! シエナは女の子だから、男の俺が好きなんだ!」
ノエルが人差し指で自分を指した。
憧れていた場所にいた男と全員両思いならシエナさんはとんでもなく気が多い。
ノエルは、その他大勢の一人だと言うことになるけど……。
「シエナも今は俺と同じようにお昼を食べれるのかなぁ。運命だなぁ」
「私とノエルは全く同じ昼食を食べてるんですから、こっちの方がもっと運命ですよね」
「同じ学食で同じメニュー頼んだだけだろ」
イラっ。
その通りだけど、それなら同じ場所に同じ時間が流れてるだけです!
……アホくさ……。
こんなアホに彼女より私の方を好きになってもらうために、自分の話をしたり努力するなんて私の性には合いません
ノエルは前と同じく私と学園でも仲良くしていたけど、話せば全部好きな彼女のことだけになった。
どうぞ、その彼女が好きなら好きなだけ話しを聞いてあげる。
もう私はノエルのことなんて好きじゃないから、イラつくこともない。
私は、ずっと私にだけ優しい人が好きなの。
◇
婚約者のラウレンツと初めて街で会う事になった。
大きな広場の噴水の前で侍女に付き添われて日傘を差して待っている。
「アルシェナ!」
男性の声に呼ばれて振り返ると、ラウレンツ……ではなくて、幼なじみのノエルがいた。
私はノエルに右手の親指を立てた。
「俺に偶然会えてそんなに嬉しいのか! アルシェナ!」
ノエルは笑顔もまま私に近づいて来ようとする。
私は突き立てた親指をクルッと下に向けた。
“地獄に落ちろ”
ノエルの表情が変わる。
「なんだ? アルシェナ、俺が何したって言うんだよ!」
“失せろ”と伝えたつもりが、かえってノエルの興味を引いてしまったようだった。
「これから婚約者と会うんです。ノエルといるところを見られて誤解されたくはないので、どっか行ってください」
「別に俺とお前はただの幼なじみなんだから、婚約者と会った所でそう言えばいいだけで誤解なんてしないだろう」
ノエルは軽く考えているけど、
「はじめて婚約者に外で会う時に幼なじみがいたら誤解しなくても、だいぶ印象が悪いです。いつか紹介する日は来るでしょうけど、今ここに幼なじみがいる必要が無いんですよ」
「いや、でも、偶然会うことは……」
それでも引き下がらないノエルに、私は再び右手の親指を立てる。
そして、首の前でサッと左から右に指を動かす。
「失せな」
「うおっ!」
ノエルは見えなくなった。
ノエルがいなくなって五分後——。
「アルシェナ、待たせてごめん」
ラウレンツが待ち合わせの五分前に来て謝った。
私が早く来過ぎていたんだけど、見られてないので大丈夫。
見られていたら、ラウレンツに会うのが楽しみだったみたいで、恥ずかしいもの。
「私も、今来たところです」
そう言って私が微笑んで、ラウレンツも微笑む。
はじめての待ち合わせは、とっても良くできた。
それから、私とラウレンツは今日行く予定のカフェに向かって歩き出す……。
「ラウレンツ、こんなところで会うなんて、偶然ね!」
ラウレンツが呼び止められた。
「マリエルか……今日は婚約者のアルシェナ嬢に会うと話しただろう?」
「そうだった? 興味がないから忘れてましたわ」
華やかな服装の令嬢が言う。
私と出掛けることをラウレンツが話していた人……。
彼女がどこに行く途中なのかは分からないけど、はじめて婚約者と出かける私よりも華やかだった。
……これでもオシャレして来たんだけど……元々地味な服が好きだから、どんなに頑張っても私はこれ以上は華やかにならないわ……。
可愛いアクセサリーでも付けていれば少しは違ったかもしれないけど……。
「アルシェナ、彼女は俺の幼なじみのマリエル・ファルシオン子爵令嬢だ」
幼なじみ……。
私もさっきノエルに会ったし……偶然、幼なじみに会うこともあるわよね。
「ラウレンツとはずっと一緒にいたから、結婚したらあなたとも何度も顔を合わせると思います。よろしくお願いしますね、アルシェナ!」
マリエルが屈託のない笑顔を私に向けてくる。
「……あ、思い出したけど、最近話題のカフェに行くって言ってたわね、ラウレンツ。私もご一緒していいかしら?」
マリエルがラウレンツに向かって聞いている。
マリエルは、その華やかな衣装で何処かへ行く予定があるんじゃないの……?
