31 少年との出会い
ホワテリの専門である病院施設を巡り、その衛生環境の良さに安堵し、修道女たちが過ごす修道院の質素さに、それでも住環境としては悪くないと、再び安堵した。壊れている箇所などの修繕は必要だったので、それに関しては予算化するように、近くに控えている文官に控えさせる。
「あの、これからの冬に向けて薪の予算を頂けると」
ホワテリが小さな声で告げる。
なるほど、今はまだ厚着をすれば済む程度だが、これから本格的な冬がやってくる。そうなると、この建物は大層冷え込むだろう。
聞けば、毎年薪代は苦心するのだそうだ。
「年間予算の見直しが必要ね。ここ数年、寒さが厳しいですしね。寒いと余計な病を得る可能性もあるわ」
シェリールルの言葉に、ホワテリは頷く。彼女の顔にできているシワは、日々の苦労を数えてできたものなのかもしれない。
そして最後に向かった先。
「こちらの建物が、児童院です」
簡単に言えば孤児院だ。生まれたばかりの子どもから、大人と見なされる16歳になるまでの間の親のない子、もしくは育児を放棄されたり虐待された子、貧困に喘いだ親が棄てた子などが集められている。
「……あの、これはいつもの状態で?」
これまでの静謐な環境が嘘のような場所だった。
子どもが集まっているのだから、うるさいのは仕方がないだろう。だが、狭い室内に薄汚れた子どもたちが、わめきちらし、口の端に食べ物のかすを付けたまま走り回り、かと思えば雑魚寝をしている者もいる。
有り体に言えば、育児放棄をされた子どもが来ているここも、まっとうには育児を行っていないのだ。無論、三食はきちんと食べさせているのだろう。だが、教育や礼儀作法などの人として生きていく上で大切なことを、教えているようには見えない。
「ええ……。どうしても体力がある修道女がいなくて、面倒を見られないのです」
この修道院の中で、割り当てられている敷地も一番狭い。子どもたちが着ている服も、薄汚れたままだ。部屋の中に本らしきものも一つもない。絵本ですらだ。
「予算は……」
「病を得ている方々へ優先的に使っておりまして」
ホワテリの言うことは嘘ではないのだろう。けして他の場所が豪奢なわけではない。台所も視察したが、贅沢をしているようにも見えなかった。建物の裏手には自給自足の為の畑もあるが、そこは職を失った者たちが働く場として提供されている。無料で得られる食料ではなく、市場よりは安いが、賃金として彼らに支払いをして得ている食料だ。
「これは、予算込みで改善が必要ね」
「マツィエ公爵令嬢?」
「ホワテリ様。子どもは放っていても、確かに姿形だけは大きくはなります。けれど、きちんと教育を施さなければ、彼ら彼女らが育っても、貧困から抜け出すことはできません」
シェリールルの発言を聞き、ホワテリは涙を瞳に湛えた。
「ホワテリ様?!」
「今まで、何度も教会を通じて王宮に訴えたのです。けれど平民の子どもなど、放っていても育つだろう、と言われ取り合って貰えませんでした」
「……なんということ」
この言葉に、シェリールルの感情に火が付いた。
「教会からの訴えということは、教会庁から財務部門へ直接上がっているはず……。わかったわ。宰相に直接訴えておきます」
「さ、宰相様に?!」
慌てるホワテリに、シェリールルは満面の笑みを浮かべる。
「大丈夫です、宰相は私の父です。こういうときは、使える権力は使った方が良いのですよ!」
走り回る子どもたちを見ながらそう告げると、近くにいた少年が睨み付け、叫んだ。
「おいお前! 結局権力と金かよ!」
「おいお前! 結局権力と金かよ!」
ぼさぼさの髪の毛、薄汚れた肌。着古し、サイズも小さくなった服。痩せ細った体。
そんな少年が、シェリールルを指さし叫ぶ。
「ドルイト! わきまえなさい! 誰ぞ、ドルイトを下げて!」
周囲が緊迫する。
ホワテリは怒気を発し、すぐ後ろに控えていたアスミュートは少しだけ歩を踏み出し、シェリールルをかばうように立った。




