32 我が家にお越しくださいな
他の者もいつでも少年を取り押さえられるように動くが、肝心のシェリールルが手で皆を制する。
「皆、大丈夫よ。そのままで。──そう、あなたドルイトと言うのね。ちょっと私と話をしない?」
「お前みたいな、シャラシャラした女と話しても意味ねえよ」
「あら! だったら黙っていれば良かったじゃない」
ころころと笑いながら指摘すれば、ドルイトはバツが悪くなったのであろう。顔を赤らめて俯いてしまう。
「あなたはいつからここにいるの?」
「……4歳のころ。父ちゃんが死んで、母ちゃん一人じゃ俺を育てられないから、ってここに連れてこられた。それから10年、ずっとここにいる」
(14歳。アンヌと同じだわ。それでこの細さ、小ささは栄養が足りていない証拠。ここでは育ち盛りの子どもたちに、十分な肉を食べさせられないものね。何と言っても教会だから……)
教会でも多少の肉食はあるのだが、十代の育ち盛り、それも男の子には到底足りるものではなかった。
「どうしてシャラシャラした女と話しても意味ないと思ったの?」
「だって、ここに来る大人の女は、年取った修道女の婆さんか、シャラシャラした女がちらっと見ては、馬鹿にした顔ですぐに去ってくだけだから」
ここ中央の修道院は、それなりに権威もある。つまり修道女のランクが高いと言われる者が多く呼び集められていた。畢竟、修道女の経験が豊富な年配の者が多く存在するようになる。
それがホワテリが言う、体力のある修道女がいないということにも繋がるのだろう。それにしても、シャラシャラした女とは誰のことなのか。
ちらりと文官を見れば、小さく苦笑いをしていた。それを見て、シェリールルは即座に理解をする。
(なるほど、王妃殿下ね。確かに私がここに視察に来ると告げたら、「今後はあなたが見続けなさい」と言っていたわね。やたらと慈悲深いだのなんだの盛り立てていたのも、王妃殿下の侍女たち……)
つまり、王妃は立場上視察はせざるを得ないものの、薄汚れた平民の子どもたちは見るのも嫌だったのだろう。せめてその気持ちは隠しておいてよ、とシェリールルはツッコミたくなる。
「安心して、ドルイト。私の父親はとっても権力があって、私のお家はいっぱいお金があるの」
(マツィエ公爵令嬢! 確かにその通りですが! 言い方!)
とは、この場にいるお付きの者たち全員の気持ちだ。
「だから、約束を違わないわ」
「はん! でも金で解決なんて、汚いって教会の偉いおっさんたちはいつも言ってるぜ」
「あらあら。教会の偉いおっさんたちも、お金は大好きなのよ?」
(マツィエ公爵令嬢! 確かにその通りですが! 言っちゃダメ! あと、おっさんって!)
再びこの場のお付きの者たちの心が一つになる。
後ろでは、声は出していないが少しだけ顔を横に向けているアスミュートがいる。笑いを堪えているのは、シェリールルにはすぐに分かった。
「あのね、ドルイト。お金は大切なの。お金があれば、助かることもたくさんあるし、お金があれば、しなくて良い喧嘩をする必要もなくなる」
無論、金があることで起きる諍いもあるのだが。
「──そうね、あなたにはお金の大切さを学んで貰おうかしら」
「へ?」
「ホワテリ様、ドルイトを我が家で引き取ることは可能?」
「へ? お前、何言って」
「まぁ! マツィエ公爵令嬢、よろしいのですか?!」
ドルイトの言葉は、すぐにホワテリによってかき消される。
「ええ。彼を使用人として雇い、我が家で教育を施します。それと同時に、こちらへは我が家から人手を配しましょう。若くて元気な者を男女共に通いで勤めさせますから、彼女たちに子どもを見させて下さい。それからえぇと……」
シェリールルの言葉を文官がどんどんと書き記していく。児童院は女性の修道院と少し離れている為、男女ともに入ることが可能だ。ただ、男性の修道士は数が少ない上に、子どもに興味がない者が多く、足を運ぶことすらしていなかった。
(それも、修道士としてはどうかと思うけどね)
子どもの相手は重労働なので、男がいる方が何かと便利だ。子どもたちには、自分たちの身の回りだけではなく、仕事として使える掃除や洗濯の行い方などを学ばせる為に、家の使用人を派遣するつもりでいた。
(恩を売っておけば、私がここに入ることになっても安心だしね)
そんな心の内など知らない周りの人間は、シェリールルの言葉と差配から、素晴らしい考えを持つ女性だと、彼女のことを崇拝するようになっていく。
「ザキネア子爵領令息」
「は」
すぐ後ろに控えるアスミュートに、シェリールルは他人行儀に声をかける。この場での正解だ。無論、アスミュートも同様に対応し、騎士然とした返事をした。




