episode20
「『可愛い』は、作れる」
それが、インフルエンサーとして何百万もの『いいね』を稼いできた私、夢乃アカリの絶対的な哲学だ。
前髪の隙間から覗く瞳の角度、唇の端を何ミリ上げるか、声をどの帯域で響かせれば一番「守ってあげたくなる」か。
私は自分の顔と体を、一つの精密機械のようにコントロールできる。だからこそ、この『NEXT GATE』でも、私がヒロインになるのは当然のことだと思っていた。
白鳥ランの存在は、まあいい。
彼女のような「天賦の才」を持つ孤高の天才は、サバイバル番組には絶対に必要だ。私が彼女に負けて涙を流せば、視聴者は判官贔屓で私に狂ったように投票する。最終的に「努力と愛嬌で天才を打ち破るヒロイン」、それが私の描いた完璧なシナリオだった。
……それなのに。
(なんなのよ、あのおばさん臭い女は……っ!)
鏡の前で完璧な笑顔を作りながら、私の内臓はドロドロとした嫉妬と焦燥で煮えくり返っていた。
神崎ミオ。
最初はただの「体力のないモブ」だと思っていた。なのに、気づけば私のシナリオを粉々に破壊し、あろうことか私を見下ろす2位の座にふんぞり返っている。
昨日までの彼女は、確かに『ただの足手まとい』だった。
『ディストピア・ロマンス』の高度な要求に体が追いつかず、床に這いつくばって息を切らしていた。私は心の底から嘲笑した。「口先だけのゲテモノ」だと。
でも、今日の彼女は違う。
たった一晩で、何が起きたというの?
「……スリー、フォー。アカリ、そこはもっとタメを作って」
ランの冷たい声で我に返る。
私たちは今、3人でサビのフォーメーションの確認をしていた。
私が鏡越しに視線をずらすと、斜め後ろに立つミオと目が合った。
ゾクッ、と。
背筋に冷たいものが走った。
今日のミオのダンスは、異常だ。
ランのように暴力的で正確なステップ。私のように、指先まで神経を行き渡らせた魅惑的な視線。
私たち二人の一番「美味しい」ところを、まるでスポンジで吸い取って、泥水に浸して叩きつけてきたような……歪で、恐ろしいまでの完成度。
(あり得ない。あんなの、人間の成長速度じゃない。……それに、何よあの目)
ミオの目は、虚ろだった。
激しいステップを踏んでいるのに、息一つ乱れていないように見える。いや、違う。よく見れば、彼女の指先は微かに痙攣し、限界を超えた筋肉が悲鳴を上げているのがわかる。
尋常じゃない痛みを抱えているはずなのに、彼女の瞳の奥にある『絶対に頂点をもぎ取る』という真っ黒な執念が、肉体の限界を強制的にねじ伏せているのだ。
「……私のバグを、愛して」
落ちサビ。
ミオがセンターに立ち、低く囁いた瞬間、練習室の空気が完全に彼女の「絶望」に支配された。
ランでさえ、息を呑んでミオを見つめている。
天才であるランが、初めて自分以外の存在に『恐怖』に近い感情を抱いているのが、隣にいる私には手に取るようにわかった。
(……ふざけないで)
私は、ギュッと拳を握りしめた。綺麗に整えたネイルが、手のひらに食い込む。
ランという光。ミオという影。
二人の怪物が、お互いを食い殺そうと牙を剥き出しにしている。
このままじゃ、私はただの「可愛いだけの前座」として、二人の戦いの噛ませ犬にされて終わってしまう。
(そんなの、絶対に許さない……!)
私はインフルエンサーだ。
他人の視線をコントロールすることにかけては、誰にも負けない。
この『ディストピア・ロマンス』は、狂った愛憎の歌。なら、今の私の腹の底で煮えたぎっている、この醜い嫉妬と屈辱を、そのままカメラにぶつけてやればいい。
「……アカリ。1番のAメロ、もう一回通すわよ」
ランの言葉に、私は「はーい!」といつものように高い声で返事をした。
しかし、曲が鳴り始めた瞬間、私は自分の中に被っていた『天使の皮』を、あえて半分だけ引き裂いた。
♪〜
カメラ(鏡)に向かって、私は笑いかけた。
いつもの、計算された可愛い笑顔じゃない。
目が全く笑っていない、自分より上の存在を引きずり下ろしたくてたまらない、ドロドロとした執念を宿した『本物の狂気』の笑顔。
「――っ」
鏡越しにそれを見たランが、僅かに肩をビクッと震わせた。
ミオも、一瞬だけ目を見開いて私を見た。
(そうよ。私を置いていくな。私を見なさい!)
私は、自分が一番美しく、そして一番恐ろしく見える角度で、首を傾げた。
ただのあざとい女じゃない。私は、自分のプライドのためなら、天使の羽をもぎ取ってでも悪魔になれる。
ランの技術。ミオの異物感。そして、私の狂気。
お互いがお互いを憎み、警戒し、一切の妥協を許さない。
最悪で最高の、いびつなトライアングル。
(本番のステージで、全部かっさらってあげるわ。最後に笑うのは、この私よ)
私は、喉の奥で甘く、そして毒々しく嗤った。