予定もないのに、偶然、幼なじみが婚約者と会う場所に来てしまったと……。
「マリエル、俺とアルシェナは今日が初めてのデートなんだ。また今度、君のことは紹介するから、今日は遠慮してくれ」
ラウレンツがマリエルに言う。
「そうでしたわね。ごめんなさい。でも、あのカフェは桃のタルトが人気なんですって!」
そう言い残してマリエルは去って行った。
「すまない、アルシェナ」
ラウレンツが私に向かって謝る。
「知り合いに会うことはあります」
私はラウレンツに微笑む。
ラウレンツも微笑んで、順調にはじめてのデートは進んでいった。
——ただ、私は楽しみだった桃のタルトは頼まなかった。
◆◇◆
その後もラウレンツとは順調に出掛けてデートを重ねている。
毎回楽しく過ごせているけど……気になることが一つだけあった。
「今回は何処に行くか教えていないはずだが?」
ラウレンツがマリエルに言う。
「教えてもらっても、興味がないから覚えていないのに会ってしまうのよ。きっとラウレンツと私は行きたい場所や好みが同じなのね!」
マリエルが喜んでいるけど、殆どは私が行きたい場所にラウレンツが誘ってくれるだけだ。
マリエルと、行きたい場所と好みが同じなのは私だってことになる。
「今日はアルシェナとのデートなんだ。それじゃ」
ラウレンツはいつものようにマリエルをあしらうと、私と歩き出した。
「今日のカフェの一番人気はチョコレートケーキよ」
マリエルが教えてくれる。
私が頼もうと思っていたものだった。
「アルシェナは人気のものは頼まないんだね」
チョコレートケーキを食べながらラウレンツが言う。
私はマロンケーキを食べている。
ラウレンツはマリエルに聞いたものを必ず頼む。
……そうじゃなくて、ラウレンツは私の行きたい場所に付き合ってくれているだけだから、食べたいメニューなんて無いんだと思う。
だから一番人気のメニューを頼む……マリエルに教えられたメニューを——。
カフェの中にはチョコレートケーキが一番人気と看板があって、メニューのチョコレートケーキにも書かれている。
マリエルがいなくても、ラウレンツはチョコレートケーキを頼むんだと思う。
でも……イライラする。
私の前で、マリエルの影をラウレンツが引きずっている。
「今日も楽しかったよ。また誘うよ」
ラウレンツが別れ際に言う。
私は微笑むけど……次に私と会うまでの間に、マリエルとは何回会うんだろう。
◇
「お父様、ラウレンツ様との婚約のことですけど……」
お父様のベルティス伯爵の書斎に入ると、綺麗に片付いていてお父様は椅子に座ってくつろいでいた。
一時期——領地の農作物が不作で、お父様が各地を飛び回っていた時は、書斎は荒れて、たまに戻って来たお父様もぐったりしていたのに。
落ち着いて良かったと改めてホッとする。
「ラウレンツとは週末のたびに出掛けているそうだね。仲が良くてなによりだ」
お父様が喜んでくれるけど、私はその事で相談に来たのだった。
「ラウレンツ様との婚約を解消したいんです」
お父様は驚いていた。
「今、仲が良かったと言ったばかりなのに……!」
「仲は悪くはないと思います。でも……」
「仲が悪くないのが、一番良いことじゃないか。そういう人と結婚するのが一番だよ」
お父様は私の話も聞かずに話をまとめてしまう。
「でも……」
それでも食い下がる私に、ラウレンツと婚約破棄出来ない事情を教えてくれた。
——お父様が領地の農作物の不作のせいで大変な思いをしていたのは知っていたけど……領地の不作は今回だけじゃなかったらしい。
うちのベルティス伯爵家の領地は定期的に不作になる地理条件が揃っているらしい。
私が子供の頃にも不作になったが、備えがあったからあまり問題にならなかったらしい。
今回も備えはあったらしいが、それが間に合わない程の不作になったのだと言う。
それを助けてくれたのが、ラウレンツのヴェルグラント侯爵家だった。
うちの領地とは逆で、今年は農作物が豊作だったらしい。
ちょうど地理条件が真逆の領地で、うちが不作の年には相手の領地が豊作になるのだと言う。
「今年ほどの不作になることは滅多にないが、ヴェルグラント侯爵家と同盟を結べれば、毎年の備えにさく負担も軽くなって、お互いの領地の領民の暮らしが楽になるんだ。アルシェナがどうしても嫌だと言うなら婚約は解消するが……仲が悪くないならそのまま結婚してくれないか?」
お父様は私を無理矢理結婚させるつもりはないみたいだけど……今年の不作でお父様が大変だったことは分かっているから……。
ラウレンツの幼なじみと争いたくないという理由で婚約解消なんて、わがままは言えなくなる。
「分かりました。ラウレンツ様と結婚します」
私が宣言すると、お父様はホッと肩を撫で下ろしたようだった。
◇
ラウレンツと結婚はするけど、今のイライラは好ましくない。
私はラウレンツの所属している騎士団に会いに行っていた。
侍女を連れて騎士団でラウレンツに会いたいと言うと、すぐに見習い騎士が呼びに行ってくれた。
「アルシェナ!」
呼ばれて振り返ると、幼なじみのノエルがいた。
なんでいる。
ノエルは騎士団には所属していないけど、王宮で働いていて、騎士団に来る用事もあるのかもしれないけど……なんで今のここにいるのか。
私は近づいて来ようとするノエルに親指を突き立てる。
そして、クルッと手首を回して親指を下に向けた。
「うっ、おお……」
意味を理解してくれたようで、ノエルは私の前から去って行った。
「アルシェナ! 会いに来てくれて嬉しいけど、どうしたんだ?」
ラウレンツがやって来た。
