40 あなたはそれ以上口を開いてはいけないわ
チルーマは、口角を上げシェリールルを見る。この言いがかりに、勝算があるとでも思っているのだろうか。本来は可愛らしい顔をしているであろうその表情は、まるで悪魔のように醜く歪んでいた。
「聖女様を島流しの刑に処したと聞いたわ!」
秋祭りのときのことだろう。自称聖女がアスミュートをかわいそうだと言い出したので、あのときは容赦せず物理的に遠くに追いやったのだ。そんなことは、もちろんおくびにもださない。
「島流し……? ああ! 聖女を極めたいという女性に、聖女育成学校を紹介して差し上げたの。向かう為の馬車と、寄付金を添えてね。あの学校、潮の満ち引きで橋が渡れなくなるから……まぁ、島と言えば島? なのかしらねぇ」
周囲では「聖女候補生に寄付を」「馬車まで手配とはお優しい」などと、若干勘違いした解釈をされているが、アンヌたちはもちろん訂正しない。シェリールルに関する話が、良い方に解釈されるのは歓迎なのだ。
「そっ、それにドルイトを! 教会児童院から誘拐したんでしょ!」
誘拐とはずいぶんな言いがかりだ。あれは断りにくくはあっただろうが、きちんとした交渉ではある。事実、ドルイトは最後は自分で決断した。
「うぅん。まぁ多少強引だったかしら、とは思うけれど、そもそも我が公爵家で学びながら働いて貰って、使用人としての給与も出すという話に、彼も承諾してくれたのよね。あ、もちろんいつでも児童院の皆を訪ねても良いとしているわ」
その言葉に、「本人にも確認していて、給与も出すなら通常の雇用だなぁ」「しかも教育も施して貰えるだなんて、むしろ幸せだろうよ」「児童院に遊びに行っても良いだなんて、思いやりがある」と声が上がる。ドルイトはその声に一つずつ頷いていった。
「それにそれに! 街の商会に圧力をかけて、その子を無理矢理養子にさせたんでしょう!」
確かに、多少強引な依頼ではあった。アスミュートの領地を潤せる、と思うとシェリールルもつい浮かれてしまったのだ。ちなみに、アスミュートにはまだ詳細を伝えていない。もう少しドルイトがかの家に馴染んでから、と思っている。
「円満なお話し合いですわ。跡継ぎが欲しい商会に、我が公爵家のバックアップと養子の受け入れをご相談したら、二つ返事でしたもの」
「そんなの、権力と金のごり押しに決まってるわ!」
「でも、商会を運営している商家の家長さんは、喜んでくださったし、今は親子3人、本当の家族のように暮らしているのよ? 何が悪いのかしら?」
その際、今後の運営に関してお金も出すが口も出す、という提案をしていることは、あえて黙っているが。
「だっ、だって! アタシが彼を助け出して! アタシがパパに頼んで商会の養子にして貰う予定だったのよ!」
(あ、この子前世の記憶あるタイプだ)
アンヌは直感的にそう感じた。彼女の勘は当たるのだ。
「アタシがヒロインなのに!」
(やっぱりーっ!)
シェリールルは、少女が前世の記憶を有している、そんなことは思いもしない。ただ、少女の口から零れた「ヒロイン」という言葉を拾ってしまった。
「ヒロイン?」
「あっ! もしかしてアンタも前世の記憶持ちなんでしょ?! 『シュペラブ』ユーザーが、悪役令嬢に転生しちゃった、ってパターン?」
少女は一歩シェリールルに近付く。アスミュートとコールリアルの姿勢が、少し変化した。腰を落とし、すぐにでもシェリールルを守ることができる形だ。
「ドルイトはアタシの逆ハーに必要なメンバーなんだからっ!」
さらに一歩。そうして、息を吸い込む。
「アンタみたいな悪役令嬢なんて」
(あっ! それ以上は言ってはダメ! 不敬罪になってしまうわ!)
この後に少女が続けようとした言葉が、不思議とシェリールルの脳裏に浮かぶ。
──王太子の婚約者として相応しくないわ!
(これを言わせてはいけない!)
シェリールルの手が横に動く。美しい袖口のレースが、はらりと揺れた。青藍のつり目の瞳が、強く彼女を見据える。そうして、美しい形の唇から、言葉が零れた。
「お黙りなさい!」
凜とした声がホールに響く。
それは、まるでこの国の支配者のような、王者の持つ言葉の輪郭であった。




