episode23
――ピピ、ピピ、ピピ……。
無機質な電子音が、遠くの方で鳴り響いていた。
全身を、重機で押し潰されたような鈍い痛みが支配している。指先ひとつ動かそうとするだけで、神経に電流が走るような激痛。
「……っ」
薄目を開けると、白く殺風景な天井が視界に入った。
鼻を突く消毒液の匂い。合宿所の医務室だろうか。
> [ 警告:肉体負荷が臨界点を突破しました ]
> [ 現在、強制回復シークエンスを実行中。活動再開まで残り4時間 ]
>
目の前に浮かび上がる青いモニター。それを見て、ようやく自分がステージの最後で意識を失ったことを思い出した。
30歳の精神をもってしても、あの「限界突破」の反動は耐え難い。
「……あ。目が覚めた?」
ベッドの脇から、聞き覚えのある声がした。
見ると、そこにはパイプ椅子に座って、自分の膝の上でうつらうつらしていたサエがいた。
「サエ……? なんでここに」
「お姉さんが倒れたから、みんなパニック。……ラン様は不機嫌そうに『自己管理不足よ』って捨て台詞吐いてたし、アカリちゃんはカメラの前で泣き真似してた。……マコちゃんは今、お姉さんのために神社にお守り買いに行ってるよ。夜中なのに」
「あはは……マコらしいわね」
掠れた声で笑う。全身はボロボロだが、心はどこか晴れやかだった。
あのステージ。あの三人にしか出せなかった、狂気と絶望。それは間違いなく、観客の心に深い爪痕を残したはずだ。
「お姉さん、すごかったよ。……あの時の歌、私の喉が震えた。……『バグを愛して』ってやつ。今、ネットですごいことになってる」
サエが差し出してきたスマホの画面。
そこには、想像を絶する光景が広がっていた。
> [ コンセプト評価:最終結果発表 ]
> [ 1位:『ディストピア・ロマンス』チーム(ミオ、ラン、アカリ) ]
> [ 獲得票数:3,405,000票 ―― 番組史上最高記録 ]
>
「……三位一体の破壊力ね」
しかし、私の目に飛び込んできたのはチームの勝利だけではなかった。
システム画面が、さらに詳細な『個人ランキング』を弾き出したのだ。
> [ 第2回順位発表式:暫定順位 ]
> [ 第1位:神崎 ミオ(↑) ]
> [ 2位:白鳥 ラン(↓) ]
> [ 3位:夢乃 アカリ(ー) ]
>
「……えっ」
思わず、体が跳ねた。激痛が走るが、それどころではない。
あの絶対的女王、白鳥ランを抜いて、私が1位?
> [ 特記:『インターネット・ウィルス』現象 ]
> [ 解析:ユーザーの放った『バグ(異物感)』が、完璧なアイドル像に疲れ切った現代人の共感層に爆発的に拡散。 ]
> [ 「頑張らなくていい」「歪んだままでいい」という、怠惰でリアルな死生観が、新たなカリスマ性を形成しています ]
>
SNSのタイムラインは、もはやお祭り騒ぎだった。
@subcal_girl
『ミオ様のあの絶望した顔、完全に「NULL」って感じ。インターネットのウィルスみたいに、一度感染したらもう戻れない。完璧なランちゃんより、壊れかけのミオ様が愛おしい』
@saori_oshikatsu
『1位おめでとう!!!!! 時代が変わった。キラキラした嘘の時代が終わって、ミオ様っていう「本物の毒」が世界を支配し始めた。全財産、このバグに捧げます』
「……『NULL』?」
その名前に、私は既視感を覚えた。
それは、私が前世で密かに憧れていた、ある「ネット上の概念」に似ていた。
完璧なアイドルを演じるのではなく、自らの弱さや、怠惰さ、そして「バグ」そのものを魅力に変えてしまう、究極の個人主義。
30歳の私が、就職活動や将来への不安に押し潰されそうになっていた時に、どこかで求めていた「救い」の形。それが、17歳の今の私のパフォーマンスを通して、何百万人の心に伝播(感染)したのだ。
「……お姉さん、これ」
サエが、一枚のメモを差し出してきた。
そこには、乱暴な字でこう書かれていた。
『次は、逃げも隠れもしない。真っ向から、あなたのその「毒」を殺してあげる。
それまで、絶対に落ちないで。
――白鳥ラン』
「……宣戦布告ね」
私は、痛む体に鞭打って、ゆっくりとベッドの上で体を起こした。
システムの警告灯はまだ赤く点滅している。でも、心臓の鼓動は今までで一番強く、そして熱い。
1位。追われる立場。
そして、次はいよいよ最終決戦――『デビューメンバー選抜、最終ステージ』。
「サエ。……私、もう一度、あの頂上の椅子に座りに行くわ」
「うん。……私も、お姉さんの隣まで、歌って登るよ」
医務室の窓から差し込む、黎明の光。
それは、偽りの天使たちが堕ち、一人の「バグ」が世界の理を書き換える、新たな時代の夜明けだった。




