24 アンヌの婚約者にお勧めは
「王太子が恋仲になりそうな女性たちを、焚き付けるんです」
アンヌと継母のレジェスの乙女ゲームの話を聞いているシェリールルは、この言葉だけで十分だと思っている。だが、二人はそのゲームの話を知らないのだ。
「その程度のことで、破棄できるのか? もっとこう、王太子に罪を犯させるとかだな」
「アス、それは良い考えだな」
「はいはい、お二人とも。やるならお義姉様の知らない状況で進めてくださいね」
二人の発言の内容を否定することは一切せずに、会話を止めるアンヌに、コールリアルとアスミュートも納得した。
「それもそうだな」
「ごめんね、シェル。君に聞かせる話じゃないのは、アンヌ嬢の言うとおりだ」
やらない、とは言わない辺り、二人は何かを決意しているようではある。
「ああ、でもそれで納得した。アメフォード・ルディリアン侯爵令嬢が、この間の夜会で君に食ってかかったときに大事にしなかったのは、彼女に王太子を籠絡してもらいたいと思っているんだね」
「アス、その通りよ。でも別に彼女じゃなくても良いので、他の一緒にいたご令嬢方にも、度胸を付けて貰う訓練を受けてもらっているの」
誰でも良いから王太子を落としてくれ。暗にそう言っている彼女の言葉に、アスミュートは喜色を浮かべる。
「他にも、王太子を好きになりそうな女性や、王太子が好きそうな女性を探しておくよ」
「ありがとう! 数は多い方が良いものね」
「下手な鉄砲も数打ちゃあたる、ってやつね」
「アンヌ嬢、面白い言い回しだ。でも、とても的確だな」
(あ、やば。思わず前世の言葉が出ちゃったわ。ヒロイン以外が攻略できるかはわからないけど、母数が増えることはチャンスが増えるわけだし、まぁ良いか)
曖昧に笑いながら、アンヌは紅茶を飲む。すっかり上位貴族のマナーが身についた彼女に、シェリールルは満足そうだ。
だから油断した。彼女があまりにも鈍感なことを忘れていたのだ。
シェリールルが次に発した言葉に、部屋の中は氷点下もかくやといわんばかりの体感温度に下がってしまう。
「それに、落ち着いたらあなたにも婚約者を用意しないといけないし──そうだ! アスとかはどうかしら?」
シェリールルの発言に、部屋の中は凍り付いた。
「お……義姉……様」
「シェ……ル」
アンヌとコールリアルの声が重なる。アスミュートは凍てついた笑みを浮かべ、するりと立ち上がった。
そうしてシェリールルの座るソファの横に移動し、彼女の美しい金色の髪を一房手に取ると、唇を落とす。
「シェル。シェリールル。俺が君をどれだけ大切に思っているか、きちんとわかってもらわないといけないかもね」
甘い瞳で彼女を見つめそう告げる。アンヌもコールリアルも、見ていられないと思うくらいの甘い空気。
だが。
「ふふ。アスが私を大切な幼なじみと思ってくれているのは分かっているわよ。でもそうね……だからこそ、安易に名前を出してはダメだったわね。ごめんなさい」
(違う! お義姉様違う! 反省すべきはそこじゃない!)
(シェル……。俺とアスが恋愛ごとからガードしすぎたせいなのか? 同い年でそれは、鈍感が過ぎるだろう)
二人の気持ちは、おそらくシェリールル以外が共有できていることだろう。
(は……ははは……大丈夫。シェルが俺の気持ちに気付いていないのであれば、むしろ俺がどれだけ溺愛したところで、『不貞』にはならないだろう)
シェリールルの言葉に一瞬表情を固めたアスミュートではあったが、すぐに体勢を立て直す。伊達に長い間片想いを拗らせているわけではなかった。この状況を逆手に取るつもりらしい。
彼はシェリールルの瞳をじっと見つめ、少しだけ首を傾げる。そうして、いつもの優しいアスミュートの顔を見せて言葉をのせる。
「じゃあさ。今度のマツィエ公爵領の秋祭り、お詫びの代わりに俺と回ってくれないかな」
「ええ! もちろんよ。そうだわ! お兄様とアンヌも」
そう言って彼女たちの方を振り向くと、二人は揃って勢いよく首を横に振った。
「わ、私はたまにはお義兄様と、親交を深めようと思うの! ね、ねぇお義兄様。私とお祭り回ってくれるかしらぁ?」
「あ、ああ。もちろんだ義妹よ! 俺が領内の良いところをしっかりと教えてやるからな!」
二人がそう言うのであれば、とシェリールルは何も疑問には思わずに、アスミュートの誘いを受けることにする。
家の中のことと自分の恋愛が絡むことには、とことんポンコツになってしまう。それがシェリールルであった。




