59 ロット第二王子
シェリールルの言葉の裏付けは、あの場にいた父公爵である宰相、コールリアル、アスミュートにアンナ、ロット第二王子という彼女サイドの人間だけでなく、王太子の部屋の護衛として立っていた男たちや使用人もが証明した。
――彼らも実際は、シェリールルサイドなのだが。
「――さすがにこれは、度を過ぎているな」
国王にとってはかわいい長男ではあるが、さすがに勝手に婚約を破棄しようとしただけではなく、貴族の地位の剥奪や処罰をも我が物顔で行おうとするのは、この国の問題として見過ごすことはできない。
「失礼、陛下。更に言えば、我が娘のために計上されている王太子婚約者のための費用ですが、用途外の使用が認められます。これが横領罪となります」
マツィエ公爵である宰相が立ち上がり、国王の側近に目配せをする。
近付いてきた彼に、費用計上が書かれた文書の束を渡した。
「これまで一度も、ドレスはおろか花の一輪すら娘に贈られてきた事はありません。それでも、予算を使っていないならともかく、この数週間だけを見ても、使い込みが激しい。ランドーブル公爵領のパープルダイヤモンドなんて買っていましたが、そこの女にでもねだられたのでしょうかね」
側近経由で渡された書類を見て、国王は再び深い息を吐いた。
「ストランド。一度もドレスを贈ったことないというのは、どういうことだ?」
「別に俺が用意しなくても、シェリールルは勝手にドレスを用意してるから問題ないかと思って」
「お前は馬鹿なのか。婚約者が贈らないなら、自分で用意するしかないだろうが」
実際はアスミュートが手配していたが、それは敢えてこの場で言う必要はない。
マツィエ公爵家の一同は黙っている。
「しかし宰相は何故それを、早い段階で言わなんだ」
「私がわざわざ口を挟むことでしょうか」
実際は気付いていなかっただけだが、それも黙っておく。
だが、国王はこう言われてしまえば何も言い返せない。
婚約者のためにドレスを贈るのは当然のことで、女性側から催促するようなものではないからだ。
届かなければ、自家で用意する。
その分だけ、婚約者や婚約者の家門に対しての信頼度が下がっていく。
それを理解しているから、まっとうな貴族は最低限の義理だとしてもドレスなどの贈り物はするのだ。
「まぁ、この状態で娘とストランド殿下との婚約は継続不可能でしょう。殿下有責での破棄で宜しいですかな?」
有無を言わせぬ迫力で、マツィエ公爵は国王に微笑んだ。
がっくりとうなだれると、国王は小さな声で「かまわぬ」と答える。
「近衛よ。ストランドをひとまずは北の塔に連れて行け。そちらの娘は――一応貴族だったか。貴族牢に。取り調べは後日それぞれ行い、裁きを進める」
国王の言葉に、近衛兵が動く。
「嫌だ! やめろ! 北の塔になんて入りたくない!」
北の塔は、罪を犯した王族が入る場所だ。
当然ずっとそこに入れられるか、身分を剥奪して市井に放たれるか、はたまた他の刑になるかは、まだわからない。
「では、慰謝料等々は娘の王太子妃教育に掛けた時間分も含めて、後ほど計算しご報告致します。あとは――」
目を細め、公爵は改めて臣下の礼を取った。
「これよりドグラン王国宰相として、国王陛下に奏上したき儀がございます」
部屋の空気が変わる。
同時に、アスミュート、コールリアル、シェリールル、アンヌも椅子から立ち上がり、礼を取る。
「聞こう。楽にせよ」
国王はすぐに体を引き上げ、頭上の王冠にそっと手を触れさせると、一つ頷く。
「ロット第二王子殿下の立太子を、希望致します」
「なっ……! 馬鹿な! 俺が王太子だぞ!」
縛られたままのストランドは体を捻り、叫ぶ。
だが、その声は黙殺された。
「国王陛下の名代でもないのに貴族を裁き、横領し、婚約者でもない子爵家の令嬢を王太子夫婦の寝室に囲う。このような醜態をさらした者が王太子として、近隣国の前に立たせることは、我が国の国益を考えると、到底容認できません」
「お前らが黙っていれば、問題ないだろう!」
それは黙殺されるかと思ったが、アスミュートがうっすらと笑い口を開く。
「この城にどれだけの人間が働いていると思っているんです。殿下、あなたの部屋の掃除を誰がしていたと思っているのです。彼女の食事を誰が用意したと思っているのです」
貴族以外の人間は透明人間だと思っている貴族は多い。
ストランドもその手のタイプだった。
だが、実際にはそこに人はいる。
しかも、侍女や侍従は貴族だが、使用人は平民も多いのだ。
人の口に戸は立てられない。
さらに小さな話題を振りまけば、それは針小棒大に広がっていく。
「ロットよ、そなたは立太子する覚悟があるのか」
さすがに国王も分が悪いと分かっている。
それに長男はかわいいが、次男も当然かわいいのだ。
ロット第二王子は、姿勢を正し礼を取ると部屋に響き渡る声をあげた。
「陛下、私ロット・ドグランはこの国の繁栄のために力を尽くすことを誓いましょう」
そうして、胸元から一通の書状を取り出した。
側近ではなく、自らが直接国王へと手渡す。
「本来、改めて陛下に奏上しようと思っておりましたが……こちらに近年私が行いました改革を記載しましたので、追ってご確認ください」
そこには、ザキネア子爵領の港湾計画や、それに伴う国内流通について、ヒモノを活用した軍の備蓄食についてなどが記載されている。
「そして、現在マツィエ公爵家は私を推してくださる。――アスミュート、君の家はどうなんだ?」
まるで茶番ではあるが、こうしたことは大切だ。
アスミュートは笑みを浮かべ、礼をする。
「我がヘクター大公家も、ロット第二王子殿下の後ろ盾となりましょう。お時間をいただければ、隣領の辺境伯も説得してみせましょうか?」
「それはありがたい。頼んでもいいか?」
「御意に」
(まぁ大仰ね。実はすでに味方です、とは言えないものね)
シェリールルは自分のすべきことは終わったと思い、穏やかな心持ちでこのやりとりを見守っていた。
こうなった以上、王太子の変更は必須であり、その該当者はロット第二王子が一番なのだから。
「ふむ……。それならば、大きな反対を言うものもおるまい。だがなぁ、シェリールルの婚約はどうするのだ」
もう自分が登場する場はここではないと思っていたシェリールルは、突然の名指しに目を細めるしかなかった。




