1 悪役令嬢とはなんでしょうか
「悪役令嬢の、シェリールルじゃないの!」
マツィエ公爵家の応接室に響いた声に、名前を呼ばれたシェリールル・マツィエは、その青藍の瞳を公爵令嬢らしからぬ仕草で見開いた。
(いけない。マナーの先生に怒られてしまうわ)
思わずとったその所作を誤魔化すように、手元の扇子を開き、顔を半分隠す。
「お母様、声が大きい!」
「あ……あらやだ。私ったら。改めまして、ご挨拶いたします。この度、マツィエ公爵の後添えとして参りました、レジェスと申します。こちらは娘のアンヌ」
「初めまして。ヨスィア前伯爵が一女、アンヌと申します」
レジェスと名乗った女性は、開口一番の頓狂な発言とは裏腹に、美しいカーテシーを見せた。共に挨拶をした彼女の娘も、同じように礼を取る。
(悪役令嬢って何かしら。気になる……けれど、先に挨拶を済ませないと)
初めて聞くその単語が気になりつつも、シェリールルは淑女らしい笑みを貼り付けて、挨拶を返す。
「ご挨拶、ありがとうございます。遠く領地にまでお越しいただき、大変だったかと思います。マツィエ公爵家長女、シェリールルと申します」
レジェスは、シェリールルと双子の兄コールリアルの父ベリスが、新たに迎えた妻だ。二人の母親は、彼女たちが8歳のときに他界した。以降7年は再婚の話も出なかったのだが、この度王家の仲立ちにより、再婚することとなった。
その父と兄は現在王都にいて、すでにレジェスとアンヌとは挨拶が済んでいる。王都から馬車で二日の場所にある公爵領にいたシェリールルに会う為に、彼女たちはやってきたのだ。
「アンヌ様は、私と一つ違いと伺っております。どうぞ姉と思って、気安く話してくださいませね」
「で! では、お義姉様とお呼びしても?」
「もちろん、構いませんわ」
レジェスの赤髪よりも薄い、桃色の髪をさらりと揺らせて、アンヌは心から嬉しいとばかりに微笑む。
「悪役令嬢の義妹になるなんて……ん? あれ、もしかして私、ヒロイン枠では」
(今度はアンヌ様が『悪役令嬢』と言ったわ。悪役の令嬢? それにヒロインとは? 気になる……。聞いてしまおうかしら)
お互いの挨拶を済ませ、ソファに座る。紅茶の用意が終わると、シェリールルは使用人を全員部屋から下げさせた。何とはなしに、そうした方が話をしやすいと思ったのだ。
目の前の二人を改めて観察する。
レジェスは、元々はスキティル侯爵家の令嬢だった。ヨスィア伯爵家に嫁ぎ、伯爵夫人としてアンヌを生むも、その後男子を生むことはなかった。このドグラン王国は男子相続が法律として決められているので、伯爵の弟の子を養子にすることで、話が進んでいた。
だが、昨年伯爵本人が事故により急死。それにより、伯爵の弟が家督を継ぐこととなった。もともと弟は、伯爵家の持つ男爵位を継いでいたのと、ゆくゆくは弟の子を養子にして跡を継がせるという話でまとまっていたので、揉めることもなく、爵位の移譲は行われた。
そうなると困るのは、元伯爵夫人のレジェスとその娘の処遇だ。レジェスは、元々侯爵家の娘。侯爵家が持つ複数の爵位の一つを持参金代わりに、親戚筋から新しい夫を探しても良かったが、そこに王家が口を出してきた。
レジェスの実家であるスキティル侯爵家は、比較的資産家である。そして、シェリールルの家門マツィエ公爵家は非常に資産家であった。
通常であれば、資産家同士の繋がりを王家は嫌うが、ここに一つ特別な事情が生まれる。
──シェリールルは、王太子の婚約者なのだ。
王家は、シェリールルの実家が太くなることで、王太子の地位を盤石なものとしたかったのであろう。
そうした背景から、今回のレジェスとシェリールルの父ベリスの再婚が成ったのであった。
「お母様、考えてみたら私の髪、ピンクとも言えるんじゃないかしら」
「そうねぇ。私の赤髪と伯爵の金髪で薄まっただけだと思っていたけど──ピンクね。ということは、悪役令嬢にいじめられるヒロインポジションって、あなたじゃない」
柔らかな二重、少し垂れ目の瞳は、母娘共々よく似ている。母であるレジェスは瞳の色が緑色、娘のアンヌは金色だが、今の話からすると、おそらく父親が金髪金目だったのだろう。
(私のつり目の青藍の瞳とは真逆ね。私の目はキツく見られがちだから、羨ましいわ)
シェリールルは観察しながら、そう判断する。
(それにしても……)
「あの……先ほどから何度か出ているその──悪役令嬢? というのは何でしょうか。それにその、ヒロイン? というものも」
彼女の言葉に二人はギギギ、と音が出そうな程ゆっくりと、顔を見合わせた。そうして一つ頷くと、シェリールルの瞳を見つめて、レジェスが口を開く。
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