34 ドルイトの物語だそうですわ
シェリールルの連絡により公爵家の馬車が修道院に走り、取り急ぎドルイトは使用人により公爵邸へと向かう。そのドルイトが風呂に入れられ、使用人の子どもが着るお仕着せに袖を通した頃、王城からシェリールルが帰ってきた。
玄関ホールで彼女を迎え入れたアンヌは、すぐさまシェリールルに件の冒頭の言葉を継げたのだった。
「え、えぇ?! だって……彼は貴族ではないわよ? あ! もしかして実は貴族の落とし胤だったと」
「違うわ。ドルイトは商家の養子になるの」
不意に声が聞こえたかと思えば、継母のレジェスが顔を出す。
「お継母様」
「ほらほら、二人とも玄関ホールじゃなくて応接室に行きましょう?」
アンヌと共に前世で乙女ゲーム『シュペラブ』をプレイしていた継母のレジェスは、二人を奥の部屋に送り出すと、侍女にコーヒーゼリーを持ってくるように指示した。
「あっ。アスミュート様のところのコーヒーゼリーだ!」
「アンヌは本当に、コーヒーゼリーが好きよね。ねぇ、アスと結婚したら食べ放題よ?」
言いながら、シェリールルは少しだけ胸に違和感を感じる。小さく小首を傾げる彼女に、レジェスはすぐに気付いた。
「シェル、どうしたの?」
「なんだか、胸がチクリとして」
その言葉に、レジェスもアンヌも顔を見合わせ、微笑む。
「お義姉様、それは良い兆しなのです。その違和感を覚えておいてくださいね。もしまたそういうことがあれば、私に教えて!」
「ええ。わかったわ。……なにか病気? でも良い兆し、なのよね?」
二人は微笑ましいものを見る瞳で、うんうん、と頷いた。
「あ! それで、ドルイトが攻略対象者っていうのは」
シェリールルの問いかけに、アンヌはコーヒーゼリーを頬張りながら口を開く。
「そうそう。彼は孤児院にいたんでしょ?」
「正確には、教会児童院ね」
「うん、まぁそんな感じ。それで、ヒロインの子爵令嬢が教会で迷子になったときに、ドルイトに出会うの」
教会から教会児童院は、そこまで近いわけではない。事実、シェリールルたちは移動に簡易的な馬車を使うか尋ねられた程だ。歩けない距離でもないのと、視察ということもあり断ったが、王妃たちは使っているらしい。
「あの教会と教会児童院の間で、迷う場所ってあったかしら」
教会の中であれば多少迷いもするだろうが、教会を一歩出たら長い一本の通路か、側道と広い畑だ。
「それはまぁ、ゲームだからね」
「だったら、最初から迷いやすそうな建物の設定にすれば良いのにねぇ」
すっかりゲームのことを理解してしまっているシェリールルは、当時多くのユーザーが思っていたことを口にした。ゲーム中はさして気にならなかったのだが、設定資料集に出てきた教会の見取り図で、ユーザーからのツッコミを受けることになってしまったのだ。
「因みにそのヒロインの子爵家は成金でね」
「なりきん」
「貧乏子爵家の借金の肩代わりに、娘を嫁に差しだして乗っ取り、ってやつ」
困窮していた子爵家は、爵位返還も考えていた。そこへ、ヒロインの祖父にあたる男が借金の肩代わりと交換で、娘の婚姻を約束させたのだ。ヒロインはその子どもにあたる。
幸いにも、その子爵家の嫡男と娘の間には、六男七女という多数の子どもが生まれた。ヒロインはそんな家族の末っ子で、かなり甘やかされて育ったという。ヒロインの名前は、チルーマ・フェシャレル子爵令嬢。
「まあそんなわけでね。彼女は割と自由にさせて貰っているからか、ドルイトに一目惚れした後、とある商家に彼を養子に入れるのよ」
「ドルイトを?」
「そう」
「商家に?」
「そう」
シェリールルは少しだけ考える。あのとき、ドルイトが口にした言葉は「権力と金」だった。もしかしたら、『シュペラブ』の商家の養子になることへの、布石だったのかもしれない。
「でも、なぜ子爵家の娘であるヒロインが、そんなことをできたの?」
「その商家は隣国のキャトタワ王国から流れてきた、小さな商家だったの。それで、子爵家が後ろ盾になる代わりに、という」
そうして、ヒロインが彼を攻略するときに立ちはだかるのが、やはりシェリールルだという。
「……どうして私が、商家の養子とヒロインの恋を邪魔するのかしら」
「その疑問はごもっともですわ」
二つ目のコーヒーゼリーに手を延ばすアンヌに代わり、今度はレジェスが口を開いた。
「ゲームのシェルはドルイトの、身分を無視した口調や態度に腹を立てるのよね。このヒロインはドルイトだけではなく、他の攻略者──特に王太子やその側近も狙って、逆ハーエンドのタイプだったから、無礼なヒロインと無礼な攻略対象者、ということで、徹底的な攻撃をするの」
ゲームの話を何度聞いても、シェリールルには不思議に思うことがある。この身分社会で暮らしていて、どうして身分を無視した行動ができるのか。
「ところでその逆ハーエンドとは」
「ああ! 逆ハーエンドはまだ教えてなかったわね!」
嬉しそうな継母に、「あ、これは長くなるな」そう直感したシェリールルだった。
「……つまり、一夫一婦制の我が国でありながら、多くの男性と関係をもったまま、王妃まで上り詰める、それが逆ハーエンドというものなのね」
「このゲームにおいては、そうね」
レジェスはにこにこと笑いながら、そう答える。
(お継母様はこの、逆ハーエンドを狙うのが好きだったのね。まぁ、架空の世界なら、ね)
そう。あくまでゲームの中でなら、という話だ。実際にこの世界でそれをされたら、たまったものではない。
そしてもう一つ。
「それで、私がヒロインと商家の養子となったドルイトに攻撃をしかけたら、どうなったの?」
つるり、とコーヒーゼリーの最後の一匙を舌の上に流し込んだ後、アンヌはシェリールルに言葉を返す。
「成金子爵家のバックアップの元、その商家は王都イチの商会になってたの。それで、マツィエ公爵家には品物を卸さない、と宣言してしまうのよ」
「……ふぅん。なかなか面白いじゃないの」
シェリールルは口の端をゆっくりと上げていく。そうして、コーヒーゼリーと共に出されていた果実水を飲み込むと、立ち上がった。




