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episode2

「……っ、ちょっと待って。消えないんだけど、これ」

鏡の前の自分に見惚れる余裕なんて、一瞬で吹き飛んだ。

視界の端にずっとへばりついている青い半透明のプレート。目を逸らしても、首を振っても、それは網膜に焼き付いたゴミのように、執拗に私の視界をジャックしている。

「あっち行ってよ! 邪魔!」

空を切る私の手。

傍から見れば、何もない空間に向かって狂ったように手出しをしている痛い女子高生だ。


[ 警告:ユーザーの動揺を検知。バイタルを安定させてください ]

[ 現在の『集中力』:12 / 100 ―― 低すぎます ]


「うるさいわね! バイタル以前に、これが目の前にあるせいで階段踏み外しそうになったのよ!」

さっきから、部屋のドアノブを掴もうとするたびに、この『ステータス画面』が指先に重なって距離感が狂う。

しかも、文字がチカチカと点滅して、なんだか目が痛い。30歳の脳には、この近未来的なUIは刺激が強すぎる。

「ええい、もう! どうやったら消えるのよこれ。設定……設定はどこ!? コンフィグ! オプション!」

叫びながら部屋の中をうろうろしていると、バタンと勢いよくドアが開いた。

「ちょっと、澪! さっきから何騒いでるのよ。塾に遅れるわよ!」

「ひっ……! お、お母さん!?」

13年前に見たはずの、まだ少しだけシワの少ない母親。

懐かしさに涙が出るかと思ったが、それどころではない。お母さんの顔の真上に、『[ 評価:凡人モブ ]』という失礼極まりないタグが浮かんでいるのだ。

「あんた、何その格好。……何、空中に手伸ばして。蚊でもいるの?」

「あ、いや……その、ストレッチ? 最近の流行りなの、これ。空間把握能力を鍛えるっていうか……」

必死に誤魔化しながら、視界の隅っこにウィンドウを押し込もうと「スワイプ」の動作を繰り返す。

お母さんは心底不審そうな顔で私を凝視し、「……変な子ね。早くしなさいよ」と呆れて部屋を出ていった。

「はぁ……はぁ……。心臓に悪いわね、これ」

ドサリとベッドに倒れ込む。

その瞬間、視界にドアップで赤い警告文が躍った。


[ ミッション:エントリー期限まで残り72時間 ]

[ 警告:現在の『ダンス』値(38)では、一次審査通過率は0.02%です ]


「0.02……!? バカにしないでよ。私、30歳までダンスレッスンだけは細々と続けてたのよ? 基礎はできてるわ」

私は立ち上がり、かつて死ぬほど練習したはずの、オーディションの課題曲のステップを踏んでみた。

「――っつ、い、痛たたたた……!」

体が動かない。

頭の中では完璧な振付が再生されているのに、17歳の私の足は、自分の重さに耐えきれずにもつれた。

筋肉の使い方がわからない。重心の置き方も、今のこの「若くて頼りない体」には馴染んでいない。


[ 判定:Eランク・パフォーマンス ]

[ アドバイス:頭でっかちです。まずは柔軟と基礎体力作りから始めましょう。おばさん臭い動きを改善してください ]


「おばさん臭い……!? 言ってくれるじゃない……」

腹が立つ。

でも、現実だった。

中身がどれだけ経験を積んでいても、この体はまだ、何も成し遂げていない「ただのガキ」なのだ。

「……わかったわよ。やってやろうじゃない」

私は震える指で、空中にある『ミッション:受諾』のボタンを、今度こそ正確に、執念を込めて押し込んだ。


[ クエスト受注:『地獄の3日間・基礎体力底上げ』 ]

[ 報酬:スタミナドリンク(低級)、アイドルへの第一歩 ]


視界にタイマーが表示され、秒単位でカウントダウンが始まる。

「ちょっと待って、今から!? 夜の10時よ!? せめて明日からに――」


[ 3……2……1…… トレーニングを開始してください ]


私の意思を無視して、視界の中で強制的にアップテンポなメトロノームが鳴り響き始めた。

30歳の理性は「寝かせて」と悲鳴をあげているが、17歳の体はシステムの強制力によって、無理やりスクワットの姿勢にさせられていた。

「う、嘘でしょ……! こんなのブラック企業よりキツいじゃないのよ……!!」

二度目の人生、バラ色のスタートとは程遠い、筋肉痛の予感に満ちた夜が始まった。

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