12 幼馴染みの男性にどう説明すべきか
未婚の男女が二人きりにならないよう、扉が開けられている。部屋の中に他に人がいないのは、アスミュートが古くからの友人であるという証だ。信用されている。アスミュートにとっては、その信頼は嬉しくもあり──切なくもあった。
彼は少しだけ声を落とし、シェリールルに話しかける。
「公爵が後妻を受け入れたと聞いた」
周りを憚るように口にしたのは、その後妻とシェリールル、そして屋敷の使用人との関係がわからなかったからだ。
シェリールルが不在の間に訪問した彼をもてなしてくれたのは、その後妻であるレジェス。元々は侯爵家の令嬢であるし、伯爵家の夫人としても瑕疵があるわけではない彼女は、非常に親切に対応をしてくれた。
だが、それがシェリールルに対してもそうだとは限らない。
古今東西、継母とその娘は、前妻の娘に対して非道になるのが、物語の常だからだ。
「ああ! お継母様?! もう会ったのよね? とっても素敵な方でしょう?」
(……まあ、実際にはそうそうないからこその物語なのか、よくあるからこその物語なのかは、家によるということだよな)
心配など不要だったとすぐにわかるシェリールルの声音に、アスミュートは安堵した。
(いじめられていたら、攫ってでも連れ出そうかと思ったけど──いや、攫える機会ではあったのか? ……そうじゃない)
「そうだわ! 良かったら、私から紹介させて」
良いことを思いついた、とばかりに手を合わせてはしゃぐシェリールルは、ここ二年の間ですっかりなりを潜めていた、無邪気な彼女だ。そう、アスミュートは思う。
(良い関係を築けている、ということの証左か)
王太子の婚約者となった日から、シェリールルは日に日に淑女たる為に無邪気さを消していった。元々公爵令嬢らしくある為に、ある程度は気を張っていたが、それが王太子の婚約者という立場になると、アリの侵入を許さないほどの精緻さで、気を張るようになったのだ。
ちりん、とテーブルに置かれた鈴を鳴らす。すぐに部屋の外に控えていた侍女がやってきて、シェリールルから指示を受けた。
そうして、少しの間もおかないで、レジェスとアンヌが登場する。
「初めまして。アスミュート・ヘクターです。父はザキネア子爵領にて領主をしております」
「改めまして、シェリールルの継母となりましたレジェスです。お会いできて光栄ですわ」
「初めまして。お義姉様の義妹となりました、アンヌです。お義姉様の一歳年下です」
互いに挨拶を済ませ、歓談に入った。
「ザキネア子爵領といえば、コーヒーですわよね」
「良くご存じで。今は新しい売り方がないか、模索しているところでして」
「えっ、お母様。コーヒーがあるの?」
「知らなかった? あぁ、でもコーヒーはここでは高級品だから、子どもは知らなくてもおかしくないわね」
乙女ゲームの舞台であるだけに、食べ物や飲み物などは地球──それも日本に非常によく似ている。それはプレイヤーであるユーザーが、すんなりと世界観に入っていける為だろう。
「ということは……私、コーヒーゼリー食べれるじゃん」
(……アンヌがまた、ぶつぶつ言い出したわ。きっとまた何か思い浮かんだのね。でも、この状況、アスにどう説明したら良いのかしら)
アンヌが自分の世界に入った状態で独り言を言い出すのは、母親のレジェスはもちろん、新たに家族になったシェリールルもすでに慣れた。だが、初めて会ったアスミュートはどうして良いのかわからず、困ったような笑顔を浮かべている。
「あの……アス、これはそ」
「アスミュート様! 出来が悪かったり、規格外のコーヒー豆はどうされていますか?!」
シェリールルが誤魔化そうと口を開いたタイミングで、アンヌがそう叫んでしまった。
「え……す……、すて……捨ててます、よ」
ひくり、と口元をひくつかせながら答えるアスミュートと、テーブルに手をおいて身を乗り出すアンヌの姿を見て、シェリールルはどう収拾を付けるべきか、頭を抱えてしまったのだった。




