13 幼なじみに前世について話してしまう
「なるほど。お二人は、別の世界で生きてきた記憶をお持ち、と」
乙女ゲームの話は伏せ、前世の記憶があることだけをアスミュートに告げることにしたのは、シェリールルの判断だった。
公爵家の応接室には、初夏咲きの大輪のバラが飾られている。そのバラが、甘く優しい香りを部屋に広げていた。そんな甘い香りが織りなす空気は──少し前のアンヌの言動に端を発し、微妙なものになってしまったが。
「あ、でもこのアンヌは、気を抜くと少々こう、自分の世界に入ってしまうきらいはあるけれど、それ以外はきちんと元伯爵令嬢、現公爵令嬢として、過ごせているのよ?!」
アスミュートの冒頭の台詞に、シェリールルは慌ててアンヌのフォローを入れる。
「それにね、お継母様はアンヌと違って、人前では基本そうした面を見せないし」
続けて継母レジェスのフォローも入れた。
「っ、く、ふ、ふっ、ははっ、ははは!」
「ア、アス?」
そんなシェリールルを見て、アスミュートは思わずといったように笑い出してしまった。笑うときに横を向くのは、彼の癖だろう。
「シェル、全然フォローになってないよ! ははっ。もう、そういうところも可愛いな」
「ちょっ! 私のことは良いのよ」
(えっ! 今の褒め言葉、スルーなの、お義姉様!)
(シェル! ここは顔を赤くして、「もうっ」って背中をポカポカするところよ!)
レジェスの発想が少々昔の少女漫画のようなのは、転生前の年令が原因だろう。
ともあれ、母娘二人は同じように心の中でツッコミをしつつ、もう一つ同時に思ったことがあった。
(アスミュート様、結構しっかり愛情表現しているのに、お義姉様気付かない!)
(アスミュート様の愛情にシェルが気付かないのは、どういうことなの?!)
アスミュートがひとしきり笑い終えたところで、彼は表情を真顔に戻す。そうして、今度はアンヌに向かって改めて口を開いた。
「俺は役に立つ知識があるのであれば、それの出所は問わない。アンヌ嬢、規格外のコーヒー豆の活用法を思いついたのであれば、ぜひ教えてくれないか」
*
それからひと月ほど後、アスミュートからマツィエ公爵家に荷物が届く。
一つの箱はシェリールル宛て。そしてもう一つの箱は──
「やった! コーヒーゼリーだ!」
「アスったら、あの日すぐに領地に連絡をいれたそうよ」
そう。アンヌは、この世界でコーヒーが高級品であるのであれば、必ず規格外のものがあるはずだ、と考えたのだ。そうして、規格外のものの使い道の一つに、コーヒーゼリーを加えて欲しい、そうアスミュートに進言したのだった。
この世界にはまだコーヒーゼリーはなかったので、アスミュートはそのアイデアを大喜びで領地に伝え、わずかひと月で商品化したのだ。
「ところでお義姉様、その箱は?」
「なにかしらね」
小首を傾げ、侍女に頼んで開けて貰う。
「わっ! ドレスだ!」
「それも、私とアンヌ、お揃いだわ」
中に入っているカードに、シェリールルは手を伸ばす。
「『今度の夜会には、姉妹お揃いのドレスを披露して欲しい。今回のコーヒーゼリーのお礼も兼ねて』、ですって」
「夜会?」
シェリールルの言葉を、アンヌが反芻する。
「ええ。そういえばすっかり忘れていたけれど、王太子の誕生日を祝う夜会があるのよ」
「お義姉様、すっかり忘れていて良いの?」
「王太子妃教育で言われたような気がしたけれど──他に覚えることがありすぎて、重要度が低いコトって忘れちゃうのよね」
肩を小さくすくませると、いたずらっ子のように笑う。くしゃりと崩れた表情が、とても愛らしい。
そんなシェリールルに見惚れながら、アンヌはあることに気付いた。




