4 王太子との婚約の報せは今日必要ですか?
シェリールル・マツィエ公爵令嬢が、その生まれた国であるドグラン王国の王太子、ストランド・ドグランと婚約したのは、二年前のことだった。春の花が美しく咲き誇る頃、シェリールルが13歳の誕生日を迎えたその日に告げられた。
「シェル。王太子との婚約が決まったよ」
父親のベリスは、娘が喜ぶと信じて疑わないのであろう。
だからこそわざわざ誕生日という、一年で一番楽しい日にその知らせを届けたのだ。
だが──
(嘘でしょう?! どうして王族になんて、嫁がないといけないの!)
シェリールルの心の中は、嵐が吹きすさんでいた。
「どうした? 嬉しくないのか?」
ベリスはけして横柄な父親ではない。政略結婚とはいえ、亡き妻とは愛し合っていたし、その忘れ形見である双子の兄妹には、愛情を注いで育ててきた。
ただ、いかんせん考え方が貴族的であったのだ。
彼の母親、つまりシェリールルの祖母は、現在の国王の伯母にあたる。つまりは先代の国王の姉だった。そうした王家の血筋が入っていることもあり、貴族はその身分にあった者同士が結婚し、国を盛り立てるべきだという考えが、根底にある。
もちろん、シェリールルもそうした教育を受けてきた。いずれは家格の見合った相手の家に、政略結婚として嫁ぐのだろう、と。
けれど、王族とは。王家とは。王太子とは思いも寄らなかった。
(王太子と私は近しい親戚同士。貴族間ではままある血の近さではあるけれど、それよりも)
シェリールルは、小さい頃から知っている王太子を思い浮かべる。
(……無理よ。あんなわがままで、自分勝手な男性に嫁ぐだなんて)
せっかくの誕生日だというのに、目の前が暗くなっていく。けれど、淑女教育を受けてきたシェリールルは、それをあからさまに表情に出すことはできなかった。
やや暗い表情を浮かべてしまったが、それを慌てて隠し、微笑む。
そうして、父親であるベリスの顔を見る。
「お父様、この婚約は王命でしょうか」
「まぁそんなところだな。妃殿下は伯爵家の御出自。王太子の地位を盤石にする為に、陛下と私で決めたことだ」
(……まさかの身内から、背中を撃たれるとは……っ!)
吹きすさぶ心の嵐は、加速してしまう。それをおくびにも出さぬよう、細心の注意を払い、シェリールルは頷く。
「ほぼ王命ということですね。では、この婚約拝命します」
「そんな大仰にしなくても。王家に嫁げるなんて、素晴らしいことだろう。シェルの幸せを考えたら」
「父上、今日は僕たちの誕生日です。せっかくなのですから、早く馳走をいただきましょう」
双子の兄コールリアルが見かねて、助け船を出す。
もうこれ以上大切な片割れに、耳障りな言葉を聞かせたくなかったのだ。
「そうですよ、公爵。僕たちの大切なシェルのお祝いの日です」
コールリアルを援護するのは、コールリアルとシェリールルの幼なじみの少年、アスミュート。ザキネア子爵領令息だ。
青みがかった黒い髪を後ろで緩く一つに束ねた彼は、シェリールルの誕生日にあわせて、プレゼントを持って公爵家に駆けつけてきていた。
「おお、そうだな! コールとアスの言うとおりだ。誕生日の二人にはプレゼントを用意してあるんだ。でもまずは食事か。料理長がふた月も前からメニューを考えていたそうだぞ」
公爵も公認の仲の良さを誇っていたアスミュートは、まさか目の前でシェリールルの婚約を発表されるとは思ってもいなかった。
彼の気持ちを知っているコールリアルは、シェリールルを助けるつもりと共に、アスミュートを助ける意味も含めて、先ほどの言葉を口にしたのだ。
──アスミュートはずっと、シェリールルを想っていた。