「大事なお話があります」
私はラウレンツを近くのカフェに連れ出した。
◇
騎士団の近くのカフェはあまり流行っていないようで、人気のメニューなどはなかった。
ケーキはあるけど、私の話は簡単で時間のかかるものじゃないので紅茶を二つ頼んだだけだった。
「こういう静かなところもいいね」
ラウレンツが穏やかに言う。
きっと私に付き合って行くカフェより、こっちの方がラウレンツには落ち着くのだと思う。
「それで、話ってなんだい? 俺もアルシェナには、そろそろ今週末は何処に行こうか聞こうと思っていたんだ」
ラウレンツが私を見つめて微笑んでいる。
「いえ、今週末は出かけません」
「え? 予定が入ったのか。わざわざ伝えに来てくれたのか」
ラウレンツが早とちりしている。
「違います。ずっと、ラウレンツ様とは出掛けません。ラウレンツ様には、私にもう無理に合わせてもらう必要はないので、それを伝えに来ました」
「ええ!? なんでだ!? 婚約を解消するつもりなのか!? でも、お互いの家にとって不味いことになる!」
ラウレンツは慌てるが、やっぱり、お互いの家の事情は知っていて婚約を解消するつもりがないらしい。
「婚約を解消するつもりは私にもありません。ラウレンツ様とは結婚して、妻の義務は果たします」
「なら……」
ラウレンツは困惑している。
「結婚を決めたのなら、毎週末一緒に出かける必要はないでしょう? これ以上あなたと仲良くなりたいとは私は思わないので、幼なじみのマリエル様と楽しんでください」
「な、なんで、マリエルが出てくるんだ!?」
「私と会っていない時にも、ずっとマリエル様と会っているんでしょう? 私は、あなたとマリエル様との仲を邪魔する気はありません。ちゃんと結婚するんです。ただ——」
「ただ……なんなんだ……っ」
ラウレンツが息を呑んだ。
「お前……いえ、あなたを愛する事はない!」
私は、ラウレンツに人差し指を突きつけた。
◆◇◆
カラン
ドアについた鈴が鳴ってアルシェナが侍女と店を出て行った。
俺はアルシェナの侍女が俺の分の紅茶の料金も一緒に払うのを黙って見ていた。
『お前……いえ、あなたを愛する事はない!』
アルシェナに人差し指を突き付けられながら言われたセリフが飲み込めなかった。
愛する事がないとは……?
結婚して妻の義務も果たすというのに……。
『私は、あなたとマリエル様との仲を邪魔する気はありません』
アルシェナが言っていたが……、
「なんでマリエルが出て来たんだ……?」
俺は思わず疑問を声にだしてしまう。
「アルシェナだからな……」
店の奥にいた怪しい男が話しかけてきた。
……怪しいが……知っている男だった。
アルシェナの幼なじみのノエル・ディルクラン伯爵令息だった。
俺は紹介されたわけでもないのにこの男——ノエルのことをよく知っていた。
仕事で騎士団に定期的に顔を出すことも知っていたが、今日がその日だったのか。
「アルシェナのことを知りたければ、俺が教えてやる」
ノエルが近づいてくる。
俺は、親指を立てた後に手首を返して下に向けた。
「なんでだよ! ラウレンツ、教えてやるって言ってるだろう!?」
◇
私は王都で一番大きな公園に侍女と一緒に来ていた。
ラウレンツと婚約する前は毎週のように来ていたけど、ラウレンツと出掛けるようになって来る時間がなかったのだ。
公園に咲く花は季節が巡って変わってしまったけど、公園に併設された植物園の温室では一年中、同じ種類の花が咲いていた。
私はお気に入りの花のスケッチをするために温室に入って行く。
温室の中はとても暖かくて汗ばむくらいだった。
何人か人はいるけど賑わってはいない。
そんな数少ない客の中に、私と同じように花のスケッチをしている男性がいた。
以前からたまに見かける人だった。
私はスズランやスイセンのような落ち着いてスッキリした花を好んでスケッチしているけれど、その男性はバラやダリア、ラナンキュラスのような幾重にも花びらが重なり大輪の花を咲かせている華やかな花を好んでスケッチしていた。
よく会うのに決して交わることのない人だった。
——でも、
「久しぶりだね。最近、ここや宝石商でも見かけないから心配していたんだ」
はじめて声をかけられた。
「……予定が出来てずっとこれなかったんです」
私も知っている人のように話した。
公園で植物のスケッチをして、宝石商でも良く見かけるから、同じ趣味の人だと思った。
私の耳に自分でデザインして宝石商で作ってもらったスズランのイヤリングが揺れている。
彼の指にはバラと宝石が組み合わさった指輪があった。
「やっぱり、アクセサリーのデザインをしていたんですね」
「そうだ。僕は君を見かけなくなってから、宝石商で君の事を聞いたから、きみが作っているものも知っていたよ」
「そ、そうなの?」
宝石商に頼んで作ってもらって、取りに行っていないアクセサリーがいくつかあった。
趣味で作っているもので自分がデザインしたと人に見せるのは恥ずかしい。
「僕はルシェイン・ヴァルゼックだ」
「私はアルシェナ・ベルティスです」
お互いはじめて名前を知ったけど……ヴァルゼックって……公爵の?
よく見ると服装も質が良くて、スケッチの道具も最高級品だった。
ヴァルゼック公爵家の嫡男なら、第三王女様と婚約されたと噂で聞いたことがあった。
——気持ちが、スーッと冷めていく。
この人は私だけを見てくれる人じゃない。
いえ、そもそも私には、愛さないと宣言したとはいえ、ラウレンツという婚約者がいるから、この男性とも他の男性とも仲良くなりたいと思っていないけど!
