47 聖女……聖女ですって?!
「はい、そこまで」
「お義姉様、説明の続きをしましょう」
まだ王太子の婚約者であるシェリールルに、恋心の自覚をさせるわけにはいかない。
コールリアルとアンヌは、アスミュートの行動を止め、ピンク色の空気を一掃させた。
「えぇとどこまで話したかしら……。アスの領地の港を使って、シュストレー商会が輸出入をすれば、アスの港も、我が家が出仕してる商会も潤っていいかと思ってね。適した商品を探していたところで、アンヌが」
「コキュート草という草を提案したんです。これは滋養強壮、心身強健、血行促進、アンチエイジング、疲労回復に、精子の活性化」
「ねぇさっきより、効能が増えてない?」
「待て。最後に何て言った?」
シェリールルとコールリアルの言葉が重なる。
「最後? やだぁ、乙女にそんなことを言わせ」
「大事なことなんだ」
アスミュートまで真剣な顔で言う。
「え……お二人ってもしかして……その」
「違う! 実はある家の嫡男殿がだな」
コールリアルの言葉を聞いて、アンヌは手をパンと叩いた。
「もしかして、辺境伯ですか?」
「アンヌ。どうしてあなた、そういうことを知ってるの?」
「お義姉様。『シュペラブ』では、辺境伯家の嫡男の病を聖女が癒やして後ろ盾を得るのです」
「聖女、って前に祭りでシェルに食ってかかってきた女か?」
「アスミュート様、その通りです。聖女リアシェ。彼女は光魔法で辺境伯家の嫡男の不妊症を治して、公爵家と対立するんです」
「あらぁ。それは困るわ」
アンヌが説明する『シュペラブ』のストーリーに、シェリールルはのんびりとした口調で反応する。
「辺境伯家と対立してしまったら、いざというときに王家を潰せないじゃない」
「……お義姉様?」
このお菓子美味しいわね、というのと同じように言うシェリールルに、アンヌはギョッとするが、コールリアルもアスミュートも驚いた様子はない。
「アンヌも公爵家の養女になったんだから、覚えておきなさい。国のためにならないことを王家が始めたら、私たち筆頭公爵家やアスのご実家がその王冠を簒奪する必要があるということを」
「え、まって。アスミュート様の……お家?」
アスミュートはザキネア子爵領の領主の息子。
アンヌの知っている知識はそれだけだ。
「ああ。俺の父はまもなくヘクター大公を継ぐ。俺は父の代わりにザキネア子爵領を受け継いで、やがてヘクター大公になる」
「……ヘクター大公の嫡男」
「いや、ヘクター大公の嫡男は父だ」
「うん……そうなんだけど……わぁ……」
「アンヌは知らなかったのか? 割と有名な話だと思うが」
口をパクパクと開閉させているアンヌに、コールリアルが問えば、彼女は苦笑いを浮かべる。
「ヘクター大公はさすがに知ってるけど、従属爵位の名前までは知らなかったんです」
「ねえ、アンヌがそんなに驚いているってことは、何か『シュペラブ』に関係があるんじゃないの? アスはヒロインに狙われるの?」
シェリールルは焦ったように、アンヌの手を握り問いただした。
「お義姉様……。アスミュート様がヒロインに狙われたら、嫌ですか?」
「嫌に決まってるわ! アスの隣に他の女性が……え……あら?」
思わず口から出た言葉に、シェリールルは戸惑う。
口元に手を当て、そわそわと周囲を見てしまうシェリールルに、アスミュートがその手を取った。
そうしてその指先に唇を落とす。
「シェル。シェリールル。俺の可愛い可愛い、大事なシェル。俺の隣に、他の女が立つ事なんて絶対にないから安心してくれ」
いつもとは違う声音。
いつもとは違う瞳。
いつもとは違う微笑みに、シェリールルの顔は真っ赤に変わっていく。
「ア……アス……。私、あの、なんだかその」
ぱちぱちと長い睫毛を幾度も瞬かせていくシェリールルを、アスミュートはそっと抱き寄せた。
「今はよくわからなくていい。ただ、俺を見てドキドキしてくれるだけで十分だから」
耳元で囁かれるその言葉に、シェリールルのキャパシティが一杯になってしまったのか。
「シェル……?」
アスミュートの体に体重がかかったかと思えば、シェリールルの意識はそのまま遠のいてしまったのだった。
*
「アスミュート様、やりすぎです」
「アンヌの言うとおりだ」
「いやでも、あの状況で我慢しろと?」
シェリールルは応接間にある、ベッドと見紛うほどの大きなソファにそっと横に寝かされている。
彼女を起こしてしまわないように、少し離れた場所で三人は紅茶を飲みながら反省会を開いていた。
「そもそもアンヌ嬢があんなことを言い出したから」
「それだ。とりあえず、あの聖女の話を詳しくしてくれ」
すでに『シュペラブ』の存在のことは理解しているコールリアルを横に、アンヌはアスミュートにも乙女ゲーム世界の話を告げ、ストーリー展開を説明し始める。
アスミュートは前世の知識については聞いていたが、『シュペラブ』については初耳だ。しかしこれまでの話の流れを元に、すぐに頭を切り替えた。
「聖女はヘクター大公の嫡男を狙って、悪役令嬢と対立するんです」
「悪役令嬢というのは、シェルの事だったよな? かわいい妹を悪役だなんて定義したくないんだが」
「あくまで『シュペラブ』での設定だから、便宜上使わせてください」
アンヌの言に、二人は頷く。
「祭のときに、どうして聖女がアスミュート様のことを言い出したのかと思ったけど、ヘクター大公の嫡男という立場だったからですね」
「ヘクター大公の孫だけどな」
「いや、しかし時期的にもしも辺境伯家の嫡男を治してとなれば、アスのお父上が爵位を継承している頃だろう」
つまり、今後アスミュートの父親がヘクター大公を継承すれば、アスミュートはまさにヘクター大公の嫡男となるのだ。
「それで聖女が辺境伯家の後ろ盾を得て、隣領のヘクター大公の夜会で嫡男……つまりはアスミュート様に出会うんです。そして幼馴染みである悪役令嬢と対立して、彼女を花街に……ってアスミュート様! 顔が怖いです!」
「落ち着けアス。あくまでも物語だ。第一あの女は、聖女育成学校に放り込んだだろう!」
「学校はいつか卒業してくるだろ? そうなる前に、潰すか」
「アスミュート様落ち着いて! そんなことして、お義姉様の評価に傷が付いたら困ります」
シェリールルの評価。
それは確かに、けして揺らがしてはいけないものだ。
アスミュートはそう考え、冷静になる。
「すまん。しかしあの女が聖女育成学校を卒業して、修道院にでも出てきたら面倒だ」
「なら、卒業させなければいいんじゃないですかね」
あっけらかんとそう口にしたアンヌに、二人の男は思わず顔を見合わせてしまった。




