57 陛下の教育の失敗
マツィエ公爵からの指示という名目で、近衛隊長と部下数人が早急に王太子夫婦の寝室へとやってきた。
近衛隊長の実家はアメフォード・ルディリアン侯爵令嬢の親戚筋の伯爵家で、王太子派だ。
「良く来てくれたな。ベリス・マツィエの名のもとに、ストランド・ドグラン殿下を仮捕縛せよ」
「なっ、閣下! 王太子殿下でありますぞ!」
「相手が王太子殿下であろうとも、国法に違反したのであれば、宰相としては見過ごすわけにはいかぬ」
「ですが――王族……」
「だったら、僕の名も付けるよ。ロット・ドグランの名のもとにも、兄上――ストランド・ドグランを仮捕縛するように」
牙を剥く時をじっと待っていた第二王子は、僅か十一という歳に見合わぬギラリとした瞳で近衛隊長へと命令する。
「早く。筆頭公爵であり、国王の右腕の宰相と第二王子の僕の命令が聞けない?」
逡巡するも、近衛隊長は頭を下げ王太子へと体を向けた。
周囲を囲む護衛は、万一を考え王太子の挙動と近衛隊長や近衛兵の様子を伺う。
近衛隊長が王太子を助けようとするならば、すぐに彼を逆捕縛するつもりだった。
「やめよ! 俺は王太子だぞ! 何をする! どうした理由を持って俺を捕縛するのだ」
「殿下。先ほど自白なさったじゃないですか。あなたが行ったのは、横領罪ですわ」
シェリールルは手元の書類を再びパラパラとめくっていく。
「今ここには、僅かにこの数週間の事しかありませんけれど……。この宝飾品の他にも、私が一度も贈られたことがない商品への支払いが続いておりますわね。どなたに贈られたのかしら」
「どれどれ。あぁ、このコンコノードはプライベートを大事にする、高級ホテルだな。誰と泊まったんだか」
コールリアルが覗き込み、王太子を見る。
「そうそう。私、最初に殿下にいうべきことがあったのに、忘れておりましたわ」
近衛隊長は諦めて王太子を仮捕縛していた。緩くではあるが縄で王太子の体を縛り、自由を奪う。
王太子は当然そんな扱いを受けたことがないので、屈辱で反抗する気もなくなっているようだった。
チルーマは女性騎士が隣室に連れ出し、そこで衣服を整えられている。
「……なんだ。シェリールル。お前は昔から自分が利口だと言わんばかりに、俺に意見をしてくる」
(私が利口なのではなくて、殿下が――いえ、これは言うべきではないわね)
心の中で突っ込みをしつつ、シェリールルはにこりと笑みを浮かべた。
「殿下がされていることは、この国に於いて不貞行為と見做されますので、婚約は殿下有責での破棄となりますわ」
*
ドグラン王国の国王は、頭を抱えていた。
正式な謁見の間に急遽呼び出され、目の前には縄に繋がれたこの国の王太子と、見ず知らずの少女がいたのだから。
しかもその少女は、謁見に必要な最低限のドレスを着てはいるが、布で口を封じられている。
どうやらうるさく喚くから、そうした処置がされたらしい。
当然、この場に呼び出される時に、国王は説明を受けてはいる。
受けてはいるが、まさか本当に王太子が捕縛されているとは思わなかったのだ。
「宰相……これは何か悪い冗談なのだろうか」
「いいえ陛下。現実をご覧ください。あなたの教育の失敗が、ここに」
いつも穏やかな顔で辣腕を振るう宰相が、今日は穏やかな顔を一切見せていない。
それだけで、国王は不安になる。
この国は絶対王政ではあるが、だからといって貴族が無為に国王に服従するということはない。
貴族には派閥があり、軍隊をそれぞれ持っており、国王とはある種の契約として臣従しているだけだ。
だからこそ、国王はあまり身勝手なことはできない。
伯爵家出身の王妃を迎えたことで、国王は後ろ盾が弱かったことも、強権を振るえない理由の一つだろう。
その為に、王太子の婚約者として王家の血もあり、筆頭公爵家の令嬢のシェリールルを据えたのだ。
「王太子が……ストランドが何をしたと?」
「横領と不貞、名誉毀損、それから国家反逆罪ですな」
「国家反逆罪?!」
最後の言葉に、国王は思わず玉座から立ち上がってしまう。
ストランドも当然、初めて聞く自身へのその嫌疑に目を見開いた。
国家反逆罪に比べたら横領や不貞行為なんて、かわいいものだ。
してもいないそんなことを認めさせたら、下手したら処刑されてしまう。
「いやまて……。ストランドはそんな大それたことをするような者ではない。第一、黙っていれば国王になれる立場で、一体何の必要があってそんなことを」
「そうです、父上! それならロットの方が余程国家反逆罪をし得る!」
部屋の横に並んで座っていたロット第二王子が、目を細め兄である王太子を見る。
「兄上、気付いてなかったの? シェリールル義姉様に告げた言葉は全て、兄上の立場で命令できることじゃない。陛下の御意志である王命を覆すことと、筆頭公爵家の令嬢への断罪は、十分に国家反逆罪を問われて当然だよ」
そこまで言われても、王太子はまだ理解できていないようだった。
むしろ、自分が何を口にしたのか忘れているのかもしれない。
「待て、ロット。ストランドは何を言ったのだ」
「僕から言うべきかな。それともシェリールル義姉様から?」
ロットから名指しされたシェリールルは、ロットの座る壁と逆側に、コールリアルとアスミュート、アンヌ、父公爵である宰相とともに並んで座っている。
「言われた本人に言わせるのは酷な場合もあるだろう」
シェリールルを気に入っている国王は、目の端を下げて彼女を見た。
(やだ、国王陛下ってロリコンきもおじなのかな?)
アンヌは国王のその目を見て、ぞわりと嫌な気分になる。
もちろん当の国王にそんなつもりは一切ない。一切ないが、前世の記憶がある年頃の女性であれば、父親ほど年の離れた男性が、自分の娘でもない少女にデレデレとした表情を見せれば、気持ちが悪いと思うのは当然だろう。
「では僕から」
アンヌの気持ちなど当然知らないロットは、そのまま王太子が発した言葉についての話を続けた。