婚約する前には運命的なものを感じていたから……ラウレンツと婚約する前から私の事だけを思ってくれる人じゃなかったのかと思うと複雑な気持ちになる。
誰とも争わずに、私だけを見てくれる人なんてこの世には存在しないのかもしれない。
——ならちょうど良いわ。
私には好きなことがあるんだから、それを極める時間がたっぷり出来たんだもの。
私は自分で描いた花のスケッチと、横に描いた、花のスケッチから思いついたアクセサリーのアイデアのスケッチを見た。
「あの素晴らしいアクセサリーはこういう風に作られるのか」
ルシェイン様が私のスケッチを見て言う。
宝石商に置いてある私のデザインしたアクセサリーの実物をルシェイン様は見ているから、その上で褒められて照れてしまう。
「ル、ルシェイン様のデザインのアクセサリーもきっと素敵だと思います。バラやダリアが華やかなのでしょうね」
ルシェイン様はにこりと笑う。
「これから宝石商に頼んでいたものを取りに行くんだ、君も来ないか? まだ、君も引き取ってない分があるだろう?」
「ああ、そうですね。是非、ご一緒させて下さい!」
私は広げていたスケッチの道具を急いで片付ける。
「それに、君に頼みたいことがあるんだ」
「え? なんですか?」
——それは思っても見ないことだった。
「僕は今度、第三王女と結婚するんだけど、結婚式に王女に付けてもらうアクセサリーを君に作って欲しいんだ」
……。
「え…………。そ、そそ、そんな大切な物を私が……!!?」
「君の作るモチーフは王女のイメージにピッタリなんだ。大切な物だからこそ君に引き受けて欲しい」
ルシェインがそこまで私の作るアクセサリーを気に入ってくれていたなんて……!
同じ趣味の人と知り合えることはないから、ずっと彼とは趣味仲間として話してみたいと思ってはいたけど……。
……想像以上に嬉しい……!
私は顔が赤くなるのを感じていた。
「引き受けてくれるかい?」
ルシェインの問いかけに、私は熱くなった頬に触れていた右手を差し出す。
「はい! 精一杯頑張ります!!」
ルシェインの右手が私の右手をがっちり掴む。
商談成立——!!
ルシェインと私は詳細を詰めるために宝石商へと歩き出した。
私だけを好きになってくれる人がいなくても、私のデザインしたアクセサリーを認めてくれる人はいる。
結婚したって私は一人で趣味に生きていきます。
ふと横に目を向けると、ラウレンツがいた。
マリエルもいる。
さっそく仲良くしていたらしい。
私は横のルシェインに気づかれないように、ラウレンツに向かって小さく親指を立ててそのまま親指を上に向け続けた。
ラウレンツは何故か青ざめた顔で私を見ていた。
◇
「なんでアルシェナが男と手をつないでるんだ……」
「つなぐって言うより『交渉成立!』って感じに握手してるように見えるが」
俺は、ノエルに連れられて、アルシェナがよく来るという公園に来ていた。
「花のスケッチからアクセサリーのデザインをするのがアルシェナの趣味なんだ。あの男にデザインを見られて、『俺の彼女にも作って』って依頼された感じの握手だけどな」
「じゃあ、彼女も一緒に来ればいいだけだろう。誤解されるようなことは避けるべきだ。妻としての役目を果たすからと言って、俺からも周りからも誤解されるようなことをしていたら意味がないだろう」
ノエルが呆れて言う。
「ただの幼なじみの俺に嫉妬したり、ラウレンツは嫉妬深いなぁ」
嫉妬深いなんて自分で思ったことも他人に言われたこともなかったが……アルシェナに会ってからは変わってしまった……。
「そうだ。だから、ノエル、お前もあの男もアルシェナの前から消えてもらう」
「俺はお前とアルシェナの仲を手伝ってやろうとしてるだろう……!」
俺が宣言した時に、後ろから声を掛けられた。
「ラウレンツ! 偶然ね」
マリエルがそこにいた。
……本当に偶然か。
俺が公園に来ることなんてほとんどないのに、マリエルがいる。
偶然だろうな……だが、
「悪いが君と話している暇はないんだ」
「どうして? ラウレンツ……って、あれはアルシェナ様だわ。男性と歩いてるなんて……!!」
マリエルが俺とノエルの視線の先にいたアルシェナに気づく。
マリエルの言い方はますます誤解を招く。
アルシェナは他の男と浮気してるわけじゃないのに、男といたからって大げさに吹聴している。
そうなるから、誤解を招く行動は避けるべきなんだが……。
——アルシェナがこっちを見た。
俺とマリエルが一緒にいるところを見られたら——誤解される!
アルシェナは一緒に歩いている男性に気づかれないように親指を立てた。
くるりと親指が下に向けられて怒りを現すかと思ったが、親指は上を向いたままだった。
“マリエル様とお幸せに!”
