23 婚約をなかったことにしたくて
「そして、シェリールル義姉様を僕の妃に」
「それはダメだ。兄であり、次期公爵の俺が許さない」
「却下。シェルはそもそも、王族に嫁ぎたいと思っていないんだからな」
「じゃぁ僕が王になる意味がないじゃないか」
「女性を理由にしない!」
「アスの言うとおりだ。そんな心づもりだというのなら、鍛え直しておかないとな。いますぐ庭で稽古だ」
「いやだあああああああああ」
遠くで聞こえるミエット王女の声と、ロット王子の声がシンクロする。
アスミュートとコールリアルは、案外この二人は息が合うのかもしれない、などと思ってしまった。
*
「ドゥランディ博士の王都街計画のディスカッションに参加している令嬢方は、随分と逞しくなったらしいよ」
マツィエ公爵邸で、当然のように紅茶を飲んでいるアスミュートは、アンヌとドレスのデザイン画を選んでいるシェリールルに、そう告げる。
「あら、それは良かった。度胸がついてくれれば、爵位的には問題がないものね」
「……シェル。前から聞きたかったんだけど、君は何を企んでいる?」
「企む、だなんて失礼ね。でも──そうね、アスとお兄様には言っても良いかしら。ねぇアンヌ」
「ええ。特にアスミュート様は知っておいた方が良いかと」
「俺が知っておいた方が? あ、シェルはその右から二番目のドレスが似合うと思うよ」
「ほんと! お義姉様はそのデザインが似合う気がする。さすがはアスミュート様」
アスミュートの隣に座っているコールリアルは、的確な指摘に苦笑いを浮かべていた。
「それで、俺が知っておいた方が良い事って?」
手元のデザイン画の中で、アスミュートが選んだものに丸を付けると、シェリールルは向かいに座っているアスミュートとコールリアルに笑いかけた。
「私、王太子との婚約破棄を狙ってるのよね」
「破棄じゃなくて白紙を狙おう! 我が公爵家の力を使おう!」
「シェルがその気なら、俺はいくらでも手伝うから!」
「二人とも落ち着いてください!」
席を立ち上がり、勢いよくシェリールルに上半身を近づける二人を、アンヌが落ち着かせる。
「お義兄様、この婚約は王家とお義父様が決めたことです。公爵家が婚約の決定に噛んでいるのに、こちらからの白紙撤回は難しいでしょう」
「う……うぐ……」
「アスミュート様。直接的にお義姉様の手伝いをしてしまうと、その後にアスミュート様と何かあった場合、お義姉様の不貞を疑われます」
「ぐ……」
二人を冷静に落ち着かせるその手腕に、シェリールルは拍手喝采を送っていた。
(二人の殿方を、まるで手のひらで転がすように扱えるなんて。淑女としてはかなりの上級者といえるわ)
アンヌの手腕を認めすぎていて、彼女が口にした「アスミュート様と何かあった場合」という言葉をスルーしてしまっているが。
「高位貴族の娘としての務めとして、政略結婚は仕方がないと思っているのよ? でも、それが王太子である必要はないと……思うのよ。我が家はもうすでに王家の血を引いているし、筆頭公爵家でもあるでしょう? だったら、彼も私を好んでいないし、彼の婚約者になりたい女性は数多いるのだから、お譲りしても良い……かなぁ……って」
最後は少し声が小さくなったけれど、小首を傾げて小さく笑うシェリールルは、この場にいる全員にとって、まるで妖精姫のように愛らしく見えた。
「シェル! お兄様が、絶対にシェルの婚約をなかったことにしてみせるからね!」
「君を大切にする人と婚約をするべきだ! そんな人は案外身近にいるものだから!」
またしても二人が前のめりで言い出すので、こちらもまたしてもアンヌが押さえ込む。
「はい、どうどう。落ち着いてください。お二人の気持ちは、お義姉様にしっかりと伝わっていますからね」
現状、王太子とシェリールルは必要最低限の交流しかしていない。いや、必要最低限すら危ういほどだ。
夜会の為のドレスは、本来は婚約者である王太子から贈られるべきであるし、その為の国家予算も組まれている。だが、未だかつて一度も贈られてきたことなどなかった。
ドレスに関しては、いつも理由をつけてはアスミュートがシェリールルに贈ってきていたのだが、それに関してはシェリールル以外が彼の好意を知っていたのと、王太子がドレスを贈ってこないので、全く問題なくシェリールルが着ることとなっていた。
小さいころからアスミュートがドレスを贈ってきていたので、シェリールルはもうそういうものだと思っている。つまり、それがアスミュートの求愛行動の一つであるとは、気付いていないのだ。かわいそうである。──どちらも。
「で、どうやって婚約をその──この言葉は使いたくないのだが、破棄にもっていくんだ?」
コールリアルの言葉に、シェリールルは我が意を得たりとばかりに、自信満々に答える。




