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『リスタート・センター:30歳の私が、謎のモニターと共に頂点を目指すまで』  作者: 真白しろ


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22/22

episode22

♪〜

腹の底に響くような、重く歪んだベース音が会場を揺らした。

真っ赤なレーザーと、漆黒の影が交差するステージ。客席のサイリウムの波が、息を呑んで動きを止める。

『ディストピア・ロマンス』。

最初のAメロ。フォーメーションの最前列に躍り出たのは、アカリだった。

彼女は、カメラが自分を抜いたその瞬間、いつもの「守ってあげたくなるような」愛らしい笑顔を浮かべた。

客席から「アカリちゃん!」と歓声が上がる。

しかし、次のフレーズへ移る一拍の隙。彼女は首をコトリと右に傾け――顔の半分を影に落としながら、口角だけを異常なまでに引き上げた。

瞳のハイライトが消え、底なし沼のような真っ黒な執念が覗く。

「私だけを見ろ」という、剥き出しの自己顕示欲と、狂気。

「――っ!?」

「え、何今の顔……っ、こわ……きゃあああっ!」

客席から、アイドルのステージではあり得ない『悲鳴』に近い歓声が上がった。

審査員席の鮫島プロデューサーが、信じられないものを見るように目を見開く。あの『計算された嘘』しか見せなかった夢乃アカリが、完全にリミッターを外し、自らの内面にあるドロドロとしたエゴを観客に叩きつけたのだ。

「いい顔するじゃない……!」

私は後ろでステップを踏みながら、内心で舌を巻いた。

そして、曲は徐々にテンポを上げ、爆発的なサビへと突入する。

狂気を振り撒いたアカリを強引に押しのけるようにして、センターを奪い取ったのはランだった。

「〜〜〜ッ!!」

ランが動いた瞬間、ステージ上の空気が『物理的』に切り裂かれたような錯覚に陥った。

彼女のダンスは、暴力的だった。

重力など存在しないかのような圧倒的な跳躍、一ミリのブレもない完璧なターン。それでいて、マイクを通る声は一切ブレず、突き抜けるような高音を叩き出す。

「……嘘でしょ、あれ、人間業じゃないわ」

審査員席の七瀬みやびが、手に持っていたペンを落とし、身を乗り出した。

ランは、アカリの狂気にも、私の異物感にも呑まれない。

「私こそが絶対的な正解だ」と言わんばかりに、ただ己の技術だけで、ステージという空間を完全にねじ伏せていく。客席は歓声を上げる余裕すら奪われ、ただその完璧な美しさに圧倒され、静まり返っていた。


> [ システム通知:ランのパフォーマンス値が想定の120%を突破 ]

> [ 警告:このままでは『白鳥ランの独壇場』としてステージが終了します ]

>


(……そうは、させないわよ)

曲のテンポが急速に落ちる。落ちサビ。

ランとアカリが左右に分かれ、ステージの中央に一本の冷たいピンスポットライトが落ちた。

私は、ゆっくりとそこへ歩み出る。


> [ 限界突破オーバーリミットの残影 ―― 出力最大 ]

>


限界を超えた筋肉が断裂する音が、私にだけ聞こえた。

でも、痛くない。

私は、息を切らす二人の天才を背に従え、客席を見下ろした。

数千人の視線が、私に突き刺さる。

そこで私は、17歳の少女には絶対にできない、『30年分の人生に絶望した、疲れ切った大人の顔』を作った。

いや、作ったのではない。

前世で報われなかった日々、狭いアパートで一人泣き明かした夜、システムという呪いのような奇跡に縋ってまでここへ這い上がってきた執念。そのすべてを、ただ瞳の奥に浮かべたのだ。

ノイズ(グリッチ)の混じった無機質なビートだけが鳴る中。

私は、限界まで息を吸い込み、マイクに唇を擦り付けるようにして、深く、冷たく囁いた。

「……私のバグ(嘘)を、愛して」

ビキッ、と。

会場の空間に、決定的なヒビが入る音がした。

「――っっっ!!!!」

悲鳴も、歓声も上がらない。

観客はただ、心臓を直接冷たい手で掴まれたかのように息を止め、私の放つ『致死量の哀愁』に完全に当てられていた。

七瀬みやびが、両手で口を覆い、魅入られたように私を見つめている。

ランの技術が築き上げた完璧な城を、アカリの狂気がヒビを入れ、最後に私が『バグ』として完全に崩壊させたのだ。

そして、大サビ。

三人が再び合流する。

綺麗に揃ったダンスなんて一つもない。アカリは獲物を狩るような目で踊り、ランは孤高の天才として舞い、私は糸の切れた操り人形のように重く踊る。

誰も相手に合わせない。ただ「自分が一番だ」と主張し合い、相手を食い殺そうとする、最悪で最高に美しい不協和音。

最後の音が鳴り止む。

私たちは誰一人手をつなぐことなく、それぞれ違う方向を睨みつけたまま、最後のポージングを決めた。

静寂。

一秒、二秒。

そして――。

「うわあああああああああああああああああああ!!!!!!」

会場の屋根を吹き飛ばすかのような、狂乱の歓声が爆発した。

それはアイドルを応援するような声じゃない。「とんでもないものを見てしまった」という、客席の悲鳴と熱狂が入り混じった地鳴りだった。

> [ システム通知 ]

> [ コンセプト評価:終了 ]

> [ ステージ評価:測定不能オーバーフロー ]

> [ 限界突破の反動が開始します ―― ]

>


客席の熱狂を聞きながら、私の意識は急激に暗転していった。

(……勝った。この狂った世界に、私たちの毒は、完全に回ったわ……)

そのまま、私の体は糸が切れたように、ステージの床へと崩れ落ちた。

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