アルシェナの声が聞こえて来そうだった。
「俺やあの男より先に、消さなきゃいけない奴がいるんじゃないか……?」
ノエルが俺に言う。
それは分かってるが……マリエルは幼なじみだ。
アルシェナの前ではちゃんと区別は付けて、婚約者のアルシェナを優先していたのに……それでは足りなかったのか……。
アルシェナが見えなくなった公園の道を見ていた。
「行ってしまいましたね。アルシェナ様が他の男性といるんです、私たちも行きましょう、ラウレンツ。この近くにも評判のカフェがあるんですよ」
マリエルが笑う。
俺には、ニヤッと勝ち誇った笑みにも見えた。
「一人で行ってくれる、マリエル。そして、もう俺の前に現れるな」
「………………え?」
マリエルが固まっている。
「ノエル、アルシェナを追いかけるぞ!」
ノエルと俺はアルシェナの消えた道に向かった。
「ど、どうして? アルシェナは浮気してるのよ……!」
マリエルの声が背中を追ってくる。
俺は、アルシェナへの気持ちを一方的なものにしたくなかった。
妻の役割は果たされても、俺だけが愛してるだけだ。
俺も片想いは性に合わないんだ。
◆◇◆
アルシェナとはじめて顔を合わせた時に、顔を上げた彼女の耳で、キラッと耳飾りが揺れた。
婚約者とのはじめての顔合わせにしては地味なドレスを着ていると思ったけど、耳飾りを目立たせるためだったのか?
耳飾りの間の彼女の瞳から目が離せなくなった。
——あの耳飾りはアルシェナが自分でデザインしたものだったのか。
宝石商に入ったアルシェナと公園で会っていた男が、店の中で店員を交えて話をしている。
いくつかのアクセサリーが店の奥から持ち出されて話の中心に据えられた後で、アルシェナと男にそれぞれが渡される。
またアルシェナと男が握手すると、店を出て別々の方角に帰って行った。
「やっぱり商談って感じだったな」
ノエルが言いながら店の中に入ると、アルシェナと話していた店員に、「アルシェナの幼なじみだ」と言ってさっきの男と何を話していたかを聞き出そうとしていた。
「ただの幼なじみに教えることはできません」
と断られる。
ちゃんとした店だ。
「俺はアルシェナの婚約者の侯爵家の次男のラウレンツ・ヴェルグラントだが、彼女に宝石を贈りたいんだ。けれど、彼女は自分でデザインもするから店の物は贈れないんだ」
「ああ、そうですね。アルシェナ様のデザインされた物は素晴らしいですから!」
店員が食いついてきた。
「俺の名前は出さずに彼女に、贈り物として宝石をデザインしてもらいたいんだ。さっきの男性も宝石のデザインをアルシェナに依頼したなら、同じように頼めないか」
「さっきの男性——ヴァルゼック様はご自分でもデザインをされて当店でもアクセサリーを作っているんですが、主に男性物なので、婚約者に送られるものはアルシェナ様に依頼されたのですよ。その話を耳にして依頼された方がいるとアルシェナ様にはお願いしてみます」
店員は快く引き受けてくれた。
アルシェナと一緒にいた男はヴァルゼックというらしい。
第三王女の婚約者のルシェイン・ヴァルゼック公爵令息のことだろう。
「第三王女へのプレゼントのデザインを任せられるほどなのか、アルシェナは。幼なじみとして鼻が高いぜ」
「ただの幼なじみだろう。宝石商に何も教えてもらえなかったくせに」
俺はノエルに言うが、アルシェナの事を何も知らないのは俺の方だった。
「ルシェインも、婚約者がいるなら絶対にアルシェナに個人的な興味はないだろう」
「お前はそうだろうけど……」
アルシェナにとっても婚約者がいたら安心な相手なのかもしれないが……。
それより、俺の信用を回復しないとアルシェナに話も聞いてもらえない。
マリエルとは幼なじみだが、俺がマリエルを好きだったことはないし、アルシェナとノエルほどに親しくもない。
俺の方がずっと、君とノエルに嫉妬してるのに……!
◇
ノエルをはじめて意識したのは、アルシェナと初めて街で会う事になった日だった。
俺はアルシェナに会うのが楽しみで早く待ち合わせの場所に来てしまったと思った。
けど、広場の噴水の前で侍女に付き添われて日傘を差して待っているアルシェナがいた。
アルシェナも俺と同じ気持ちなのかと思うと嬉しかったが、声をかける前に別の男がアルシェナと話していた。
アルシェナはほとんど声を出さずに親指の動きだけで男を追い払おうとしていた。
アルシェナは男を拒絶しているのに、仲の良さそうな様子に俺は胸が締め付けられた。
後から、その男がアルシェナの幼なじみのノエルだと知り、ノエルには別の婚約者がいることも知ったけど、二人の過ごしてきた時間には入り込めない気がした。
同じ日に偶然に出会った俺の幼なじみのマリエルとは違う——。
マリエルとは家が近く母親同士が親友だから家によく出入りしていた。
俺とマリエルは同じ年だったが、兄と俺とどちらとも同じくらいの仲の良さで、どちらと特に仲がいいわけでもなかった。
特にマリエルと仲がいいのは、俺たちの妹だった。
ただ、マリエルは兄が結婚するまでは兄のことを追いかけていたと思う。
今は結婚して同じ家に住んでいる義姉がマリエルのことを気にしているのは知っているが、マリエルの興味が俺に移ったことでなんとか耐えているようだった。
