49 港での動き
浮かれるアンヌを捕まえて、四人はザキネア子爵領主館へと戻っていった。
お茶を淹れた使用人が部屋を後にすると、アンヌが口を開く。
「三周目、っていうのは『シュペラブ』をエンディングまで二回クリアしたあとの、三回目っていう意味なんですけども」
エルデアール伯爵令嬢がドゥランディ博士とのエンドを迎えるのは、その三周目だった。
そもそもドゥランディ博士は隠しキャラとして人気で、エルデアール伯爵令嬢をプレイするときに二回は王太子妃エンドを迎えないと登場しない。
「それで、エルデアール嬢が博士とくっついたら、悪役令嬢はどうなるんだ?」
「悪役令嬢は王太子の婚約者として、無事に王太子妃になってハッピーエンドです」
「それって全然ハッピーじゃないわ」
コールリアルの疑問に答えるアンヌの発言に、シェリールルはがっかりしたような声を発する。
そもそも、シェリールルは王太子妃になりたくないのだ。
「でもアメフォード様もいるから、まだ大丈夫かしらね」
シェリールルは、王太子の人間性の酷さを理解しているからこそ、もしも他に縁があるのであればそちらと婚姻を結ぶ方が、令嬢にとって幸せだろうくらいは理解している。
「それに、ドゥランディ博士は子爵家から独立されているから、エルデアール伯爵令嬢がもしも莫大な持参金を持っていっても、脅威にはならないもの」
不用意に力のある貴族を別の派閥に作りたくはない。
シェリールルの意図に、他の三人も頷く。
「お義姉様が恩を売って二人をくっつけるのはどうでしょう」
「あら、それはいいわね! ということは、ドゥランディ博士に何か大きな結果を用意して、叙爵させるのが一番かしら。そのときに、私たちの家側――もしくはアスの家にとって……」
シェリールルにとって婚姻は政略結婚以外にはない。
二人が両思いになる必要があるなども、まったく思い浮かばないのだろう。
「ちょっとお義兄様、アスミュート様。お義姉様への恋愛情操教育、やらなさすぎなのでは」
「俺も今、さすがに反省をしているところだ」
「シェルの恋愛感情は、俺がゆっくり教えればいいだろう?」
「アスミュート様、さすがに気持ち悪いです」
「アンヌの言うとおりだ」
こそこそと話し合う三人の言葉は聞こえていないようで、シェリールルはポンと手を叩く。
「では、ザキネア子爵領の港都市計画を、その二人に主導してやっていただきましょう」
「それはいいな。だとしたら、成果を出した後我が家が後見となれる」
「アスの家が後見となれば、派閥はこちらになりますものね」
一つ問題が片付いたと言わんばかりの表情を浮かべるシェリールルに、三人は「そもそもドゥランディ博士の気持ちはどうなんだ」という根本的な問題に気付いてしまったのだった。
*
ドゥランディ博士に依頼した港湾都市計画発動から一年。
ザキネア子爵領では、まずは港の拡張工事と整備を行うこととなった。
それと平行して、居住地区と商業地区の区画整理も進めるが、そちらは仮住まいの用意などもあるため、時期がずれる。ロット第二王子の計画として必要なのは、まずは港の拡張工事であるため、都市区画整備については焦る必要はなかった。
「アス、辺境伯から連絡が来た」
港の視察をしていたアスミュートとロット第二王子の元に、馬を飛ばして来たのはコールリアルだ。
今、この領地にはロット第二王子とコールリアルが短期滞在していた。
名目は港の視察。
当然、後々のための布石だ。
「辺境伯から、ということは」
「ああ。うまくいったらしい」
コールリアルの手にある手紙を広げ、ロット第二王子と二人で確認する。
「ほう。デュラー一族の薬は、想像以上に効果的だったのだな」
ドルイトが養子に入ったシュストレー商会が、隣国キャトタワ王国から輸入したのがコキュート草。
それを修道院長であったホワテリ・デュラーを介して、薬学に長けているデュラー一族に丸薬として調剤してもらった。当然資金についてはシェリールルたちの家である、マツィエ公爵家が出している。
それをロット第二王子からの依頼という名目で、辺境伯家へと届けたのが、半年前。
デュラー一族の男性不妊を治す薬は、辺境伯家の嫡男にとてもよく効いたらしい。
「あっという間に、奥方がご懐妊か」
アスミュートの言葉に、ロット第二王子はニヤリと笑う。
辺境伯家の嫡男の妻は他国の令嬢だ。子をなせないといって、跡取りを交代させ嫁ぎ直させることも、養子をとることも、政治上政情難しかった。
つまりは、ロット第二王子は辺境伯家に恩を売れたのである。
「しばらく間をおいてからシュストレー商会から、その薬を販売させます。デュラー一族とは独占契約を結んでいるので、それで入った金のいくらかを、我が公爵家に入るようにしてあるから、成功して良かったですよ」
「僕の味方でいてくれるか、不安になる言い方やめてよ」
「大丈夫ですよ、殿下。俺もアスも、シェルを不幸にさえしなければ、あなたの味方でいますから」
コールリアルが薄く笑うと、ロット第二王子も、同じような笑みを浮かべた。
「さて、港もだいぶ完成してきてますからね。ここから、アンヌ嬢が提案してくれたヒモノとかいう商品を、軍に配備しないと」
この港であがった魚をヒモノ、つまり干物にして、王国軍に常備させる。
そうすることで、軍備食の向上と国内の流通強化をロット第二王子の手柄とさせるのだ。
「あとはこのあと、ここに来るはずの女を待てば……」
アスミュートがその言葉を言い終える前に、港から一羽の鳥が飛んできた。
それが彼の腕に止まる。
鳥の足に括り付けられた紙をアスミュートが確認すると、コールリアルとロット第二王子へと顔を向け頷く。
小さな紙には、『ドルイト、ウゴイタ』。
それだけが書かれてあった。




