27 お祭り
「え? なぁに? 何が十分なの?」
「ああ。祭りに向かうにはちょうど良い時間だって言ったんだ」
「そうね。今からなら、屋台も楽しめる頃合いだわ」
後ろでは引きつった顔で見ている二人。
(アスのあれは、シェルが鈍感なのを利用しているぞ)
(でも確かに、お義姉様が気付かなければ、不貞じゃないと言い張れるわ)
改めて顔を見合わせる。そうしてこくりと頷くと、とりあえず祭りを楽しもう、とシェリールルとアスミュートたちに続いて、馬車に乗り込んだ。
領地の公爵邸は、領都マーツィの市街地にある。立地だけで言えば、祭りの会場まで馬車を使わなくても歩けると言えば歩けるのだが、いかんせん公爵邸の玄関から門までが遠いのだ。
歩いていると30分は余裕でかかってしまうだろう。
「今日の夜にはお父様とお継母様もこちらに到着するし、夜の祭りも楽しみだわ」
「お義姉様、夜はやっぱり昼間の祭りとは違うの?」
「ええ。夜は大きなかがり火をかけて、皆が好き好きに踊るのよ。領民が楽器を弾いて、一番の歌姫が歌う。それは素敵な時間なの」
アンヌは、この世界に生まれてからはダンスと言えば夜会のものしか知らなかった。けれど、前世の記憶が夜の祭りの楽しさを思い描かせる。
夏の盆踊り、キャンプファイアーの夜、フォークダンス。皆が馬鹿騒ぎをしながら、楽しく踊る、血湧き肉躍るような楽しさを。
「貴族のすましたダンスじゃないの、楽しみだわ」
「まあアンヌったら。でも、そうね──人の目が常にあって、ダンスの所作一つ一つまで値踏みする視線がない踊りは、良いものよ」
「夜の楽しい踊りに、ぜひ俺を付き合わせてくれないか?」
「あら、アスったら。まさか昼間だけのエスコートのつもりだった?」
シェリールルの返しに、アスミュートは一瞬目を見開き、すぐに破顔する。
「参ったな。愛しの姫君は、どうあっても俺を喜ばせてくれる」
「ちょっと! アスミュート様! 狭い馬車の中で、お義姉様に触れようとしないで下さい!」
「そうだぞアス。車内では遠慮しろ」
「……はーい」
二人の兄妹に牽制され、大人しく手を引っ込めたところで、馬車が止る。
男性二人が先に降り、アンヌ、シェリールルの順でエスコートされながら馬車を降りた。
公爵家の家紋のついた馬車が到着し、中から美しい一団が降りてくると、近くにいた領民は沸き立つ。
「マツィエ公爵家の若旦那とお嬢様方がいらしたぞ!」
「隣のザキネア子爵領の坊ちゃんも一緒だ! 来年も良い取引ができそうだ」
「新しいお嬢様も一緒だねぇ。お可愛らしい!」
領民たちは口々に言いながら、四人を迎え入れる。歩きながらも声をかけられ、それぞれに挨拶を返していく。
「コールリアル様、これを皆さんで召し上がって下さい」
「シェリールル様、これを皆さんでぜひ」
歩く度に、皆が屋台の美味しそうなものを分けてくれる。本当はお金を払いたいのに、そう思っても、皆領主の子どもが祭りに参加することが嬉しくて、代金を受け取らないのだ。
「このお礼は、領政でお返しします」
「このお礼は、良い政策でお返しします」
二人はそれぞれにこうした言葉を返しながら歩く。領民たちの期待と希望を、渡された食べ物に込められていると分かっているから。
「アスミュート様の領地ってお隣だったの?」
少し人が減った広場のベンチに座り、貰った串刺しの芋餅を囓る。片手には果実水だ。
もぐもぐと咀嚼して、一段落付いたところでアンヌが尋ねた。
「あれ、知らなかった? そうだよ。だから俺たちは幼なじみなんだ。俺たちの親同士も仲が良くてね。王立学園の同窓らしいよ」
「だから取引も?」
領民の口から零れた言葉が気になっているようで、アンヌはアスミュートに続け様に質問する。
「そう。うちは農作物はコーヒーが主なんだけど、海に面しているからね。海産物を良く流通させているんだ」
「海?!」
アンヌの表情が変わる。
「あら、アンヌは海が好きなの?」
「大好き! お義姉様。私、今度アスミュート様の領地に遊びに行きたい。お義姉様が一緒ならきっとアスミュート様も許可して下さると思うの」
アスミュートの目の前で言うことではないだろう。案の定、アスミュートは笑いを堪えきれず、横を向いて笑っている。
「もちろん歓迎するよ、アンヌ嬢。絶対にシェルを連れておいで」
「ええ! というよりも、きっとお迎えにいらっしゃるでしょう?」
「その通りだよ」
予想通りね、なんて言いながらアンヌが、今度は串焼きの肉に一口齧り付いたときだった。
「シェリールル公爵令嬢! アスミュート様を解放してください! 権力で縛り付けるだなんて、最低だわ!」
薄桃色のボブカットの女性が、シェリールルたちの前に現れたのだった。