俺は兄が結婚してから、マリエルに話しかけられることが多くなったとは思っていたが……デートにまで毎回着いてくるほどだとは思っていなかった。
最初のデートの時は浮かれて、マリエルにも婚約者とどこに行くか話したと思うが、その後は話していない。
兄や義姉には、次の週末にアルシェナとどこに行くか話たが、それをマリエルに聞かれていたのか……。
◇
アルシェナを公園で見かけて宝石商まで行った日に侯爵家に着くと、マリエルがいた。
「お邪魔してるわ、ラウレンツ」
「ラウレンツお兄様、おかえりなさい」
『もう俺の前に現れるな』
そう言ったはずだが、俺だけの幼なじみじゃないから家には来るだろう。
俺は顔を引きつらせてマリエルを見たが、マリエルはニヤリと笑うだけだった。
どんなに俺に付きまとわれても、アルシェナとの結婚は家同士のことで領民の生活もかかっているから取りやめることはないのだが……。
『あなたを愛する事はない!』
アルシェナは結婚するけど、マリエルがいる限り愛さないと言ってるんだから、結婚できるからいいと言うわけじゃない。
もし、今、マリエルに会いたくないのなら、騎士団の寮には俺の部屋もあるから行けばいい。
だけどそれで、アルシェナの誤解を解くことは出来ない。
マリエルの完全排除が必要だった。
◇
俺は、義姉を訪ねた。
「ラウレンツ、どうしたの? 疲れた顔をしているけど……」
義姉のマグノリアが優しく声をかけてくれる。
「それが、マリエルのことで……」
“マリエル”その名前を出しただけで、マグノリアが憤怒の表情に変わる。
……どれだけストレスを溜めていたのか。
こうならないためにも最初から距離を置くアルシェナは賢いのかもしれない。
「マリエルがどうかしたの?」
「マリエルに縁談を勧めてこの家から遠ざけたいです。いい方法はありませんか?」
「マリエルをロクでもない男と結婚させて辺境送りにする方法ね」
そうは言ってないが。
「……ラウレンツも旦那様に似てきたわね」
「兄さんに?」
顔は似てるが比べられると地味と言われることが多いけど。
「旦那様が私の事だけを見てくれるから、マリエルの露骨な嫌がらせも耐えられたのよ」
義姉がにこりと笑う。
俺はアルシェナが同じように俺に笑いかけてくれる所を想像していた。
◆◇◆
ルシェインの依頼のデザインが出来たので宝石商に打ち合わせに行くと、新しく別に私に依頼があったと言う。
「……私の好きなものを作っていいんですか?」
「はい、婚約者にプレゼントをするのに最高の物を作って欲しいそうです」
ふわんっと、
私の頭の中で思い浮かぶ物がすでにあった。
自分のためのアクセサリーを作るのに使いたかった宝石——サファイアがあったけど、私のお小遣いでは手が届かなかった。
自分のためにいつか作れる日を待っていたら、あのサファイアはきっと売れてしまう。
他人のものになっても、あのサファイアのためにデザインさせてもらえるだけで嬉しい!
私はワクワクした気持ちで宝石商を後にする。
——実はここに来るまでの間に少し落ち込んでいた。
ルシェインからの依頼のデザイン画を描いてしまうと、張り詰めていた気持ちが緩んで、ラウレンツのことが気になり出してしまう。
あの日、公園でラウレンツがマリエルといるのを見て、私の思い通りになっているんだけど……二人を思い浮かべると、イライラする。
私の幼なじみのノエルと、婚約者のシエナを思い浮かべると幸せそうで……幸せそうなシエナに付けて欲しいアクセサリーのイメージが浮かぶ。
ルシェインと第三王女の時も、今度の見知らぬ依頼者と婚約者でも、幸せそうなイメージが浮かぶけど……ラウレンツとマリエルは……。
あんまり幸せそうに見えない。
——それは、私がラウレンツの気持ちを都合よく解釈しすぎているからかもしれない。
私はスケッチブックを開くと、庭園の花をスケッチしていた。
今は、新しい依頼があったんだから、そっちに集中しよう。
宝石商に預けたデザイン画もどうなるか分からない。
公園にルシェインは今日はいないけど、宝石商に預けたデザイン画は時間のある時に見てくれるから、手直しするか、そのままで気に入ってくれるか。
気に入ってくれたら、宝石商でアクセサリーに仕上げてくれる。
どんな風に出来上がるか楽しみだった。
「ラウレンツ、庭園なんて好きだったの?」
そんな風に気持ちを切り替えていたのに、知っている声が聞こえて来た……。
「ラウレンツ……」
ラウレンツがバツが悪そうに私を見ていた。
隣には勝ち誇ったように私を見下すマリエルがいた。
ピキッ
スケッチをしていた鉛筆がスケッチブックの上で折れる。
でも、これは私が望んだことで……ラウレンツとマリエルが仲良くしてくれるなら何よりで……。
グッ
私はラウレンツに親指を突き立てた。
ラウレンツの顔が引きつる。
そして、私は親指を下に向けた。
……分からない……なんで指が下に向いたのか。
風が強く吹いていたから? ……でも、ここは温室で風なんてほとんど吹いてない。
私が、自分の意思に反してひっくり返ってしまった親指を見ていると、ラウレンツがにこりと笑う顔が視界の隅に映った。
——なんで、笑うのよ……。
◇
義姉にマリエルのことを相談したのはいいが、マリエルの相手選びが難航していた。
