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後編


ぼんやり川底を見ていたら

みっしりと黒いものが、段々と輪郭を伴って見えてくる


「何みてるの、カナメ?」

「……鯉だ」



淀んだ色の川を、鯉が埋めつくしている


「あの小さな魚、ぜんぶ鯉の稚魚かな?すごい!」

「この川で養殖してるんだろうね、大人って賢いから」



皮肉の積もりで言ったけど、ニコンには聞こえてなさそう

フェンスから身を乗りだし、カメラを川底へ向けている


「大きな鯉もいるなあ、あれが親なのかな?」

「どうだろうね」



不浄な川で、まともに繁殖できるのは鯉くらいなのだろう

コンクリの護岸に穿(うが)たれた排水口から、濁った流水が注いでる


人工の流れ、人工の廃棄物

そこで生きてる姿を、自然のものだと呼べるんだろうか


何を見ればいいんだろうか

何を楽しめばいいんだろうか


「……こんなの撮って、楽しい?」



ニコンは答えない。

撮影に集中してるみたいだ



__________________________




歩き出す

川を埋めつくす鯉なんて、眺めていても仕方ない


フェンス沿いに、桜並木の下を歩く

やがて、景色は途切れる



その先は、ただの小道

家が立ち並ぶ区画も終わり

土くれと、停止した重機がある。造成地だ


世界を壊して作り変える

ここは、その境界なんだろう



「カナメ~、歩くのが速いよ」


「桜は、ここで終わりみたい」

「うん、ひと休みしてから戻ろっか」



乾いた土を踏んで

歩いてきた方向を見ている


ニコンは上着のポケットから

小ぶりなペットボトルを出して、喉を潤してる


「この紅茶、いい香りがするんだよ、期間限定だってさ」

「そう」


「カナメも飲んでみなよ」

「いらない」



ニコンの背後には桜の木々

行き交う人々 当たり前のような光景


一羽の鳥が飛んでくる

ヒヨドリとは違う、黒い羽根

それは頭上を飛び越していく


「あっ、カナメだよ」

(からす)でしょ」


「服の色がそっくりだよ、あと顔付きも」

「あんなのと一緒にしないで」



ニコンの事をヒヨドリだと言ったから

お返しにカラス呼ばわりしてるんだろう


振り返ると、カラスは黒羽をふるわせ木に留まった

そこに巣をかけてるんだ


立ち枯れたような、高い木

住宅が途切れた空地に、1本だけ取り残された木


その天辺(てっぺん)あたりに、カラスはいる。


「撮らないと」

「ニコン、カラスまで撮影するの?」



カメラを顔に当てて、見上げる格好になってる。

真剣そうな表情は、なかばカメラのシルエットで隠れてる


……不浄の鳥を撮って、何が楽しいんだろう

ゴミを漁り、人に嫌われる黒い鳥


よく見れば

その巣は、人工物で出来ていた


ハンガーだろうか

針金やプラスチックを捻じ曲げ、絡み合わせて出来ていた


近所の家々から盗んできたんだろう

判りやすい悪者だ。



ほどなく、この木も切り倒されるだろう

ここは野生が許される場所じゃない


この景色も、滅ぼされるだろう

出来の悪い人工物で、塗り替えられるだろう


「もう行こうよ、ニコン」

「……」


「楽しくないでしょ、こんな景色」

「楽しくないけど、撮らないと」


「写真部だから?」

「そうじゃないよ」



桜咲く木々、せっせと飛びかうヒヨドリの姿

そんな写真を撮るのは、なんとなく理解できる


でも、いまニコンが見ているのは

ファインダー越しに凝視してるのは、綺麗なものじゃない


「よく判らないんだけどさ、すごく気になるんだよ」

「カラスが気になる?」


「うん、見てたら悲しい気がした」

「悲しい……?」



感情で捉えるんだろうか

聞いてみても、理解できない


ニコンはシャッターを切る

見逃さないように、何枚も、何枚も


「楽しい時は楽しいって言いたい、悲しい時は悲しいって言いたい」



その言葉を聞いて、少し驚いた


ニコンは、同じものを見ている

