30 修道院へまいりましょう
その言葉に、アスミュートはシェリールルを強く引き寄せ、踊りにかこつけ抱きしめる。
「ちょっ! アス?!」
「なんでだよ。なんでシェルが、修道院なんかに……」
「なんかに、なんて言わない! 私が望んだのよ!」
「望っ……。どうして!」
「ええ、でも王太子妃教育の一環としてどこが良いと聞かれたから……」
「え?」
「え?」
音楽が終る。皆の足も止る。そして、この二人のやり取りも止った。
ゆっくりと体が離れる。
「えぇと……。修道院に行くのは、もしかして公務の一環?」
「そうだけど?」
はぁぁ、と大きなため息を吐くと、アスミュートはその場にしゃがみ込んでしまった。その間に、次の曲が始まる。
「あぁほら! 音楽が始まったわ。疲れたのなら、輪の外にでましょう?」
ぐい、と両手でアスミュートの片腕を引っ張るが、シェリールルのひ弱な腕では、剣士でもあるアスミュートの体などびくともしない。
「うごか、なぁい!」
「っ、ふ、くくく」
その様があまりにも可愛いと思ったのか。アスミュートは、顔を横に向けて笑いをかみ殺す。──殺し切れていないが。
「ん、もう! 笑ってないで、早く動いてよぉ」
そんな二人を、領民は微笑ましく見守っている。
小さな頃から、兄妹と共に遊び回っていたアスミュートのことも、領民たちは好ましく思い、領主一家の一人として扱っていた。 そう、まるで自分たちの息子や孫のように、大切に慈しんでいる。
「ごめんごめん! 必死になるシェルが可愛くて」
ようやく立ち上がったアスミュートは、自らを引っ張る彼女の手を引き寄せた。近付いたシェリールルの髪をそっと撫でる。
「皆の踊りの邪魔になったな。すまない」
周りの領民たちにそう告げれば、皆は笑顔で「喧嘩はほどほどにな」「良い祭りの夜を!」そう口々に返してくれた。
*
このドグラン王国には、各領地ごとに男女それぞれの修道院がある。それらの総本山となる教会と修道院が、王都に存在していた。
「マツィエ公爵令嬢、到着致しました」
王家のキラキラと輝く馬車が、真っ白で飾り気のない質実剛健な建物の前で止まる。妙なアンバランスさに、シェリールルは笑ってしまいそうになった。
「ありがとう」
すました声で返し、下車の態勢に入る。開いた扉の先で手を差し出す騎士を見て、優雅に添えた手が一瞬動きを止めた。
「……ザキネア子爵領令息。何故あなたがエスコートを?」
「こちらの修道院には、来週ロット第二王子殿下もおいでになることが決まりまして。下見を兼ねて、本日マツィエ公爵令嬢の護衛を」
「なるほど」
再びとりすました顔で笑みを浮かべ、馬車を降りる。が、内心は目を何度もパチパチと見開くが如くに驚いていた。
(先に言っておいてくれれば良いのに! アスったら私を驚かそうとしたのね。こんなに多くの方がいる前で、王太子の婚約者の仮面を崩せるわけないのに! もう……)
修道院の中を案内するのは、修道院長でもあり当代一の聖女とも謳われているホワテリ・デュラー女史。デュラー家といえば、薬学研究の第一人者を多く輩出している家でもあり、かつ同様に聖職者もこの家門の出自が多い。
すでに70代にはなっているだろうホワテリは、元は薬学研究をしていたが、ある日何かに導かれるかのように聖職者の道に入った。そうして病院を兼ねてもいる教会の修道院で、培ってきた薬学の知識を生かし患者を救ってきた。
総本山と言われている場所なだけあって、修道院の規模も大きい。
中央に教会を挟み、左右に男性用の修道院、女性用の修道院が敷地の端と端に建っている。
(場合によっては、王太子に断罪された後、ここに入れられるかもしれないのよね。もちろんそうならないように、手は打っていくけれど、最悪のことを考えて、居心地が良いように変えないと。その為に視察の場所として修道院を選んだのだし)
視察先に修道院を選ぶと、慈悲深い、優しいなどと王妃や王妃の侍女たちに言われたが、実情はこういうことであった。だが、内心がどうであれ、建前がどうであれ、実際に動くことが一番なのだ。
(それにしても、王妃殿下もここへは視察に来ているはずなのに、どうして私を慈悲深いだのなんだの、言い出したのかしらね)