「もっとロクでもない男はいないの!? みんなマリエルには勿体なさすぎるわ」
「俺の知り合いにロクでもない男なんていない」
兄の知り合いは品行方正で将来有望な男たちばかりだった。
「ラウレンツもいないの?」
「辺境に領地がある友人が騎士団にはいますが……数年は辺境で辛いかもしれませんが将来は有望な奴ですよ」
「……マリエルにはちょっと贅沢ね……。品行方正な優秀な兄弟っていうのも困るわね」
そんなことで困られるとは思っていなかったが……アルシェナに困らされているのも似たようなものか。
義姉に文句を言われつつも、兄は幸せそうだった。
——しかし、このまま義姉のお眼鏡に適うロクでもない男が見つかるまで待っているわけにはいかなかった。
そして、俺には心当たりがあった——。
俺は、マリエルを連れて公園を訪れた。
あの人が会えたらいいと思ったが、こんなところをアルシェナに見られたら困るとも思った。
けど、アルシェナは、俺とマリエルに“お幸せに!”と親指立てたんだ。
もう一度、マリエルと一緒のところを見られるくらいは大丈夫だろう。
——そして、やっぱりアルシェナに会ってしまう。
アルシェナは、俺の方ににこりと笑いかけて、親指を立てて突き出した。
また、“お幸せに!”か……けれど。
グッとアルシェナの親指が下を向いた。
俺はアルシェナを見た。
にこりとした笑顔が歪んでいた——。
あのはじめて待ち合わせした日に、ノエルに向けていたあの指先が俺にも向いていた。
アルシェナとノエルの絆を、羨ましいと思っていたんだ。
俺は胸が温かくなって……にこりと微笑んでいた。
アルシェナが、俺の表情の意味がわからずに、軽くむくれていた——。
「アルシェナ! デザイン画を見せてもらったよ!」
そこに、俺の会いたかった人が来る——。
「ルシェイン・ヴァルゼック公爵子息」
アルシェナに笑いながら駆け寄るルシェインの名前を小さくつぶやくと、ビクッとマリエルの肩が揺れた。
「……公爵……子息……」
マリエルが小さくつぶやいた声が聞こえた。
◇
「アルシェナのアクセサリーのデザイン画を宝石商で見て、公園の温室にいるかもしれないと思って急いで来たんだ!」
ルシェイの息が上がっている。
「素晴らしい! あれなら第三王女も気に入ってくれる。何より僕が気に入ったよ!」
「本当ですか!」
私は飛び上がるほどに嬉しかった。
依頼されて作ったものをこんなに喜んで貰えるなんて……!
ラウレンツとマリエルがそばにいるのも忘れて、ルシェインを見つめる。
ルシェインの青い瞳が揺れて私を見つめていた。
ドキッと胸が高鳴る……これは、私のデザインを喜んでくれて……。
ガシッと、ルシェインが私の両手を握る。
「ずっと前から思っていたんだ……君は僕のことが好きだろう? だから、こんな素晴らしいデザインを描いてくれたんだね?」
「はい?」
あなたの婚約者の第三王女のために描いたものだけど……?
「待ってください!」
横から声が聞こえる。
「そのアルシェナは、このラウレンツの婚約者で、二人は深く愛し合ってるんです」
マリエルがラウレンツを指出しながら引っ張って来て、私とルシェインの真横に来た。
ラウレンツは、マリエルによって私の後ろの身体が触れそうな距離に連れてこられる。
「でも、私は婚約者なんていませんから!」
にこりとマリエルがルシェインに笑いかけている。
はじめて見た時と同じ華やかな衣装で、最高の笑顔だった。
「は? 誰だ、君は?」
ルシェインがマリエルに言う。
「マリエル・ファルシオン子爵令嬢です!!」
マリエルがここぞとばかりに、また最高の笑顔で媚を作る。
「聞いたこともない名前だ……僕は、なんの才能もなく、着飾ることしか脳がないバカな女は嫌いなんだ」
ルシェインがマリエルに言い放つが、マリエルは引き下がらない。
「なんの才能もないかは、付き合ってから決めてください!」
マリエルは全然引き下がらない。
「うるさい! 僕はアルシェナと話しているんだ」
ルシェインが私に向き直る。
「アルシェナ、君が僕を好きなのは分かっている。第三王女と結婚しても、君のことも愛している。僕の愛人になってくれ!」
「嫌です。あなたなんて嫌いです」
私は中指を立てて即答する。
「とう!」
その時、ルシェインの身体が横に飛んだ。
代わりに、フードを被った女性が同じ場所に立っていた。
そして、私を見る。
「あなたが、アルシェナ・ベルティス? なかなかやるわね。ルシェインの誘いに乗るかと思ったわ。同じ趣味を持ってる男なんて貴重じゃない」
「趣味と恋愛は別です。愛人を簡単に作るような人は絶対に嫌です」
フードの女性は笑う。
「それでも才能は本物だから、私の婚約者に人格はいらないの」
そう言って自分で蹴り飛ばしたルシェインを立たせる。
やっぱり、彼女は第三王女だ。
そして、第三王女はマリエルを見る。
「私の大事な婚約者に手を出そうなんていい度胸ね」
「……っ!」
第三王女に睨まれてマリエルが青くなる。
ふっと、また笑うと第三王女はルシェインを連れて去っていく。
「「……」」
私は後ろにいたラウレンツと顔を見合わせてしまった。
人格がいらないって……ルシェインが可哀想な気がするけど……それも愛?
