42 アスが彼女に惚れるですって?
チルーマが退室したあとは、夜会は再び喧噪に包まれていく。
シェリールルの差配の見事さに、アメフォード侯爵令嬢とエルデアール伯爵令嬢はすぐに彼女の近くへと向かった。
「シェリールル様。あの方は何だったのでしょう」
エルデアールが尋ねれば、アメフォードも扇子を広げた先で頷く。
「さぁ。私は存じ上げない方でしたので……。ただ、この場で我が家を悪しく言われてしまいますと……ねぇ」
「シェリールル様の仰る通りですわ。外国の大使も多くいらっしゃる中であれはさすがに」
二人とも、茶会や夜会でシェリールルに失礼なことをしていたことは棚に上げ、チルーマをあざ笑う。
シェリールルは目を細め、そんな二人に笑いかけた。
「不敬だと捉えられるかは、相手次第ですものね」
その言葉に、二人は表情を一瞬硬くする。
(まぁ二人とも。この程度のことは、そろそろ軽く流せるようになっていただかないと)
未来の王妃の立場を押しつけ――譲りたいのだ。
舌禍地獄を繰り広げる高位貴族同士のやり合いには、慣れてもらわないと困る。
「今日は王太子殿下は、体調が優れなくてお出でになっていませんけれど――今度ぜひお二人を殿下にご紹介させてくださいませ」
シェリールルが表情を一転させて、花がほころぶような笑みで二人に告げれば、エルデアールもアメフォードも優雅な笑みを繰り広げた。
「それは大変光栄ですわ。殿下の有限なお時間を、意味ないものにはできませんわ。ねぇアメフォード様」
「ええ。殿下のお体もお心も、臣下としてお支えしないといけませんものね」
訳。
絶対落としてみせるから、さっさと紹介してよね。
(このくらいの言い回しを、チルーマ嬢もできていたならねぇ。とはいえ、逆ハーってとても現実的ではないし、子爵令嬢から王妃というのは難しいわ)
シェリールルとしては、一番の本命はやはりアメフォード侯爵令嬢だ。
彼女は養女とはいえ、侯爵家の分家から引き取られているので、血筋としては問題がない。
エルデアール伯爵令嬢も、金回りのよい家なのでうまく王家に取り入れば、王太子の婚約者に収まることは可能だろう。
「マツィエ公爵令嬢。妹御がお待ちです」
コールリアルの代わりに、すぐ隣に控えていたアスミュートが声をかける。
アンヌはドルイトと二人で話をしていたが、ちらちらとシェリールルを見ては様子を伺っていた。
「ありがとう。ではお二人とも、近いうちに招待状をお送りいたしますわね」
シェリールルはそう告げると、アスミュートに連れられてそのままアンヌたちと合流した。
*
「もうもう、びっくりしたわ。お義姉様ったら、とってもかっこよかったもの」
「アンヌったら。あの場は仕方がなかったのよ。あんなに大っぴらに、私の批判を他の方には意味の通らない形で叫ぶから」
夜会の翌日。
シェリールルとアンヌは、公爵邸の温室でお茶をしていた。
昨夜起きた出来事の振り返り――という名の、アンヌのシェリールル褒め褒め大会だ。
「でもあれでフェシャレル子爵家は、我が家に借りができたでしょう?」
「フェシャレル子爵本人はそうでしょうけど、チルーマはどうかなぁ」
「どういうこと?」
アンヌは、最後にチルーマがシェリールルとアスミュートを見ていたことを話す。
「アスを見ていたの? それって、アスが狙われてしまうということかしら」
眉を寄せて不安そうな顔をしたシェリールルに、アンヌはにんまりと笑みを浮かべた。
「お義姉様。今、不安ですか」
「え? ええ。だって、あんな様子が少々……その、アレな方がアスに近付くだなんて、彼がかわいそうじゃない」
頬に手を添えて小首を傾げるシェリールル。
アンヌはうんうんと頷いた。
「そうですよね。ところで、もしもアスミュート様が、チルーマに惚れてしまったらどうします?」
「そんなこと、あるわけないでしょう!」
アンヌの言葉に、シェリールルは立ち上がる。丸いテーブルが僅かに揺れて、カップがかたりと音を立てた。
「あ……。やだ、ごめんなさい。その」
「お義姉様、いいんですよ! でもどうしてそう思ったんですか」
「だって……その。アスはあんな野放図なタイプの方は好きではないかと……思って……」
そこまで口にすると、シェリールルはしばし口を閉ざした。
アンヌはそんなシェリールルを見守る。
(お義姉様。あと一歩! あと一歩踏み込んで考えて――あぁでも、今気持ちに気付かない方がいいんだっけ……でもなぁ)
そんなアンヌの内心には当然気付かず、シェリールルは再び口を開いた。
「いいえ、ダメね。アスの気持ちを、私が勝手に代弁するべきではなかったわ」
「お義姉様は、アスミュート様がチルーマと結ばれるのは嫌ってことですよね」
「――そうね。さすがにあんなに荒唐無稽なことを口走る女性は、彼の伴侶としては認められないわ」
「ふふ。お義姉様、どんな方ならアスミュート様の伴侶に相応しいか、よく考えてみてください!」
「俺の話をしてるのか?」
二人の前に現れたのは、話題の人物だった。