見て、何かを感じ取っている


綺麗な事ばかりじゃない

この世界の歪んだ何かを、見て感じている

同じものを観察してるんだ


でも、少し可笑(おか)しくなった


ニコンは思ったことを、言いたいんだ

何かするたび 大声を出したいんだ

やっぱりニコンは、ニコンだ


「よ~し撮れた、帰ろうよカナメ!」



_____________________________




桜の下の帰り道

ヒヨドリはあい変らず、ぴ~ぴ~鳴いている


「見てよカナメ、足元がサクラの絨毯だよ!」

「もう花びらが散ってるのか」


「これ、ヒヨドリがついばんだからだよ」

「……ああ、花の形がそのままだね」

「きっと甘いご馳走なんだろうね!」



ニコンはもう上機嫌に戻ってる

桜で色づいた小路を、大股で進んでいく


午後の日差しで縁どられた後ろ姿

それがほんの少し、眩しく見える


もしもカメラを手にしたら

撮ってみたい被写体は、たぶん決まってる


「ねえ、間ヶ瀬」

「何?」



名前を呼んだら、ニコンは驚いてる

振り返ってこっちを見てる


「カメラ貸してよ、1枚だけ撮ってみたい」

「いいけど、どこを撮るの?」


「間ヶ瀬の写真」

「えっ」



小さく口を開いてる。

戸惑ってるみたいだ


暫く迷ってから、ニコンは首からカメラを持ち上げる

伏し目がちになって、こっちに渡してくる


初めて見る表情だ

この表情を、撮ってみたい。


なんだか今日、ニコンを見る目が変わってしまった気がする


「いいの?」

「……いいよ」



カメラを持った両手の指に、両手を添えていく

なぜか時間が止まったように思える


かけがえのない瞬間に思える

指が触れ合う


「そうだ!」



ニコンはいきなり大声を出した。


「ど、どうしたの」

「もっといいのを撮ろうよ」


「何の写真」

「ふたり一緒のツーショット……だよ!」



受け取りかかったカメラを、ニコンは引っ込める。

そのまま離れていく。


「すみませーん!」



通りがかりの大人に、声をかけてる。

頑丈そうなカメラを見せて、シャッターボタンを教えてる。


それからこっちにパタパタと戻ってくる。

2人で並んだ構図を作る。


肩をぶつけるように、隣りで立ってる。

髪の香りが、春風にのって鼻をくすぐる。


じゃあ撮りますよ、と声をかけられ、そっちを向く。

たぶん、情けない表情で写ってしまった。



_____________________________




鳥の声、桜の絨毯。

ニコンは目を輝かせて、隣りを歩いている。


この景色が好きになったわけじゃない

でも、出掛ける前よりも少しだけ、景色の彩度が上がった気もする。


「帰ったらすぐ現像してもらおうっと。いい画が撮れたかな~」


「明日はどうする?」

「あした?まだ決めてないよ」



ニコンの行動は、気まぐれかもしれない。

でも何処へ行こうとも、カメラは手離さない。

写真撮影に夢中だ。


「明日も一緒に散策しようよ」

「へえ、今日は散策だったのか」


「そうだよ?ねえねえ、たまにはカナメが行き先を決めてよ!」

「急に言われても、何にも思いつかないよ」



いつもニコンに引っぱり出されて、出掛けてた。

改めて行き先を考えてみると……全くアイデアが浮かばない。


悩んでると、ニコンが前に回って、笑いかけてくる。


「……ばかにしてるでしょ」

「してないよ!じ~っくり悩んだらいいよ!」



そわそわとした気分になる。

何かを無くしたような、それでも立ち止まれないような。


たぶん、季節が悪いんだ。

春風のせいだ。



どうせ春休みが終わったら、忙しくなるんだし

それまでに、もう少しだけ、歩いてみたくなった


ニコンと一緒に、どこかを。


読んで下さり、本当に有難うございます。


ほんの小さな構図を切り取ってみました。

短編ですが、どこか気に入った所があったら、お気軽にコメント頂けたら嬉しいです


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