20 隣国の王女様
紅茶を一口飲み、小さく息を吐くロット王子は、まるで絵本に登場しそうなほど、愛らしい。
「隣国の王女殿下を、公爵邸で預かって欲しいとは、いったいどういうことなんですか」
アスミュートはロット王子をちらりと見て、眉を上げる。
「アスの言うとおりだな。殿下、一体何を企んでいるんです」
「もう! コールもアスミュートも、どうして僕に厳しいのさ」
「厳しくなんてありませんよ」
「ああ、アスの言うとおり、別段厳しくはないな」
二人は笑いながらそう返す。今この庭では、王子と臣下ではなく、剣の師匠と弟子といった空気が流れている。ロット王子も、楽しそうだ。
「シェリールル義姉様ぁ。二人がいじめるんですぅ」
甘ったるい声を出して、ロット王子はシェリールルの近くに走り寄り抱きついた。
「あっ! 殿下!」
思わずそう口にしたのはアスミュート。
「あらあら、二人のお兄さんは意地悪ですねぇ。殿下、かわいそうに」
抱きついてきたロット王子を抱きしめ、シェリールルはその髪の毛をそっと撫でる。こうした茶番のようなやりとりは、彼らがもっと小さい頃から、何度も繰り返されてきていた。
王家ゆかりの公爵家とその幼なじみは、幼いロット王子の遊び友達として、度々王城に呼ばれていたのだ。
ロット王子が4歳くらいの頃までは、コールリアルもアスミュートも穏やかに見守っていたのだが、やがて王子がシェリールルにわざと甘えては、蕩けそうな顔をしていることに気付く。
(この第二王子は、シェルに惚れている)
アスミュートがそう直感したのと
(この第二王子、シェルを女として見ているな)
コールリアルがそう感じたのは同じ時期だった。
それ以来、シェリールルに抱きつくロット王子には警戒していたのだが、それでも年下の愛らしさを武器にシェリールルに甘える彼を、コールリアルもアスミュートも抑えきれない。
一方のシェリールルといえば、ロット王子の異性的な好意には全く気付かずに、かわいい義弟ができて嬉しいと思っている程度だった。
幼い頃からアスミュートとコールリアルが彼女をガードして、恋愛に関わる事柄に触れさせていなかった為だろう。シェリールルは恋愛感情について、非常に鈍感であった。
アスミュート的には、自分の想いに気付いてもらえない部分では失策だったとも思いつつ、しかし王太子の婚約者になるという、まさかの横からかっ攫われる状況になると、逆に安堵もした。
(シェルが王太子に恋情を持ちさえしなければ、どんな手をつかってでも王太子妃になることを阻止できるのでは)
まさか、本人がその為に奔走を始めているとは、彼はまだ知らないのだが。
閑話休題。
「それで、どうして隣国の王女殿下を我が家に?」
どちらにしろ、その理由は聞かねばならない。シェリールルは、抱きついていたロット王子の体を離し、目の高さを合わせて尋ねる。
「うん……、それが実は」
「ロットさまぁぁぁぁぁ!」
南宮の中庭は広い。
その広い中庭に響くほどの大きな声が、聞こえてきた。
全員がその声の方向を振り向く。
否。
ロット王子以外が、だが。
庭の入り口から、ひらひらとしたドレスを身に纏った、小さな女の子が後ろに侍女を従え──正確には彼女を追っている──こちらに走ってくるのが見えた。
「……なるほど。第二王子殿下は、隣国の第六王女殿下に愛を請われている、ということですね。素晴らしい」
「アスミュート、何が素晴らしいんだよ。でもお前の言うとおり、彼女が僕のことをやたら好いてくれてて困ってるんだ」
「あら! どうして困るんですか? 隣国の王女殿下とでしたら、身分的にも問題ないじゃありませんか」
にっこりと笑うシェリールルに、さすがにコールリアルもアスミュートも、ロット王子に同情した。
「ロットさま、ごきげんよう」
思ったよりも早く、この場に到着した第六王女は、まるで金魚の尾のような、赤くひらひらとしたドレスをつまみ、挨拶をする。
その場にいたロット王子以外は、すぐに二歩ほど下がり、礼を取った。
「あ、ああ。ミエット王女、ごきげんよう。──皆、楽にしてくれ。こちらはミエット・キャトタワ殿下。隣国キャトタワ王国の第六王女にあられる」
「ふふっ。ロットさまのこんやくしゃこうほとしてまいりましたの」
幼子特有のふくふくとした頬をほころばせ、にっこりと笑う彼女はとても愛らしい。体も少々丸っとしていて、幼児体型だ。その場にいたロット王子以外が皆、同じように頬をほころばせてしまうほどに。
ロット王子にそれぞれが紹介を受け、共に茶会の席に着くことになった。
異国の姫君が混ざることになったので、座席は先ほどまでの円形から、女性と男性で向かい合う形に変わる。
「それでね、あたくし、ロットさまにはじめておあいしたときに、このかただわ! っておもったの」
椅子に何枚もクッションを重ね、ふかふかの椅子に座るミエット王女は、ピンク色のマカロンを頬張りながら、ロット王子とのなれ初めを語った。
アスミュートとコールリアルは適当に相づちを打っているが、心の中は大歓喜だ。
(このままロット殿下と王女殿下がくっついてくれれば、俺のライバルが一人減る!)
(二人がくっつけば、かわいい妹のシェルにまとわりつく羽虫が一人減る!)
それぞれの細かい思惑は違えども、大枠は同じだろう。そんな男共の気持ちなど気付きもせずに、シェリールルは愛らしい王女殿下をにこにこと見ている。
髪の毛はロット王子と同じようにふわふわとした巻き毛。色合いはピンクブロンドだ。瞳の色は淡い緑色で、とても優しげに見える。一方で、瞳の形はややつり目。せっかくの瞳の柔らかさが、つり目で帳消しになっているのがもったいない。──とは、シェリールルの見解。
追加で届けられたケーキを嬉しそうに食べながら、ミエット王女は身振り手振りを加えて必死に話す。4歳の愛らしいレディは、すっかりこの場の主人公となっていた。
「どうせせいりゃくけっこんをするなら、すてきなかたとけっこんしたいもの」
「まぁ! それは素敵ですわ。王女殿下とロット殿下、とてもお似合いです」
シェリールルの何の気なしに言った言葉に、ミエット王女が目をキラキラさせる。
「ほんとう? うれしいわ! じゃぁめいれいよ! マツィエこうしゃくれいじょう、あたくしとロットさまのこいなかを、とりもちなさい!」




