10 マナー講習会をいたしましょう
「そもそも、中位貴族と高位貴族では、身につけるマナーが異なります」
シェリールルは他の令嬢を一列に並べ、その前に立つ。
「礼の仕方一つとっても、求められるレベルが違います。アンヌは伯爵令嬢でした。伯爵令嬢としてのレベルは問題がなかったとしても、公爵家に入ったからには、求められるレベルが変わります。それを私が実地で指示していたのですが……。それを皆さんは勘違いをされたようですね」
まるで教師のような口調のシェリールルは、美しいカーテシーを披露した。
「皆さんは今からまずこの礼を覚え、それをマスターしたら、高位貴族のお茶会でのマナーを学びましょう」
「シェリールル様、よろしいでしょうか」
エルデアールは頬を引きつらせながら、シェリールルに話しかける。この先続くであろう、上位貴族のマナー講習に恐怖を覚えているのかもしれない。
(あら、きちんと意見を言おうとするのはプラスね。良い部分だわ。でも笑顔が引きつってる。そこはダメね。頑張って!)
彼女の恐怖心などに気付きもせずに、シェリールルは小首を傾げて「なぁに?」と返した。
「あの、何故伯爵家や子爵家の私たちが、上位貴族のお茶会のマナーを」
「あら! だってエルデアール様は王太子殿下の婚約者になりたいのでしょう? それでしたら、上位貴族のマナーを身につけないといけないわ。まずは、王妃殿下とお会いする可能性のある、お茶会のマナーから」
王妃殿下とのお茶会。
その響きに、皆の表情が変わる。
「お、王妃殿下とのお茶会に、私たちも行ける可能性が?」
「殿下とのご縁があれば、そうなることも可能性としてはありますわ」
(あら。あんな面倒なお茶会、皆さん参加したいの? だとしたら、王妃殿下に働きかけて、多くの令嬢が参加できるお茶会を開催して頂くのは良いのかもしれない……!)
笑顔の下でそんな算段をしつつ、シェリールルはエルデアール、そして順番に他の令嬢を見ていく。
「皆さん、やる気になっているようで結構だわ。では、定期的にマナー講習会を開催致しましょう。スケジュールを作って、案内をお送りいたします」
「ではお義姉様。今日はこれで終了に?」
アンヌの発言に、他の令嬢たちは
(良く聞いてくれた!)
そう思った。
「あら、せっかくですもの。カーテシーくらいはマスターしていきましょうね」
「お義姉様、でも私はこの機会に皆さんと交流をして、お茶会自体を楽しみたいです」
(お義姉様のカーテシーレッスン、しんどいから逃げたいのよね)
アンヌの心の声は、どうやらシェリールルには聞こえなかったようだ。お茶会を楽しみたい、という言葉に、「それもそうね」などと納得してくれる。
そのやり取りを見ていた他の令嬢は、心の底から安堵した。
(心の準備もなく、上位貴族のマナー講習もカーテシーの練習も無理!)
三人の心は一つになっていたのだ。
「ふふ。それじゃぁ、お茶会の続きをいたしましょう。それからエルデアール様、王太子殿下のお好きな食べ物などを、お教えしますわ」
「それはぜひ!」
「他の皆さんも覚えておいてくださいね。チャンスは誰にでもあるでしょうし」
シェリールルの言葉は、他の令嬢の心を掻き立てるのには十分だった。
色めきだった彼女たちを見て、アンヌは心の中で苦笑いを浮かべる。
(お義姉様、王太子殿下を押しつけられる令嬢を増やそうとしているわ)
こうしてエルデアールが開催したお茶会では、シェリールルが悪役令嬢として、頭から紅茶をかけるなどというイベントは発生することなく、無事にその時間を終えることができた。
「ねぇ、アンヌ」
帰りの馬車で、シェリールルは淑女の笑みを捨て去り、一少女の表情で口を開く。
「お茶会で皆さんが言っていたことを、噂にしない?」
「皆さんが言っていたこと?」
「ええ。私がアンヌを酷くいじめている、という話よ」




