46 アスに見つめられてしまうと……
公爵家の応接間で、うららかな日射しを浴びながらお茶とお菓子を楽しむ。
――だけではなく。
「ねぇ、アンヌ。キャトタワ王国との交易をするとしたら、どんな商品がいいかしら」
シェリールルとアンヌの間にある机の上には、幾重にも重ねられた紙の束が積み上げられていた。
一枚一枚に、商品の名前と原産地、それから売上状況と価格が記載されている。
「えぇと……『シュペラブ』に出てきたのは、キャトタワ王国のコキュート草ですね」
「コキュート草?」
初めて聞く名称に、シェリールルは首を傾げた。
「この国にはない植物だわ。どうしてそれを?」
「その草は、血液の循環をよくしたり、アンチエイジングにも効果的なんです。それをサプリ……えぇと、健康用の常飲薬にして売れば、ガッポガッポです」
「ガッポガッポ……」
「あ、お義姉様はその言葉を覚えなくていいですからね!」
聞けばその草はキャトタワ王国の中でも特定の地域にしか、生息していないらしい。
「その草はそのまま使えるの?」
「うーん。『シュペラブ』ではヒロインがシュストレー商会でゲットできるアイテムだったんですよね」
シュストレー商会とは、ドルイトが養子に入ったミント家の商会だ。
「ではそのヒロインとは」
「チルーマ・フェシャレルです」
「あの方とまた会う可能性があるのかしら」
先日の夜会で、大きな声で不敬罪を呼び寄せかけた少女を思い出す。
(あの方は、王妃候補にはなれないでしょうから……。関わる必要はないと思うのよね)
あくまでも、王太子との婚約をなくすために必要な人材を探しているシェリールルは、余計なもめ事からは遠ざかりたいと眉をひそめた。
「大丈夫だと思いますよ。今のシュストレー商会は、彼女と無関係ですし」
「それもそうね。ということは、シュストレー商会はすでにその草を販売してるのかしら」
目の前の紙を一枚ずつ確認する。
それは、シュストレー商会が扱っている全商品であった。
「ないわね。ねぇそのアイテムとやらは、草なの? 草の加工品なの?」
「加工品です。こう……楕円形のジェル状の球体をしていて」
「楕円形なのに球体」
「そこは引っかからなくていいんですって」
サプリメントの形状を指先でサイズ感込みで説明しつつ、アンヌは「そうか」と小さく口にした。
「ミント卿なら、加工方法を知ってるのかも。あの家はもともとキャトタワ王国の出身だし」
「確かにそうね。それに、必要であればホワテリ院長にご相談するのもありだわ」
「ホワテリ……? なんか聞き覚えが……」
「ほら、あなたが悪役令嬢のラストは花街か修道院と言ってたでしょう? その修道院の院長よ」
「あーっ! あのお役立ちキャラ!」
アンヌは立ち上がり、何度も顔を上下に動かし部屋の中を8の字で歩き始める。
何事かをぶつぶつと呟いているようだが、何を言っているのかは理解できない。
シェリールルはすでに慣れ親しんだその光景を見ながら、手元の商品リストを改めて確認していった。
「お義姉様。ミント家にコキュート草を輸入してもらいましょう。それを持ってホワテリ院長の一族に、薬の開発を依頼するのです! 売り出し方は、私たちで指示を出す。これでガッポガッポですから!」
「アンヌ嬢は、そろそろうっかり変な言葉遣いをしてしまうのを、どうにかできないか?」
「だがまぁ、我が家の義娘となったからには、変に文句を言ってくるやつもいないだろう」
この応接間は、扉が開放されていて、家人であれば誰でも入ることができる。
コールリアルとアスミュートも、休憩を取ろうとこの部屋へと来たのだが、先客である二人が楽しそうに会話をしているので思わず会話に入ってきた。
「二人とも、もう少し存在感を出して近付いてください」
「ふふ。アンヌが夢中になっていたから気付いてなかっただけで、私は二人が入ってきたことに気付いてたわよ」
「そんなぁ」
当然のようにシェリールルの隣にアスミュートが座り、彼女が手にしている書類へと目を遣る。
「アス、そんなに顔を近付けなくても、書類を手にして見てくれて構わないわよ」
「それじゃぁ意味ないからね」
「見にくいと思うけど……」
(お義姉様! だから! それはわざとなので!)
アンヌの心の中の突っ込みは、今日も止まらない。
「ところで、デュラー一族に何を作らせようとしてるんだ?」
「デュラー一族?」
「アンヌが今口にしていただろう。ホワテリ院長の一族だよ」
コールリアルの言葉に、アンヌは「なるほど」と頷く。
「なんだ。アンヌ嬢は、ホワテリ・デュラーの一族のことは知ってても、家門名は知らなかったのか」
「お役立ちキャラっていう立ち位置だけ覚えてたんですよねぇ」
「お役立ち……?」
「アス、気にしないで! ほら、アンヌ説明して」
文脈で乙女ゲーム世界を理解するようになっているシェリールルは、話を進める。
シェリールルのフォローに、アンヌは何も記載されていない紙を横から引っ張り出して説明を始めた。
「お義姉様は、シュストレー商会にキャトタワ王国と貿易をして貰おうと、考えていたんです」
「貿易を?」
「ええ、アス。そもそもあの家は、航海術と貿易に強い商会なので、その……あなたの領地の港を使えば……アス……?」
彼女が話している間に、アスミュートの表情がどんどんと緩んでいく。
最後はシェリールルの髪を一束手にすると、そこへ口付けをした。
「嬉しい。シェルは俺のことを考えて、ミント家にあのガキ……いや、あの少年を養子に出したのか」
「そ、そうよ……。あの、アス、そんなじっと私を見なくても」
「なんで? いつもと一緒だろ?」
「わからないけど……、最近アスにそうやって見られると何だか、落ち着かなくて」
(お義姉様ーっ! ついにそのときが来ました?!)
(シェル! そんなド直球にアスに言ったら、そいつの自制心が!)
外野の二人の心の声は、小さな声となってうっかり漏れ出している。
けれど、シェリールルにはまったく聞こえていなかった。
「ドキドキする?」
シェリールルの言葉に、アスミュートはもう少しだけ踏み込み尋ねる。
けれど。




