冷気帯びる洞に咲く
朝の光が、街の輪郭をはっきりさせていった。
歩き出すには、もう十分だった。
宿の窓からは、夜の名残を含んだ冷気が伝わる。
「…寒いッ…。」
ヴェルの低い唸り声は、エリンを起こす。
「おはよう…ヴェル。…寒いね。」
宿の暖炉から伝わる熱は不十分で、
底を這う冷たい手がエリンを撫でる。
エリンはランタンを持ち、部屋を出る。
暖かい空気が運ぶ美味しそうな匂いの先に向かった。
食堂では昨晩キリキリと働いていた娘の姿がなかった。
代わりに受付をしていた、美しい女性が働いていた。
一人の冒険者が声をかけると女性が返事をする、
「昨晩、娘が熱を出しまして…」
と苦い顔をするのは宿の店主の妻。
「今日は忙しくて、仕方なく部屋で寝かしています……。」
心配そうにする様をエリンが眺めていると
――ランタンから柔らかい熱が手に伝わり、淡く光った。
((あんたが、治癒魔法使えたら良かったのにね!))
エリンは頬を膨らませる。
「……うるさいなぁ…。」
朝食を済ませて部屋に戻ると、
床の冷気は足元から立ち去っていて、ほんのり暖かく感じた。
「リリィ、起きた?」
「おはよー…エリン。今起きた…。」
髪を梳くその指は赤みを帯びていて、
冬の冷気を織り交ぜながら流れた。
「……これから、解熱の薬草を裏山の洞窟に取りにくことになった。」
エリンが突然珍しい事を言うものだから、
肩が跳ねて驚いた。
少し考えて答える。
「分かった、いいよ!行こっ!」
リリィは理由を聞かなかった。
――日が昇り、辺りは真っ白な雪景色。
雪が放つ寒さは鼻の奥を刺す。
歩く度に雪が崩れ足跡の形に固まっていく感触が足の裏に伝わる。
「ね、そう言えばヴェルは?」
リリィは鼻の頭を赤くしながらエリンに聞く。
「忘れてきた…。」
洞窟に着くと、洞窟内はほんのり明るく、中は広かった。
奥から吹く凍てつく風は容赦なく肌の感覚を奪いながら通り過ぎた。
エリンがランタンに問いかける。
「ねえ、ラズリ、明るくできる?」
ランタンは応えるようにじわりと光を放つ。
「わ……、綺麗…っ」
洞窟の壁は、ランタンの淡い光を吸収せずに優しく返す。
奥に進むと少し広場があった。
この広場だけ、寒さが厳しくなる。
エリンはローブの中に収めていた手を固くして堪える。
広場の中心には、
月光がカーテンのように降り注いでいて、
周囲には青白く光る草花が生い茂っていた。
その花弁は氷の結晶のように雪をまとってじんわり光る。
花を指さすエリン。
「リリィ、お目当ての薬草だよ。」
「取ってくる、任せてっ。」
リリィは駆け出すと、背負ったカバンに五輪程摘んだ。
一行は下山し、宿へ戻る。
相変わらず食堂は賑わっていて、ディナーの香りがふんわりとエリンたちを包む。
「…いた。」
エリンはリリィのカバンから花束を一把取り出して、
汗を流す女に声をかける。
「ねえ、朝…話聞いたよ。解熱の薬草取ってきたよ。」
不器用な微笑みで女に渡すと。
「…ありがとうございます…娘のために…。」
女は感謝し頭を何度も下げ、奥に引っ込む。
エリンの頬がじわっと熱を帯びた。
翌朝になり、部屋の扉がノックされた音で目が覚める。
ドアの向こうには、店主の妻である女と同じ歳位の娘が並んでいた。
お礼をと言われ、
立ちすくむエリンの後ろから、リリィが一言。
「この宿のシチュー食べたいなっ」
と申し付けると、店主の妻と娘は明るい笑顔を見せて食堂に向かう。
夜も深くなり、部屋で寛いでいると、
リリィが突然エリンに話しかける。
「……ところでさ、エリン。」
「あのさ、私一応ね、
一応修道士で治癒魔法使えるんだけど…?」
「……寝よ。」
ランタンの灯りが消える頃には、
言葉は必要なくなっていた。
夜はちゃんと夜の役目を果たしていた。
――世界はこうも美しい。




