39 私が大悪党ですって?
「シェリールル・マツィエ公爵令嬢! この大悪党! 犯罪者! あなたを訴えるわ!」
突然現れた少女は、シェリールルの前に立ち、彼女を指さし大きな声でそう叫ぶ。幸い、音楽と人のざわめきで、ホール中に声が響いたわけではなかった。
だが、近くにいた人々には確実に聞こえている。
シェリールルは扇子を口に近付けると、周囲をさり気なく確認した。少し離れたところで、楽し気な顔を浮かべているアメフォード・ルディリアン侯爵令嬢が見える。
(あらあら、そんなにわかりやすく表情に出してはダメよ。あなたのその立場だと、関係者だと思われてしまうでしょう?)
他にも、興味津々で見ている人や不快だと少女を見ている人、様々な表情の人々が見て取れた。
柔らかな笑みを浮かべ、少女に対峙する。
「私がシェリールル・マツィエですが、あなたは?」
この少女のことなど知らない、と周囲に通達する。それが、この身分社会でどういう意味を為すのか、この少女は分かっていなかった。
「アタシはチルーマ・フェシャレル。フェシャレル子爵家の末娘よ」
(チルーマ・フェシャレル、チルーマ・フェシャレル……聞き覚えがあるのよねぇ。ここ数ヶ月で聞いたような……あっ!)
(き、来たわぁ! お母様! 成金子爵令嬢が来ちゃいましたよお!)
シェリールルとアンヌの心は、同時に『シュペラブ』のヒロインの名前をはじき出す。
「あなたね! アタシのドルイトを誘拐したのは!」
チルーマは二つに結んだ髪をブンブンと振り回しながら、シェリールルに食ってかかった。だが、肝心のシェリールルは小さく首を傾げて、少しだけ困った表情を──無論計算だが──見せる。
「あらまぁ。誘拐とは穏やかではないわね」
そうして、くすり、と笑った。余裕を見せる為だ。
周りの男たちもアンヌも、万一少女が暴れたときに彼女を守れる位置に移動だけはするが、それ以上には動かない。
「そうやって笑っているのも今の内よ! シェリールル・マツィエ、アンタの罪を暴いて、私はドルイトを救い出すんだから!」
名前を呼ばれたドルイトは、腸が煮えくりかえるような思いでこの状況を見ている。底辺にいた自分を救い出してくれた女神を、誘拐犯と呼び、あまつさえ罪を暴くと言う。今すぐにでもチルーマを取り押さえて、殴ってやりたかった。それは勘違いだと、周りの人間に知らしめたかった。
だが、隣にいる養父と、逆側にいつの間にか移動していたアンヌが、彼を留める。
「ここであなたが出ていってはダメ。これはお義姉様が、ご自身で片付けるおつもりなのだから」
小さな声でそう言われ、震える手を押さえられれば、彼とてギリ、と唇を噛んででも耐えねばならない。シェリールルの邪魔をするな、と暗に言われれば、1ミリたりとて動くわけにはいかないのだ。
「では、あなたがご存じの私の罪、とやらを仰って下さる?」
この場にいる人間の一体どれほどが、チルーマの言葉を信じるのだろうか。
筆頭公爵家の、王太子の婚約者の、そして最近では修道院への援助をしているというシェリールルと、瞳をギラつかせ、真っ赤なドレスに品のない言葉遣いをする子爵家の末娘。
どう考えてもシェリールルの方が有利だ。しかも彼女の立場からすれば、たった一言衛兵に告げれば、チルーマは退場となる。それをしないのは、シェリールルがここで言われたことを否定したいからであろうか。
否。
そうではない。
(ヒロインと同じ名前、ということは、この子も王太子を誘惑してくれるヒロインで確定なのね!)
つまり──婚約破棄の為の布石だと思っているからなのであった。