……にしても……ルシェインが私にアクセサリーのデザインを頼んだり褒めてくれたのって……愛人にするため?
せっかく嬉しかったのに……落ち込んでしまうわ……。
「結婚式のアクセサリーをありがとう! あなたも才能があるから大好きよ!」
遠くから第三王女に叫ばれた。
「あ……ラウレンツ……」
マリエルがラウレンツを弱々しく見る。
「悪いけど、俺が深く愛してるのはアルシェナなんだ」
ラウレンツがハッキリとマリエルに言う。
「君も、俺たち二人は深く愛し合ってるって言っただろう」
ラウレンツがマリエルに言うけど……。
「……」
私は首を傾げた……。
ラウレンツが不安そうになって私を見る。
「俺は、君を愛している。君を一生愛させて欲しい」
真剣な目でラウレンツが私を見た。
ドキッと私の胸が高鳴る。
——これはもう片思いじゃないから。
「お前を愛する事にします」
私はホッとしてやっと本音が言えた。
◆◇◆
「マグノリア様! お願いします! ラウレンツの騎士団の方と会わせてください!」
マリエルが義姉に土下座する勢いで頼んでいた。
マリエルは、第三王女の前でルシェインに手を出そうとしたことで第三王女に目をつけられてしまったらしい。
特に何かあるわけではないけれど、夜会や茶会にいづらいらしい。
ルシェインは俺が、思った通りロクな男じゃなかったから、マリエルと会わせたら付き合うようになって第三王女の不敬を買って辺境にでも二人で飛ばされないかと思ったが……第三王女が予想外だった。
ルシェインがアルシェナを愛人にしようとしたことは許せないが、第三王女に才能を見込まれていることが、ルシェインの最大の不幸かもしれない
人格がいらないと言われてたし……。
そして、マリエルを遠くにやらなくてもアルシェナと思いが通じ合ったし、辺境に行ってもらわなくても俺はいいんだが……。
「お願いします〜! 私を辺境に行かせてください〜!」
マリエルが行きたがって、俺を見る。
俺は別に騎士団の奴を紹介してもいいんだが、
『ダメよ! 紹介された方が可哀想。私がマリエルの性根が治ったと認めるまで許可できません』
と、何故か義姉が許してくれない。
「頑張れ、マリエル!」
マリエルと幼なじみで一番仲のいい妹も応援してるし……ほっとくか。
◇
「え!? 第三王女が武闘を披露されたんですか!? ここで!?」
ノエルの婚約者のシエナが驚いている。
ここは第三王女がルシェインを、『とう!』と蹴り飛ばした公園だった。
「私、第三王女が演劇仕立てで武闘を披露されるお誕生日パーティーには昔から一度は行ってみたいと思っているんです」
俺も子供の頃に招待されて見たことがある。
「私が結婚式のアクセサリーを作ったので、結婚披露パーティーの招待状があります」
アルシェナがノエルとシエナに言う。
「わあ!」
「さすが俺の幼なじみ!」
いちいち幼なじみって言う必要ないだろう。
「第三王女様の演劇のアクセサリーも依頼されたんですけど」
「すごいじゃないか!」
「……ルシェインも作るらしいんです」
「浮気者の第三王女の婚約者の?」
「……負けるわけにはいかないと思ってます!」
アルシェナが力いっぱいに言う。
……そこは、争うのか……。
「じゃあ、また」
俺とアルシェナは、ノエルとシエナと別れた。
「行きましょう、ラウレンツ様!」
アルシェナが俺に微笑む。
ただの幼なじみと、アクセサリー作りのライバル……この二人よりも、俺の方がアルシェナの近くにいる。
でも……アルシェナを独占したいと言う気持ちになってる。
やっぱり俺は嫉妬深いんだろうか……。
「……? ラウレンツ様?」
アルシェナが俺を見て不思議そうに首を傾げた。
◇
ノエルとシエナ別れた後に、私はラウレンツと宝石商に向かった。
「依頼されてお気に入りの宝石で作らせてもらったネックレスが完成してるので、依頼人に渡す前に見せていただきます」
ラウレンツに説明して、店員さんに完成したアクセサリーを見せてもらう。
大きなサファイアを中心に、小さな花をあしらって可愛らしいデザインにして貰いました。
依頼人には気に入ってもらえるか分かりませんが、私はとっても気に入りました。
「……可愛いのに品があって……アルシェナに似合いそうだ……」
ラウレンツがつぶやく。
「これが、私のアクセサリーの最高傑作です……!」
私は、にこりと笑って答えた。
他の人のものになってしまうのは残念ですが……。
「では、お包みしますか?」
「いや、アルシェナにつけてもらうよ」
店員さんとラウレンツが話してる。
「……え……」
ラウレンツが私にネックレスをつけてくれる。
「お似合いです!」
お店の人たちが言ってくれるけど……。
「え、ラウレンツが依頼人だったの!?」
アクセサリーどころではなくなってしまう。
「アルシェナの一番好きなものはなんでも俺が贈りたいんだ」
「…………!」
ラウレンツに真っ直ぐ見つめられて、胸が高鳴る。
ラウレンツは……地味だと思っていたけど……。
ラウレンツのお父様やお兄様よりも、ずっと輝いて見える。
私は、ラウレンツの輝きに、捉えられて、逃げられそうにありません。




