26 どうやら聖女さまにも種類が?
くるり、と振り向き良い笑顔を浮かべるアンヌに、シェリールルは「聖女」と呟き、コールリアルは首を大きく傾けた。
「聖女様であれば、何の問題もなさそうだが、自称? 聖女様を目指しているということか? 自称する段階で聖女様ではない気がするが」
この世界には、魔法はない。なので、聖女と呼ばれる人は、いわゆる修道女のことを指す。修道女の中でも、特に精神的に奉仕の心がある女性を聖女、同じく修道士の中で特に奉仕の心がある男性を聖人と呼んでいる。
「違いますよ、お義兄様。ここで出てくる聖女とは、光魔法の使い手です」
「魔法」
思わず復唱してしまったのはシェリールル。
「その『シュペラブ』の世界では、魔法なんてものが普通にあったの?」
「ううん。『シュペラブ』の世界も、この世界と同じように魔法はないんだけど、突然不思議な力を持って生まれたのが、聖女と呼ばれるヒロイン、リアシュ」
くるり、とその場で一周し、ドレスの裾を翻すアンヌに、コールリアルは頭を抱えながら、手を上げた。
「アンヌ。その『シュペラブ』ってのは何だ? 魔法とは? ヒロインとは?」
コールリアルの疑問は当然だろう。前世の記憶があることは伝えてあるが、この世界が乙女ゲーム『シュペルプ・ラブ・ヴィータ~恋を楽しむ物語~』、略して『シュペラブ』の舞台であることは伝えていなかったのだから。
シェリールルの前以外では話さないようにしていたにも関わらず、『シュペラブ』のことになると夢中になって、我を忘れてしまう癖を直さねばならない。アンヌは反省をしつつ、これはもう義兄には話しておいた方が色々と楽なのかもしれない、とも思った。
反省は少しだけ。あとはポジティブに、がアンヌの信条だ。
「……なるほど。この世界はその……なんだ、『シュペラブ』という物語の舞台で、俺たちのかわいいかわいいシェリールルは、悪役令嬢とかいう悪者にされて婚約破棄されてしまうんだな。それで、アンヌはそれを回避する為に」
「あ、お兄様違います。私、悪役令嬢になって婚約破棄をされたいんです。というか、悪役令嬢になりたいんです!」
「……え?」
「え?! 私何か変なことを言ったかしら?」
(お義姉様、私がきちんと説明し直します……)
嬉しそうに悪役令嬢になると告げたシェリールルの言葉に、動きが止ったコールリアルを、アンヌは少々哀れむような気持ちで見つめていた。
*
マツィエ公爵領の名産はメロンと様々な野菜、それに小麦だ。それらの収穫を祝い、翌年の豊作を祈る祭が、この9月に開催される秋祭り。広い領地の中心都市である領都マーツィはもちろんのこと、その近くに点在する村々も同じ日に祭をする。
「シェル、とってもかわいい」
マツィエ公爵領の伝統衣装を身につけたシェリールルの手を取り、その指先に口付けをしながら、アスミュートは蕩けるような微笑みをシェリールルに向けた。
「ふふ。アスはいつもそうやって、私を甘やかしてくれるのよね」
(あ、お義姉様、一応甘やかされていることは、わかっているんだ)
二人のやり取りを、数メートル離れた場所で見ていたアンヌは、隣に立つコールリアルをチラリと見る。
アンヌの視線を感じたコールリアルは、彼女の方を見て軽く首を振った。
(アスがシェルにだけああだとは、絶対に理解していない)
(デスヨネー)
この二人、すっかり心で会話ができるようになっていた。目の前では、アスミュートがシェリールルの髪に触れ、今度はその毛先に唇を落としている。
「アスったら、くすぐったいわ。さぁ、そろそろ行きましょう? 馬車も用意できているはずよ」
(お義姉様、その溺愛をくすぐったいで片付けないで!)
(シェル、あまりにも鈍感過ぎて、お兄様はちょっとアスに同情するぞ)
二人の声が聞こえているのは、アスミュートくらいかもしれない。彼は二人の方を見て、小さく笑ったあと
「今はこれで十分だ」
そう告げた。




