19 母数は増やしたいのですわ
思いもよらなかった言葉に、表情は崩さずとも、思わず聞き返しの言葉を漏らす。その声は扇子に阻まれ、アメフォードまでは届かなかった。
「アメフォード様。私はあくまでも政略上の婚約者です」
(あっぶない。思わず表情を崩すところだったわ。一体今までの流れのどこで、私が王太子を愛しているという話になるのかしら)
シェリールルの言葉に、アメフォードは小首を傾げる。結い上げた髪の毛に飾られた髪飾りが、シャラリと音を立てて揺れた。
「私たちにこうした課題を課して、国力を上げていこうと、そうお考えなのでしょう? 愛する殿下が今後統べる国の為に」
なるほど。シェリールルは納得した。確かに、家に籠もって家格なりの教育を受けて、ただただ嫁いでいくだけの令嬢を、こうして外に出させ能力を引き出したり、伸ばしたりすることは、国力を上げることに繋がるだろう。
(私の目的は単に、王太子の婚約者として認められやすい方を、作ることなのだけれど)
あからさまにそれを伝えるわけにもいかない。
優しく、慈悲深く見える笑みを作り、アメフォードに微笑みかける。
「アメフォード様。私はただ……、アメフォード様や皆さまが、少しでも王太子殿下の御心に叶うようにと、そしてその後少しでも多くの祝福を得られる為に、そのお手伝いをしたいだけですわ」
訳。王太子のお手付きになったあと、スムーズにコトが進むようにしておきたい。
まさかシェリールルが婚約破棄を望んでいるとは思わない彼女たちは、この言葉に驚く。
(シェリールル様は王太子殿下のお気持ちを優先して、ご自身は身を引くつもりもあるくらい、彼の方を愛されているとは!)
……アメフォードのその考えは完全な誤解である。が、それでもうまく回るのであれば、良いのだろうか。
「さぁ、皆さま。明後日からのディスカッション、どうぞ頑張ってくださいませね」
シェリールルのその一言で、皆は再び夜会へと戻っていくのだった。
*
「いやぁ、シェルのあの姿は見事だったよ。喧嘩をふっかけてきた相手の、教育水準を上げようとするなんてさ」
「それは見たかった。私はその頃ロット殿下のお相手をしていたからなぁ」
あの夜会の数日後、シェリールルの双子の兄コールリアルと、アスミュート、それにシェリールルは王城に集まり、お茶を飲んでいた。
「別にそんな、だいそれたことをしたつもりはないのよ?」
(ただ、王太子妃としてふさわしい候補者が、ニョキニョキと出てきてくれれば良いなぁと思っただけで……)
心の内は、まさか王城では告げられない。澄ました顔で紅茶を飲むしかない、と苦笑する。
王城の中、第二王子の住まうこの南宮の中庭は、色とりどりのバラが咲き誇り、かぐわしい匂いを放っている。公爵家愛用の紅茶、ラマフィガンを飲みながら、バラ同様いろとりどりのマカロンをつまんでいた。
何故彼女たちがこの王城にいるのか。
それは、この南宮の主が彼女たちを呼び寄せたからだ。
「待たせたね! あ、マカロンだ。赤いのまだある?」
声変わりをしていない、明るくやわらかな声が庭に響く。美しい金色の巻き毛に、赤い瞳の第二王子、ロット・ドグランが中庭に現れた。三人はすぐに立ち上がり、礼を取る。
「皆座って座って。ちょっと歴史の授業が長引いてしまって、待たせちゃったね。ごめん」
そう言いながら、シェリールルの横の席に座ろうとするところを、コールリアルが素早く立ち上がり、自身とアスミュートの間に座らせる。
「えーっ、僕はシェリールル義姉様の隣が良いなぁ」
「ダメだ。あなたはこちら」
笑顔で無言の圧を加えながら、コールリアルはロット王子を無理矢理に座らせた。
「今日は来てくれてありがとう、シェリールル義姉様、コール、アスミュート」
赤いマカロンを食べつつ、にこやかに笑う。シェリールルの事を義姉と呼ぶのは、兄である王太子の婚約者だからだ。
コールリアルは、ロット王子の剣技の教師として、長く指導をしている。本来であれば近衛隊から指導員を出すべきだったが、まだ幼いこと、そしてマツィエ公爵が娘を王太子につけ、息子を第二王子につけるという実に貴族的な差配をするべく、そう根回しされた。
ちなみに、アスミュートはコールリアルに呼ばれ、共に剣技の教師としてロット王子を見ている。
「何かご用があったのでしょう?」
シェリールルはこの愛らしい8歳の義弟には弱く、ついつい優しくしてしまう。
「うん。実は公爵家で預かって欲しい人がいて」
「まぁ、我が家で?」
「どなたかをお預かりする?」
シェリールルとコールリアルが順に口にする。さすが双子というべきか、息がぴったりだ。
「隣国の第六王女なんだけどさ……」




