48 三周目のハッピーエンドってどういうこと?
アンヌの提案はこうだった。
「彼女が聖女育成学校に入るときに、お義姉様は多額の寄付をしています。つまり、言い方は悪いですが彼女の身は、公爵家の希望一つでどうとでもなるんですよね」
通常、聖女育成学校へ入るときに寄付は不要だ。
それは平民からでも入学できるようにという配慮で、寄付のない入学者は平民と同様の生活水準となる。
ただし、寄付をすれば学校内で多少の生活のゆとりができるようになっているため、貴族令嬢などが入るときは寄付をすることが通例だ。寄付金と本人の身柄は紐付くため、通常は本人もしくは本人の家族が納め、自分の安心と安全を確保する。
逆を言えば、本人以外が寄付金を納めれば、納めた人物の口出しを許すことにも繋がっていた。
「私の予想では、学校での聖女の成績はそもそも日常生活の態度含め良くないと思います」
祭のときの様子を思い出し、コールリアルとアスミュートも頷く。
「であれば、修道院に出して他の聖女や信者に迷惑をかけるわけにはいかないから、というテイで清貧院に移動させればいいんです」
清貧院とはこの国の犯罪者の更生施設を指す。
重労働刑に処せられた者たちが日々暮らす場所で、そこでの世話は神に身を捧げ奉仕を希望する聖人や聖女が行っていた。
犯罪者は当然自分たちの身の回りのことは自分たちで行うが、料理などの武器になり得るものを使う労働や監視員の日常生活の補助が必要となるのだ。
とはいえ最近は希望者も少なく、老齢化が進んでいるという。若い彼女が入れば、洗濯や掃除、大量の料理などの労働力としてはありがたがられるだろう。
「あそこは離島のような場所にある監獄だからな。それなら安心か」
薄く笑うアスミュートに、アンヌは今まで見たことのない恐ろしさを感じる。
(ま、でもお義姉様の味方でいる限りは、私は安全だろうし)
彼の酷薄さは、全てシェリールルと敵対する可能性のある者が対象となると、アンヌは理解していた。
「では聖女の代わりに、俺たちが辺境伯家の嫡男を救うか」
「そうだな。ロット殿下にも恩を売れそうだし……コール、アンヌ嬢にも説明を」
「アンヌは顔に出るから心配だが、まぁいいか」
「お義姉様が無事に王太子から離れられるように、私も協力します!」
そうして、二人はアンヌにロット第二王子との話を共有したのだった。
*
その話し合いから半年後。
季節は初夏に移る。
「海が綺麗ーっ! お義姉様、魚はどんな風にして食べるのが多いのですか?」
アンヌはシェリールルとともに、アスミュートのいるザキネア子爵領へと来ていた。
当然アスミュートが二人を迎えに行ったのだが。
「ここで水揚げされた魚は、煮込みかムニエルが多いわよ」
「刺身では……」
「刺身、とは」
アスミュートが食い気味に尋ねる。
以前捨てていたコーヒーを使ってコーヒーゼリーにするというアイデアをくれたのはアンヌだ。
今回も何か良いアイデアがあるのかと、期待の眼差しを向けた。
「生で魚を食べるのです」
「……なま、で?」
「アンヌ、その、それは本当に?」
乙女ゲーム世界だから、もしかしたらそうした食文化があるかと期待していたアンヌは、二人の反応にがっかりしてしまう。
(でも、前世の海外だって刺身の文化ってあんまりなかったもんね)
気を取り直し、二人に刺身がどれほど素晴らしいものかを説明する。
「つまり、鮮度を保ち続けることが大切なのか」
この世界に冷蔵庫はないが、一年中氷点下を維持する洞窟は存在していた。
そこから氷を得て、氷室をつくれば多少の融通は利くだろうか。
アスミュートはそう考え、手帳にメモを書き付けた。
「アスミュート様、いきなり生が難しければ、まずは濃いタレに漬け込んだものを、酒の肴にするところからいかがでしょうか」
「ふむ。それも試してみよう。何にせよ、この港を利用して繁栄していくことは、領にとっても国にとっても重要だからな」
馬車は港へと到着する。
一足先に到着していたコールリアルがアンヌをエスコートし、アスミュートは当然のようにシェリールルをエスコートした。
「ここは王都から遠いからな」
とはアスミュートの言。人目も領民ばかりであれば、アスミュートがシェリールルをエスコートしていても、違和感はないだろう。――彼らは幼い頃から常に一緒にいたのだから。
「この港を、もう少し大きくしたいわね」
「シェル。俺としては、ついでに港町としての区画整理も考えていきたい」
「それはいいわね。じゃぁ、ドゥランディ博士に相談しましょう」
「……ドゥランディ博士か」
「どうしたの、アス」
「彼は独身だろ?」
彼の言葉に、シェリールルは少し困ったような表情を浮かべた。
「それが、ちょっと困ったことがあって」
「なんだシェル。もしかして博士に何か言われたのか?」
「ううん、博士じゃなくてエルデアール様がね」
エルデアール・グァルミア伯爵令嬢は、王太子妃の立場を狙っている令嬢の一人だ。
高位貴族のための教育を公爵家で提供し、今ではシェリールルとしても王太子妃を任せて良いと思えるほどに成長している。
「エルデアール嬢がどうかしたのか?」
二人の会話を聞いて、コールリアルが尋ねた。
「ほら、前に王太子殿下がアメフォード様とエルデアール様に、お話役としての許可証を出したでしょう?」
「そういえばあったな。あのあと、何度か二人を王城で見かけたぞ」
ロット第二王子の剣の指南で王城に行ったときに見かけたとコールリアルが言うも、アスミュートは記憶にないらしく、首を傾げる。
「そのエルデアール様が、ドゥランディ博士のことを気に入ったと仰っていて」
「お義姉様! それ、三周目の正解なんですよ!」
「サンシュウメノセイカイ?」
シェリールルが首を傾げると、残りの二人も同様に首を傾げた。
その三人の周りを、アンヌは浮かれた歩調で飛び回る。
「すごい! すごいーっ! 三周目の悪役令嬢ハピエンだ!」
そんなアンヌの腕を、コールリアルが捕えた。
「それを詳しく話しなさい」
「……ハイ」




