45 王太子とのお茶会
「遅いぞ、シェリールル」
茶会の場所までエスコートしたコールリアルが去った後、開口一番王太子はそう告げる。
約束の刻限までは、まだ三十分は優にあるのだ。
シェリールルよりも下位の令嬢たちが早く到着するのは当然だが、王太子は時間ちょうどに来るべき立場だった。
(まったく。そうした礼儀をこの年齢でまだ分かっていないなんて)
心の中で呆れた顔をするも、シェリールルは笑みを浮かべた。
「殿下、その間にお二人と楽しくお話しできたのではありませんこと?」
あくまでも三人での会話の時間を優先した、と言わんばかりに告げれば、王太子は満更でもない顔を浮かべる。
「ああ。二人はお前と違ってとても愛らしくて、聡明だ。ぜひこれからも城に上がって欲しいものだな」
今日の二人は、シェリールルの指導のもと、おっとり愛されメイクをしていた。
王太子の好みをもとに、アンヌと継母のレジェスが研究に研究を重ねた成果でもある。
――二人は前世で流行したメイク技術を総動員していた。
「まぁ、殿下。それは素晴らしいですわ。お二人に殿下のお話役としての許可証をお与えになってはいかがでしょう」
王太子の話役。
それはつまり王太子の婚約者候補として認められる可能性を許諾された立場でもある。
相手が男性であれば、側近候補ということだ。
「それは良いな。シェリールルの話はつまらんからな。二人とも追って許可証を家に送ろう。いつでも尋ねて来るが良い」
シェリールル公認というところも、気に入ったのだろうか。
二人の令嬢は、たった一度の茶会でそこまでの許可が下りるとは思っていなかったのだろう。
必死に驚きの表情を隠し、王太子に甘い笑みを向ける。
「では俺は王太子としての仕事があるから、これで失礼する」
シェリールルが登場したことで、彼は興を削がれたのか。
令嬢二人と三人きりで話ができなくなると気付き、その場を去って行った。
彼がその場を去ると、二人の令嬢とシェリールルは淑女の礼を直す。
「さあ、お二人ともおかけになって」
ここからは、シェリールルが今後の王太子への接し方についてアドバイスをする時間となっていった。
*
シェリールルが令嬢たちとお茶会をしている同じ頃。
第二王子の住まう南宮の一室では、コールリアルとアスミュート、そしてロット第二王子が顔を付き合わせて打ち合わせをしていた。
「シェリールル義姉様と兄上の関係を解消させることは必須としてさ」
ロットはこの国の地図を机上に広げる。
そのうちのいくつかの場所に、チェスの駒を配置した。
「僕が有用だと示すためには、成果が必要なんだ」
「それで、その港というわけか」
アスミュートは、隣国キャトタワ王国に近い港に置かれたナイトに指を置く。
「ザキネア子爵領の港をどうこうして、隣のマツィエ公爵領を飛び越えて辺境伯領と繋がる、と」
「だってマツィエ公爵家は味方だろう?」
にこにこと笑みを浮かべるロットに、コールリアルは苦笑いを返す。
「まぁその通りだが――殿下は我が家を簡単に配下に置けると思わないでいただきたい」
「どういうこと?」
「ロット殿下の能力次第では、我が家はどちらからとも手を引くということですよ」
コールリアルは辺境伯領の隣に位置するヘクター大公領に、クイーンの駒を置く。
「ちょっと待ってよ。アスミュートは僕に協力するんでしょ。ヘクター大公は」
「殿下。俺もコールも、王位継承権は持ってますよ」
アスミュートは王城のある王都のすぐ横にあるマツィエ公爵家が持つ従属爵位領のドルレイユ伯爵領にポーンを配置する。
「ポーンは敵地一番奥に到着すると、クイーンに変身するんですよね」
そのドルレイユ伯爵領は、やがてコールリアルが公爵位を継いだときには彼のものとなる領地だ。
つまり王太子もロット第二王子も、うだつが上がらないままであれば、いつでも他の継承権のある貴族に取って食われてしまうというわけだ。
「まぁ、シェルは王族になりたがらないから、俺は王位は不要だけどな」
「……アスミュートは、シェリールル義姉様に求婚したの?」
「まさか。今はまだ彼女は王太子の婚約者だ。シェルに汚名を着させることなんて、するわけがない――殿下も、わかってますよね?」
最後の言葉に凄みを利かせると、ロットは口元をひくつかせながら頷く。
「まぁ……シェリールル義姉様はたぶんアスミュートのことが好きなんだろうけど」
「俺とアスで、徹底的に恋愛に関する事柄を排除してきたからな。シェルは恋愛感情がどんなものか、理解してない」
「それはなんというか……シェリールル義姉様がかわいそうなんだけどさ。僕はそもそも年も離れすぎてるから、彼女のことを好きだけど無理なのはわかってるんだ」
シェリールルの事が大好きではあるが、さすがに十五歳と八歳では相手にされないことも、ロットは理解している。
それでもチャンスがあればとは思っている節はあるが、正式にアスミュートが婚約者に名乗り出るとなれば、勝てる戦いではないことは明白だ。ならばアスミュートを敵に回さず、自らが王位を得ることを優先する。
それがロットの出した結論だった。
「それで、辺境伯をこちらにつける算段はあるのか?」
コールリアルの質問に、ロットは頷いた。
「次期辺境伯である、辺境伯家嫡男殿はどうやら不妊の病を得ているらしいんだ」
「不妊の病? だが彼はすでに結婚しているだろう」
「しかも奥方は他国の令嬢なんだよね。つまり」
続くコールリアルの問いに返すロットに、アスミュートが薄い笑みを浮かべた。
「先般シェルが恩を売った修道院の院長ホワテリ・デュラー女史の家門は、薬学が専門だったな」




