11 悪役令嬢であるという噂を流すのはいかが
馬車は公爵家の門を抜け、長いアプローチを進む。
美しく整えられた木立は、彼女たちの帰還を喜んでいるように、風にさわさわと揺れた。
「お義姉様が私をいじめているという、作り話を? 噂に?」
「そう! そうすれば、私はあなたをいじめる非道な女で、そんな女を王国の后にするわけにはいかない、なんて王太子の言い訳にもなるじゃない?」
(お義姉様。それはまさに、わたしがヒロインだった場合の王太子殿下の発言です)
アンヌの心の声を知ってか知らずか、シェリールルは、はたと何かに気付いたように、彼女の顔を見る。
「ねぇ、そういえばアンヌもヒロインなのよね? もしかして、あなたを本当にいじめて、王太子に断罪されるパターンもあるってこと?」
(ああーっ! お義姉様、ビンゴですっ!)
シェリールルがあまりにも乙女ゲームの世界を受け入れすぎていて、アンヌはひたすら顔を縦に振って頷くことしかできない。
馬車が公爵家本邸の前まで辿り着くと、フットマンが扉を開ける。二人はフットマンのエスコートで順番に降りていく。
「シェル、アンヌ、お帰りなさい。シェルにお客様よ」
玄関ホールには、二人が門を入った頃に帰還の連絡を受けていた、シェリールルの継母で、アンヌの実母であるレジェスが待ち構えていた。
どこか興奮した様子でそう告げるので、シェリールルとアンヌは顔を見合わせる。
「お母様、なんでそんなに浮かれているの?」
「あら! あらぁ。わかる? 気付いちゃったかしら」
おっとりとした口調で、両頬に手を当て上気させる母親に、アンヌは少々引き気味だ。
「シェルのお客様、とびきり素敵な男性なのよ」
*
落ち着いたしつらいの応接室には、一人の少年がいた。青みがかった黒髪を後ろで緩く一つに束ね、フレームレスの眼鏡をかけた彼は、美しい所作で紅茶を飲んでいる。
「あ。やっぱりアスだったのね」
アス、と呼ばれた彼はシェリールルと、彼女の双子の兄コールリアルの幼なじみ、アスミュートだ。
「やっぱり、とは?」
手にしていた紅茶を皿に戻し、ゆったりとした動きで目の前に座った彼女を見る。
「お継母様が、『とびきり素敵な男性』が私を訪ねてきている、って言ってたの」
「え……。シェルは俺がその『とびきり素敵な男性』に当てはまると思ってくれたのか?」
思わず少し腰を浮かせてしまうアスミュートに、シェリールルは屈託のない笑みを浮かべ答えた。
「私を訪れる男性なんて、王太子かあなただけだもの。王太子はとてもとても『とびきり素敵な男性』じゃないでしょ? まぁほとんど訪れることもないけど」
だから消去法? などと可愛らしく小首を傾げながら言う彼女の姿に、浮かせた腰を、そのままどさりとソファに戻すことしかできない。
「だよなぁ。シェルだもんなぁ」
片手で前髪を掻き上げながら苦笑するアスミュートを、シェリールルは不思議そうに見遣った。
「コールは今、領地よ」
「知ってる。今日はシェルに会いに来た」
「私に? 何かあったの?」
アスミュートは周囲をさりげなく見回す。




