5 残念な婚約者、王太子
二人の父ベリスは、この国の宰相をしている。仕事はできるのだが、仕事を離れたときの、子どもたちやその周辺の人々の心の機微には疎い。
皆はそれを理解しており、それでも彼なりにしっかりと愛情を注いでくれているので、子どもたちはそれ以上を求めることは、諦めていた。
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「結局シェリールルが婚約者か。つまらん」
翌日、早速王城へと向かい正式な婚約の手続きを済ませると、シェリールルは王太子とお茶会をすることとなった。
王太子の住まう東の宮。ライラックが咲き誇る庭で、二人は向かい合って座る。
「俺はお前のような、キツい顔でスキのない女よりも、おっとりとしていて愛らしい者を婚約者にしたかった。はぁ、がっかりだ」
それなりに美しい所作で紅茶を飲みながら、王太子は不満を表情からも言葉からも隠すことなく口にした。
(それはこちらの台詞よ。政略結婚なんてお互い様なのに、どうして自分だけが不満があるように言うのかしら)
そうは思っていても、公爵家で受けてきた淑女教育や王族への礼儀的なもので、口に出すことはできない。
血統を少し引いてみれば、シェリールルも王家の血が入ってはいるが、さすがに直系の王太子にあからさまに不満を主張する勇気は、彼女にはなかった。
「まぁ、俺の婚約者になったからには、お前は常に俺を立てて、仕えていろ。それから良く学び優秀でいながら、俺よりは目立つな。良いな」
あまりの理不尽さに、シェリールルの表情は固まりそうになる。が、どうにか、淑女らしい微笑みを浮かべてやりすごそうとした。
「なんだその、気味の悪い笑みは。お前のそういうところが、気に入らないんだよな。言いたいことがあれば言えば良い」
それがまた、王太子には気に入らなかったらしい。言いたいことの本音を言えば、絶対に不敬だとわめき出すとわかっているが、だからといってこのままの状態でも、文句は言われるのだろう。
諦めたシェリールルは、とりあえずこの政略結婚の意味だけは理解して貰おうと、口を開いた。
「ではよろしいでしょうか。殿下、この度の婚約はあくまで政略結婚です。殿下の御代が盤石となる為に、国王陛下と宰相である我が父が考え成った、ほぼ王命のようなものですわ」
暗に、自分が望んだものではない、王太子の為に周りが動いたのだから、感謝されるべきはこちらだと伝えてみるが──伝わりはしなかった。
「お前の父親が、ねぇ。結局俺の婚約者になって、王妃という地位につきたかったというわけだ。は! なんて浅ましい。お前も、宰相もな!」
言い捨て、反論する間もなく王太子は席を立ち去って行った。
残されたシェリールルは、あまりの内容に、驚きのあまり呆然としてしまう。今、王太子は一体何を言ったのか。
(え、嘘でしょう? まさか同い年の13歳にもなっていながら、この政略結婚の意味がわかっていないの?!)
とりあえず落ち着こう。
そう思ったシェリールルは、手元の紅茶を一口飲むと、近くにいる侍女に声をかける。王太子とシェリールルの会話が聞こえる範囲には、侍女も侍従も気を利かせて控えてはいなかった。だが、念の為にこの茶会で王太子が先に、シェリールルをエスコートもせずに場を辞した事を、第三者の立場から宰相室に報告するよう指示を出す。
(あとから、私が勝手に帰ったと言われても困るものね。念の為に記録として残しておいて貰いましょう)
いなくなった王太子の席を見て、シェリールルはため息を一つ吐く。
(どうせなら、侍女たちにも会話も聞かせておいた方が良かったのかもしれないわねぇ)
シェリールルは心を落ち着けると、立ち上がり父のいる宰相室へと向かう。馬車を用意して貰い、一刻も早く帰宅したかった。
(あぁ、誰かこの婚約を解消してくれないかしら。そんなの、無理よね)
ここからわずか二年後に、その糸口が見つかることになるとは、このときのシェリールルは思いもしていなかった。




