前編
この季節、三寒四温っていうんだっけ。
肌寒くて、毛布にくるまってると幾らでも眠れる
な~んにも考えず、こうしていたい。
どうせ春休みが終わったら、忙しくなるんだし
……せっかく心地よく横たわってるのに、気配がする
トットットッと階段を駆けあがる音
足音だけで、誰が来たのか判る。
ドアを開けると同時に、ニコンが大声でさえずる
「おはよ~カナメ!まだ寝てるの?」
「うん、寝てる」
ニコンはすぐ近寄ってくる。
毛布の上から背中をポンポン叩いてくる
「じゃあ起きよう、いい天気だし桜が満開だよ!」
「寝てるって言ってるんだ、眠いんだ」
「ふ~ん、じゃあ2分くらい待ってあげるよ」
そう言って部屋を出ていく、階段を降りていく。
「おばさん、トイレ借りまーす!」
……何をする時も、いちいち大声を出す。
ニコンって、そんな習性の持ち主。
仕方ないから起き上がる
着替えないからすぐ出れる
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間ヶ瀬、それがニコンの名字。
活発で、何にも悩んでないタイプ。
なんで家に押しかけてくるのか、よく判らない
遊び相手なんて、他にもいるだろうに
ニコンは、すぐ隣りを歩いてる
首から、一眼レフのカメラをぶら下げてる。
「ニコン、いつ見ても大きいカメラだな」
「これ、いい写真が撮れるんだよ!あとさ」
「なーに?」
「ニコンって呼ばないでよ!」
「だってカメラに、名前が書いてあるじゃないか」
「これ名前じゃないから!本名じゃないから!」
ニコンは写真部員だ。物好きだ。
口をとんがらせて抗議してる。変なやつだ。
「カナメ、ちょっとコンビニ寄ってから、川っぺりに行くよ」
「……好きにすれば」
ここは不便な場所だ
コンビニまでけっこう歩くし、途中に砂利道もある
つまらない住宅地
家々の間には、電線が何本も何本も
雑多に空を区切ってる
都会とはほど遠いし
綺麗な観光地でもない
この中途半端な景色に囲まれて、ずっと暮らしてる
狭いコンビニの店内
カフェラテもチョコバーも値上がりしてる
去年なら幾らで買えたっけ、もう忘れた
ニコンは楽しそうに品物を手にしてる
スニーカー履きの足で、颯爽とレジに向かってる
「これくださーい!」
また大声を出してる。
周囲にどう思われようが、気にしてないんだ
店を出ると春風は
人を急かすように頬へ吹きつけ
隣りのやかましい案内人は
飲み物を口にしつつ大股で進む
冷ややかな外気、真昼の陽光
喉を通る甘い熱気、落ち着きのない散歩
ニコンはひょいと振り返り、こっちに視線を向けている
「それ美味しそうだね、ちょっと飲ませて」
「やだよ」
……カフェラテをひと口すすって、満足げな笑顔になってる
平気で接近してくるし、平気で飲み食いを共有する
風にまぎれて、肌の匂いまで伝わる近さ
上着のインナーは薄手のシャツのみ。
胸元ではカメラが揺れている
「ニコン、そんな格好で寒くないの?」
「ぜ~んぜん平気。逆にカナメのほうがおかしいよ」
「おかしくないよ」
「そのだぶっとしたスウェット、まっ黒でカラスみたいだよ」
「カラスとは何だよ」
「変だけど、カナメらしいよね」
笑う案内人に連れられて、川沿いの道まで進んだ
「ほらほら、見えてきたよ!」
桜並木。
道路脇のフェンスに沿って、花の小路になっている
言ってた通り、ちょうど満開らしい
数羽の鳥が、桜の枝から枝へ移動してる
その鳥の鳴き声が妙に、気になる
ニコンが見当たらない。
振り向くと、立ち止まってカメラを構えてた
さっそく桜を撮ったんだろう
カメラを手離さず、近寄ってくる
「ヒヨドリが集まってるな、連写モードにしないと」
「……鳴いてる鳥のこと?」
「そうだよ、可愛らしいよね!」
可愛いなんて思わない。
ヒヨドリの飛び方は、なんとなく不格好
空中で少しだけ、羽ばたきをサボってる
落ちそうになると再び羽ばたく
飛ぶ姿を、ニコンはカメラレンズで捉えてる
しきりにシャッターを切る
枝に止まると、桜の花で姿が隠れる
でも居場所はすぐ判る
ぴ~と鳴いて、花をついばんでる
それからまた鳴いて、枝を離れる
ひとつ動作をする度に、ぴ~と鳴く
……この鳥たち、何だか似てる気がする
「ヒヨドリって、ニコンに似てるよ」
「え、なんで?」
カメラをちょっと下ろし、ニコンは意外そうな顔になってる
「何かする時、常にピーピー言ってるし、そっくりだよ」
「そっくりじゃないよ!」
唇を突き出して否定してる、ぴ~と鳴いてる顔だ
やっぱりニコンはヒヨドリの仲間だ、いま確信を持った
「おっと、そんな場合じゃないよ、もっと撮影しないと」
「熱心だな、ニコンって」
「桜の見頃なんて何日もないからね、今しかないんだ」
桜咲く木々とヒヨドリを撮る、ヒヨドリみたいなニコン
せわしない春の光景
老人やコドモ
陽気と花に誘われたのか、散歩する人も目立つ
行き交う誰もが 何かを楽しんでいて
ニコンは夢中で 目的を持っていて
自分だけが所在なく ここに立っている
……まるで異邦人のような気分
不自然な色で塗られたフェンス
コンクリートで護岸された川 住宅地だらけの景色
道路側の枝を切断された 桜の並木
見下ろせば川は淀み 棄てられた自転車が朽ちている
こんな景色をどうして楽しめるのか
判らない
ただ判るのは、この世界のこと
ここは綺麗な世界じゃない




