episode21
(……なんて、いい顔をするのよ)
鏡越しにアカリと目が合った瞬間、私の背筋を強烈な悪寒――いや、極上の興奮が駆け抜けた。
いつも彼女が貼り付けていた、何百万人に消費されるための安っぽい「天使の皮」は、そこにはもう無かった。
あるのは、私とランという目障りな存在を絶対に許さないという、ドロドロに煮詰まった「自己顕示欲」と「狂気」。
彼女が首筋をなぞる振付は、まるで自らの、あるいは私たちの喉笛を搔き切るような生々しい殺意を帯びていた。
> [ システム通知 ]
> [ ターゲット:アカリ の精神状態が移行しました ]
> [ 『作られた愛嬌』 → 『純度100%の狂気』 ]
> [ フォーメーション『相互破壊』のシンクロ率が 120% を突破 ]
>
(そう、それよ。それを待ってたの)
私の中の『30歳のプロデューサー視点』が、歓喜の声を上げていた。
中途半端な協調性なんて、この『ディストピア・ロマンス』には不要だ。
アカリの剥き出しの狂気にあてられたのか、ランのステップもさらに鋭く、暴力的になっていく。彼女もまた「誰にも私の領域は犯させない」と、己の技術の限界を引き上げていた。
そして、私。
『限界突破』のシステムチートで強制的に引き上げられたスペックに、30年分の本物の「哀愁」と「絶望」を乗せて、二人の天才に食らいつく。
綺麗に揃った群舞ではない。
それぞれが自分のパートで「私が一番だ」と主張し、相手のパートを食ってやろうと牙を剥く。ギリギリのバランスで成り立っている、奇跡的な不協和音。
曲のラスト。
最後の音が鳴り止んだ瞬間、私たちは鏡の前で、誰一人として目を合わせることなく、荒い息を吐いていた。
「お疲れ様」なんて、白々しい言葉は誰も口にしない。
ただ、冷たい鏡越しにバチバチと火花を散らし合うだけ。
(……完璧よ。これなら、世界をバグらせることができる)
### そして、本番当日。
巨大なスタジオは、数千人の観客が放つ熱気とサイリウムの光で、むせ返るような空間になっていた。
「次はいよいよ、コンセプト評価の目玉! ネット投票によって奇跡的に結成された、この3人のステージです!」
MCの声に、会場が今日一番の地鳴りのような歓声に包まれる。
ステージの袖。出番を待つ暗がりの中で、私たちはスタンバイしていた。
「……ミオ」
暗闇の中、ランが前を向いたまま私に声をかけた。
「本番で少しでもミスをしたら、容赦なくあなたを置いていくから。……私のステージの邪魔だけはしないで」
「アカリもですよぉ」
私の背後から、アカリが甘く、ひんやりとした声で囁いた。
「私、お二人が見えなくなるくらい、一番輝いちゃいますからね。……瞬き、しないでくださいね?」
私は、限界突破の反動で微かに痙攣する指先をギュッと握り込み、暗闇の中で凶悪な笑みを浮かべた。
「ええ、存分にやりなさいな。……あんたたちを完全に食い潰して、最後に真ん中に立ってるのは、私なんだから」
> [ システム起動 ]
> [ スキル『限界突破の残影』 ―― オン ]
> [ 痛覚遮断:100% ]
> [ パフォーマンス倍率:150% ]
> [ 警告:このステージ終了後、肉体は一時的な行動不能状態に陥ります ]
>
(上等よ。この3分間に、私の二度目の人生のすべてを賭ける……!)
「――それでは登場してもらいましょう! 曲は『ディストピア・ロマンス』!!」
MCの絶叫と共に、私たちを隠していた巨大なLEDスクリーンが左右に割れた。
眩いばかりの逆光と、鼓膜を破るような大歓声が、私たちを飲み込んでいく。
私は、ランとアカリと並んで、ゆっくりとステージの中央へ歩み出た。
重低音のイントロが鳴り響く。
17歳の少女の皮を被った、3匹の怪物が、ついに数千人の観客の前に解き放たれた。




