35 良いアイデアが浮かんだわ
「どうしたの、お義姉様」
「ドルイトをその商家の養子にするわ」
「ええっ?!」
「シェル、本気なの?!」
二人の動揺を前に、シェリールルは楽しそうに指先をくるりと回した。
「そして、子爵家よりも先にその商家を、我が公爵家が貰い受けましょう。ちょうど商会の一つも立ち上げたいと思っていたところなのよ。そのまま使わせて貰えば、ちょうど良いわ」
「えっ、それって乗っ取り……ってやつでは……」
「あら! だって放っておいたら、その商家は我が公爵家に仇為すのでしょう?」
そうして、うっとりとするほどの笑顔を浮かべて、言葉を続けた。
「必要かしら? そんな商家」
美しい笑みを浮かべながら言うシェリールルに、アンヌはまたも見惚れてしまう。
(お義姉様! それはまさに、悪役令嬢の台詞です!)
「それに、まずは話を聞かないとね。もしかしたら、先方だって販路を求めて我が家の後ろ盾がある方が良いかもしれないし」
今の段階では、子爵家からの援助はまだない。で、あれば声をかけるのに何の問題もないと言える。
「ドルイトには特に算術を中心に、貴族に対応するときのマナーなども学ばせて。あと、美しい文字が書けるようにも。……そうそう、契約書もきちんと読み書きできないと」
「シェル!」
「お義姉様!」
「どうしたの、二人とも」
突っ走るシェリールルに、二人が声をかける。
「ドルイトは今まで何も勉強してきていないのですから、少しずつ、ですよ」
「自分の名前すらまだ書けないのよ、お義姉様」
うっかりしていた。シェリールルは自分の不明を恥じる。あの視察の場ではわかっていたというのに、いざ帰宅して己のテリトリーに入った途端こうだ。
「私ったら……恥ずかしいわ。そうよね、ドルイトはこれから学び始めるのだものね」
「シェル、恥じることはないわ。誰しも、自分を基準に考えてしまうものよ。でも、公爵家の令嬢としてこれからあなたが世に出るときには、自分と自分以外の線を引いてね」
自分と他人は異なる個体である。そう線引きをすることで、他人に能力を求めすぎることも減る。見極めることができるようになっていく。貴族以外の、自分の知らない世界に於いて、シェリールルに今後求められる能力、それをレジェスは優しく諭していった。
「はい、お継母様」
「良い子ね、シェル。でも、ドルイトに教えることはその内容で良いと思うわよ。ただ、成果を焦らないでね」
王太子妃の婚約者として、常に大人であることを求められているシェリールルを、優しく、母親として慈しむ。レジェスとアンヌがもしも前世の記憶を持った転生者でなかったとしたら、もしかしたら継子いじめがあったのかもしれない。
この不思議な縁を、シェリールルはくすぐったくも、嬉しく感じていた。
「ねぇ、アンヌ。その商家の名前、わかるかしら」
「お義姉様任せて! ミスト家という名前よ。店の名前はシュストレー商会だけど」
「……ミスト?」
その名には、聞き覚えがある。
「その商家、隣国の出身って言ってたわよね?」
シェリールルの問いかけに、アンヌが頷いた。手元の果実水がなくなると、紅茶が供される。
「おそらく、だけど──隣国の没落した伯爵家の末裔だと思うわ」
「伯爵家?! 中位貴族の末裔がこちらの国まで流れてきて商家を?」
「ええ、お継母様。もう何代も前に没落したはず。詳細はわからないけれど、貿易に明るく、航海術を持っている一族だったとは、聞いたことがあるの」
その言葉に、アンヌは顔を明るくさせた。紅茶を置き、立ち上がる。
「お義姉様! ということは、その技術を今も持っていれば」
「そう。うまくその商家を乗っ取……いえ、事業提携できれば、輸出入貿易に強くなるわ」
(お義姉様! 乗っ取りってほぼ言っちゃってます! 悪役令嬢の鏡です!)
(シェル! 家の中の私たちの前だからと言って、本音が零れすぎよ! 悪役令嬢っぽくてとても良い発言だったけど!)
アンヌとレジェスは、非常に良く似た親娘だった。




